新帝国の奴隷 第1話
都会の喧騒。先を争うように急ぎ足で歩く人達。クラクションを鳴り響かせながら走る車の群れ。
朝も、昼も、夜も、違う顔を見せながらも、そのざわざわとした喧騒を忘れさせない街。
(…これが、…オレが守っている世界なんだよな…)
大きな駅の改札前。白と黒の、左胸に“N”のエンブレムの入ったジャンパーを少しだけ腕まくりした状態で羽織り、白のジーンズを穿いている男が周りをきょろきょろと見回していた。20代前半くらいだろうか、まだ幼さが残る顔。そんな彼の腕には大きなブレスレットがあった。
普通の人間なら、何も気にせず、普通に通行したり、ぼんやりと考え事をしながら歩くだろう。しかし、彼の場合は違っていた。きょろきょろとするのもそのためである。
(…職業病だよなぁ…)
フッと苦笑いする自分がいる。時折見せる八重歯が幼さが残る顔を更に引き立たせる。
だが、職業病と簡単に片付けられるものでもない。彼には、その使命感があったからだ。と、その時だった。
「高杉さぁん!」
改札から突進して来るようにして、1人の少年が走って来た。赤いジャンパーに、白のジーンズ。まるで、その男とお揃いの服を着て来たかのようにどこまでも一緒だ。
「よッ!!」
高杉と呼ばれたその男が右手を軽く上げた。
「…ごめん…なさい!…遅く…なっちゃった!」
その少年が息を切らしながら言う。
「なぁに、気にすんなよ。そんなに待ってないしさ!」
その男が少年の頭をくしゃくしゃと撫でる。すると、その少年はニッコリと微笑んで、
「やっぱり電車はなかなか慣れないね。こんな昼間でも凄い人なんだもん。降りられないかと思ったよ!」
と言った。
「まぁ、ここは特に乗り降りが多いからなぁ」
その男がそう言うと、少年は更にニッコリと微笑んで、
「じゃあ、行こうか!」
と言って、その男の腕を掴んだ。
「おいおい!そんなに急いでどこへ行こうってんだい?」
半ば、困惑気味に言う男。すると、その少年は意地悪い笑みを浮かべ、
「僕と高杉さんとでデートだよッ!」
と言った。
高杉真吾、23歳。彼が人との待ち合わせでも普段でも、きょろきょろと落ち着きがないように見えるのは、彼の使命感によるものだ。彼は超電子バイオマン・グリーンツーとして、地球支配を企む新帝国ギアと戦っているのだ。何でも、祖先がバイオ粒子を浴び、その血が受け継がれ、バイオマンになる人間を探していたロボット・ピーボにスカウトされ、バイオマンとなった。彼がきょろきょろとするのは、行き交う人々の中に、新帝国ギアが送り込んだメカ人間が紛れていないか、少しでも怪しい行動を取る者がいないかを見極めるのが癖になっていた。
そして、そんな真吾をデートと称して誘った少年は蔭山秀一、17歳。彼もまた、大きな影を背負っていた。
「んで?」
とある静かな喫茶店に入り、真吾はコーヒーを飲み、秀一は大きなパフェを頬張っている。
「オレを誘ったのには何かわけがあるのかい?」
意地悪い笑みを零し、ニコニコとする真吾。秀一が真吾を誘うのは珍しいことだった。
「…だってさぁ…」
ゴクンと大きく喉を鳴らすと、秀一が話し始めた。
「…束の間の平和を満喫出来て、いろんな話が出来るのは高杉さんくらいしかいないもん!」
「何だよ、それ?」
真吾が苦笑する。
「だってさぁ、郷さんは僕の顔を見るたびに『勉強しろ!』ってうるさいし、南原さんは僕と1つしか年齢が変わらないから、話になんないし」
そう言うと秀一は、ニコッと微笑み、
「でも、真吾さんって一番話しやすいし、一緒にいて落ち着くんだよね!男同士の話も一番しやすいんだ!」
と言った。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないの!」
秀一の一言ですっかり機嫌を良くした真吾が照れ臭そうに微笑んだ。
そうなのだ。同じくバイオマンとして戦い、常にリーダーとして真吾をはじめ、メンバーを引っ張っているレッドワン・郷史朗、24歳。秀一と同じ境遇の彼は秀一の一番の理解者だろう。だが、熱血漢ゆえに、時に疎まれやすい性格でもあった。そんな郷に更に輪をかけるのがブルースリー・南原竜太、18歳。お調子者なのだが、郷よりも直情的で、本能のまま突っ走るタイプ。これもまた、秀一の中では付き合いにくい存在なのだろう。
「…ねぇ、高杉さん…」
ふと、秀一の顔が曇った。
「どうしたんだい、秀一君?」
ちょっと心配そうに尋ねる真吾。
「…僕は、…どうしたらいいんだろう…?」
よく見ると、秀一は目を潤ませている。
「…秀一君…」
真吾にも秀一の心情が分かった。
「…僕は、…どうやったら、…父さんを、…止められるかな…?」
秀一の父、蔭山秀夫。ロボット工学者だった彼は、自身の体を実験材料として脳を活性化させ、コンピューター以上の高度な頭脳を得る。だが、その代償として体は老人化した。彼は自身の体を機械化し、「機械こそ人間に取って変わるべき」と新帝国ギアを創設した狂気の科学者・ドクターマンだったのだ。秀一もドクターマンとなった父にギアの幹部になるように誘われたが、それをきっぱりと断り、父親と関係を断絶する。そんな父親と戦う真吾達バイオマンの協力者として、今、ここにいるのだった。
「…僕はもう、…誰にも傷付いて欲しくなんかないんだ!…出来れば、…父さんも止めたい…!」
そんな秀一の姿を見ると、いたたまれない気持ちになる。いくらドクターマンは憎むべき相手であるとは言え、秀一の父親であることに変わりはない。
「…秀一君…」
席から身を乗り出して、真吾がそっと秀一の両肩を掴む。
「気休めにしかならないかもしれないけど、ドクターマン、…いや、秀一君のお父さんだって、きっと分かってくれる時が来るさ!…そのために、オレ達がいるんだからさ!」
真吾がニッコリと微笑む。
「…高杉さん…」
秀一がじっと真吾を見つめる。
「大丈夫だって!オレ達がこの世界を守ってみせるさ!」
右手の親指で鼻に触れる真吾。
「…うん。…そうだね!」
秀一がニッコリと微笑む。
「父さんもきっと、分かってくれるよね!」
「ああ!」
真吾はそう言うと、コーヒーをゆっくりと飲んだ。
「…あ…」
不意に秀一が声を上げた。
「?」
目線だけを動かす真吾。
「ところでさぁ、高杉さん」
コーヒーカップを口に当て、無言のまま、真吾が秀一を見る。
「…高杉さんって、好きな人、いないの?ジュンさんとか、ひかるさんとか、どうなの?」
秀一が同じくバイオマンのメンバーであるイエローフォー・矢吹ジュンと、ピンクファイブ・桂木ひかるの名前を出した。
「ブッ!!」
その途端、真吾が大きくむせ返り、コーヒーを吹き出した。
「じゃあ、またね!」
真吾が運転する車で家まで送ってもらった秀一。真吾を見送り、部屋に入ると静かに机の引き出しを開けた。
「…真吾さん…」
そこには、高杉の写真が何枚も入っていた。普段着の真吾、レーシングウェアの真吾、上半身裸の真吾、そして、グリーンツーに変身した真吾。その頭部に真吾の顔が貼り付けてある。そんな真吾の写真をじっと見つめる秀一。
「…真吾さん…」
秀一の手がゆっくりと自身の下半身へ伸びて行く。と、その時だった。
「お前の願い、叶えてやろうか?」
どこからか声がし、秀一はぎょっとなって辺りを見回した。
「…うわあああッッッ!!!!」
秀一が窓の外を見やった瞬間、大声を上げた。そこには、3つの顔を持った銀色のジューノイド・サイゴーンがニヤニヤとしながら立っていたのだ。
思わず、部屋を飛び出そうとした秀一だったが、その瞬間、首を絞められるような感覚があった。
「…う…」
「フハハハハ…!!」
笑い声が聞こえ、そこから別のジューノイドが現れた。縦に赤と黒の装飾が施され、顔面の中央に大きな赤い瞳がある。ジューノイド・メッツラー。
「お前のその隠された気持ち、グリーンツーには届いておるまい。我々が手助けをしてやろう!」
「…た、…たか…すぎ…さん…!」
その瞬間、秀一の体はメッツラーと共に消えた。秀一が持っていた写真だけが、ばらばらと部屋に舞って床に落ちた。