DON脳寺の変 第30話(最終話)

 

「…夏草に 戻らぬあの日々 思い出す…」

 夏の初め。独特の草いきれの臭いが鼻を劈く。夜になれば、どこかの水田でカエルが大合唱をする。

「…私は…、…何だったのだろう…?」

 サルブラザー・猿原真一は縁側に腰掛けたまま、はらはらと涙を零した。その目はどんよりと曇り、頬はこけ、無精髭が生えている。

「…今日は…、…何日だ…?」

 気が付けば、食事も取らず、ただずっと縁側に腰掛けているだけ。猿原のことを教授と慕ってやって来る者達が見るに見かねて様々な料理を置いて行く。だが、猿原はそれに一切、手を付けることなく、ただ日がな一日、ぼんやりと縁側に座って過ごすのだった。

「…桃井…、…タロウ…」

 ふと、ドンモモタロウ・桃井タロウの名前を口にしてみる。

「やあやあやああああッッッッ!!!!祭りだ祭りだああああッッッッ!!!!

 威勢のいい声が耳を劈く。

「ハーッハッハッハッハ…ッッッッ!!!!まだだああああッッッッ!!!!お供達ィッ、気合が足らんぞオオオオオオオオッッッッッッッッ!!!!!!!!オレ様が鍛えてやるウウウウウウウウッッッッッッッッ!!!!!!!!ハーッハッハッハッハ…ッッッッ!!!!

 そう言いながらドンブラスターの銃口をこちらへ向けて来たタロウ。

「…それが、…いけないことだったのに…」

 バカ正直。ウソも方便と言う言葉を知らないタロウ。本心ばかりを口にするあまり、次第に仲間が離れて行った。

「…雉野…、…さん…」

 キジブラザー・雉野つよし。

「…自らの意思で鬼になった、と言う人もいるのではないでしょうか…?…自分の正義や、自分が正しいと思って行動をしている人が鬼になったとした場合、それを僕達が元に戻す必要があるのかな、って…。…逆に、鬼に意識を乗っ取られて暴走して、他人に危害を加えた全ての鬼を救う必要があるのかな、って…」

 自分の素直な気持ちを言っただけなのに、たったそれだけで雉野はタロウに思い切り殴られていた。

「その後だ。あの人が変わってしまったのは…」

 その時、猿原は雉野の背後に禍々しいオーラを放つ鬼のような姿を見ていた。

「…あの人が…、…鬼に…なった…」

 街中に現れた大量のアノーニ達が暴行を繰り返し、市民を大混乱に陥れていた時。

「…あれは…、…やはり、脳人の仕業だったのか…?」

 猿原達ドンブラザーズを分断し、足止めにした。その隙を狙い、独りになったタロウを雉野に襲わせた。

「…その時…、…私は…」

 猿原の目から再びはらはらと涙が零れ落ちる。

「…私は行かない…」

 アノーニ達と戦っている時、猿原はそう言った。

「…桃井タロウを助けると言うことは、仲間である雉野さんを攻めると言うこと。…逆に、雉野さんを助けると言うことは、主人である桃井タロウを裏切ると言うこと。…私にはどちらも選べない。…どちらも、私にとっては大事な友であり、仲間なのだから…」

 その時は正当なことだと思っていた。だが、今思えば、少なくとも雉野のもとへ行き、彼を必死に説得すれば良かったのではないのか。もしくは、タロウのもとへ行き、タロウを他の場所へ飛ばせば良かったのではないのか。

 そのせいでオニシスター・鬼頭はるかが消え、今また、雉野も消えた。

「…翼くんもまた、…消える…!!

 そんな悪い予感しかしない。

「…私は…、…私は…ッ!!

 頭を抱え、崩れ落ちると、

「…私は…ッ!!…何のためにドンブラザーズになったんだああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!

 と、絶叫していた。

 

「どこ行きやがったああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!?雉野オオオオオオオオッッッッッッッッ!!!!!!!?

 同じ頃、イヌブラザー・犬塚翼は狂ったように暴れていた。

「タロウを消したあの野郎はどこ行ったああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!??

 目を真っ赤に光らせ、狂ったように片っ端からものを投げたり、破壊したりを繰り返す。

「…ふぅぅ…」

 そんな翼の横で、ソノニが大きな溜め息を吐く。

「…別にいいじゃない、もう」

「何がだッ!?

 するとソノニはゆっくりと翼に近付き、

「あのキジのことよ」

 と言うと、翼を抱き上げるようにした。

「…ちょ…ッ!!

 いくら体が小さいからと言って、抱きかかえられるのは抵抗がある。そんな翼を見て、

「…フフッ!!

 とソノニは笑った。

「…これからは、あなたがこの世界を引っ張って行くのよ」

「…俺が?」

「そう。あなたはこの世界の支配者。あなたと私で、この世界を新たに作って行くのよ」

 ニッコリと微笑むソノニ。

「…俺が…、…支配者…」

「取り敢えず、あなたを人間の姿にしてあげるわ」

 そう言ったソノニの目が光ったかと思うと、翼の体が光を帯び始めた。

「…お…?…お…?」

 ソノニが翼を地面に置くと、みるみるうちに腕や足が長くなって行き、その光が消えた時、翼は人間の姿のまま、イヌブラザーにアバターチェンジしていた。

「…素敵よ、…イヌブラザー…」

「…そうか?」

 ニヤリとする翼。

 その時だった。

「でも、嫌い」

 突然、ソノニが低い声でそう言ったかと思うと、俄かに銀色のスーツを身に纏った戦士の姿に姿を変えていた。その手には二重弓コンドルアローが握られている。

「…イヌブラザー…。…お前を消去する…!!

 ドシュッ!!

 鈍い音が聞こえたその瞬間、

「ぐあッ!?

 と、翼が体をくの字に折り曲げ、呻き声を上げていた。

「…あ…あ…あ…あ…!!

 シュウウウウウウウウ…。

 翼の体が光の粒となり、宙を舞い始める。

「…な…、…ん…で…!?

「フフッ!!

 冷酷な眼差しで翼を見下すようにしているソノニ。

「言ったでしょ?お前が嫌い、ただ、それだけ」

「…ど…うして…!?

 ソノニはニヤリとすると、

「…お前は自分の欲に囚われ過ぎた。そして、私達脳人が大嫌いな鬼になってしまったのよ。だから、消去する。ただ、それだけよ」

 と言った。

「…お…、…ま…、…え…ええええ…ッッッッ!!!!

 翼は目を見開き、ブルブルと震えている。その体が少しずつ消えかかっている。

「フフッ!!

 ソノニはニヤリと笑うと、

「お前をワンちゃんの姿から人間の姿にしたのは何故か、教えてあげましょうか?」

 と言った。

「…な…、…ん…だ…、…と…!?

「簡単なことよ。ワンちゃんの姿だとすばしっこいから、私の二重弓コンドルアローが当たらないと思った。だからわざと人間の姿にして、仕留めた、ってわけ」

「…あ…あ…あ…あ…!!

 翼は呆然としたまま、ソノニを見つめている。

「…そ…、…んな…!!

「じゃあね、ワンちゃん」

 そう言った時、翼の体がその場から消えていた。

「…ふぅぅ…」

 ソノニが大きな溜め息を吐いた時だった。

 ズバアアアアアアアアンンンンンンンンッッッッッッッッ!!!!!!!!

 突然、激しい衝撃音が聞こえた時、ソノニは背中に激痛を感じていた。

「…あ…」

 体がぐらりと前のめりになる。その目に飛び込んで来たもの。光沢のある濃紺のスーツを纏ったソノイだ。その手には一級剣バロンソードが握られている。

「…ソ…、…ノ…イ…!?

 信じられないと言った表情でソノイを見つめるソノニ。その体から光の粒が見え始める。

「…ご苦労だったな、ソノニ…」

 低く、冷たい声。

「…どう…、…して…!?

「決まっているだろう?」

 フンと鼻で笑うと、

「これからは、俺がこの世界を作る。その準備のために、お前やソノザにはドンブラザーズを消去するために働いてもらった、ただ、それだけだ」

 と言った。

「…私…、…利用…、…されてた…?」

「お前も自分だけの世界を作ろうとしていたのだろう?同じことだ」

「…ソ…、…ノイ…」

 その時、ソノニの体がその場から消えていた。

「…さて…」

 青い瞳で遠くを見つめるソノイ。今、その姿は光沢のある鮮やかな水色の服を身に纏った人間の姿になっている。

「…これからが、忙しくなりそうだ…」

 そう言うと、

「そうでしょう、雉野さん?」

 と声を少しだけ大きくし、後ろを振り向いた。

「…そうですね…」

 そこには雉野が静かに立っている。

「…あなたの理想とする世界を作るために…、…私は、あなたに忠誠を誓います…!!

 穏やかな笑みを浮かべ、恭しく一礼する雉野。

「…ククク…!!

 ソノイは低く笑う。

「…これからだ。…これから、私がこの世界を静謐な世界に変えて行くのだ…!!

 その目がギラリと輝いたのだった。

 

DON脳寺の変 完