違反切符 第1話

 

 うだるような暑さが続く夏が、今年もやって来た。

 今年も、最高気温の記録を塗り替えるのではないかと言うほど高温になると言う予報が出ている。高温になるだけなら、まだ少しは我慢出来る。だが、ここはコンクリートジャングルと呼ばれるほどの大都会。コンクリートが熱せられて気温にプラスアルファの熱がこもる。更に、海が近いので湿った空気が流れ込む。それゆえ、最高気温がそんなに高くならなくても、体感温度的にはプラス5度近くまで上がっているような気がしてならない。

 おまけに大量のセミの喧しい声が、余計に気分を暑くさせている。

「…あっづぅ〜…」

 ワイシャツにネクタイ、グレーのジャケット、下はジーパン姿の、やや体格ががっしりした男が汗を拭き拭き、とぼとぼと歩いている。

「…勘弁してくれやぁ…。…何とかならへんのか、この暑さはぁ…!!

 ジーパンのポケットに入れているハンカチで頻繁に汗を拭う。だが、拭っても拭っても汗が出て来る。今ではそのハンカチは、しっかり絞れるほどに汗を大量に含んでいた。

「…あぁっぢぃ…!!

 さっきからセミの声が暑さを余計に煽っているように思える。

「…ったくぅ、…何でオレばっかりこんな目に遭わなあかんねん…!!

 手にしていたペットボトルの水を、ゴクゴクと派手な音を立てて飲んだ。

 

 上杉実、24歳。下町の小さな自動車会社「ペガサス」の社員。社長と5人の社員と言う小さな会社ながらも、それなりに業績を上げている。

「ホンマに分かってんのかなぁ…」

 ブツブツと呟いてみる。

「…オレが会社の売り上げに一番貢献しとんのやで…?」

 ペガサスの中で、唯一の営業マン。もともと関西出身の実の巧みなセールストークで、顧客に車を販売していた。別の言い方をすれば、媚びを売りまくっていたと言っても過言ではないだろう。

「しかも、オレが最年長やで?それなのにッ、何で一番待遇が悪いねんッ!!

 暑さも相まって、苛立ちが余計に募る。

 ペガサスの社員は5人。テストドライバーの陣内恭介・23歳、デザイナーの土門直樹・17歳。メカニックの志乃原菜摘・19歳、そして、経理担当の八神洋子・20歳。年功序列型なら、実が一番の稼ぎ手であってもよいはずだった。だが、実の給料は実のところ、一番少ない17万8千円。

 とは言うものの、実にも問題があった。ひょうきんでそそっかしい性格。それゆえ、たびたび他のメンバーに迷惑をかける失敗を起こし、信頼度はゼロ。最年長の威厳は皆無に等しかった。

「…はぁ…」

 首をガックリと項垂れ、とぼとぼと歩く。背中に哀愁をしっかり漂わせながら…。

「…転職、…考えようかなぁ、…オレぇ…」

 その時だった。

「助けてええええッッッッ!!!!

 と言う若い男の声が聞こえた。と同時に、

「チィィィッスッッッ!!!!

 と言う聞き慣れた叫び声も聞こえた。

「…なッ!?

 目の前の光景を見た瞬間、実は思わず息を飲み込んだ。と言うよりも、目を点にした。

「…ワ、ワンパー?」

 水色や黄緑色、ピンクや白の全身タイツを着たような者達が1人の学生服姿の男の子を囲んでいる。高校生くらいだろうか。

「…あいつら、何やっとんのや…?」

 取り敢えず、物陰に隠れて様子を伺ってみる。こう言うことをする辺り、実の威厳は全くないと言うのも分かる気がする。

 すると2人のワンパーがその高校生の両腕を掴み、もう1人のワンパーがその子のズボンに手をかけるとベルトを外し、一気にズリ下げたのである。しかも下着ごと一気にズリ下ろしたようで、その男の子の局部が露わになった。

「うわああああッッッッ!!!!

 両腕を捕らえられているため、露わになった局部を隠すことも出来ない。

「アカン!!

 その時、実はジーパンのポケットから鍵状になったもの・アクセルキーを取り出した。そして、グレーのジャケットを少しだけ腕まくりし、左腕に装着しているアクセルブレスを表へ出した。

「激走ッ!!アクセルチェンジャーッ!!

 実はそう叫ぶと、両腕でハンドルを操縦しているような動きを見せ、右手に持っていたアクセルキーを、左腕に付けているアクセルブレスへ一気に突き刺した。その瞬間、実の体が輝き、全身を光沢のある鮮やかな緑色のスーツ・クルマジックスーツに覆われていた。そして、頭は車のデザインをあしらったマスクをかぶっていたのである。

 

 グリーンレーサー。これが実のもう1つの顔。

 実は「激走戦隊カーレンジャー」の一人、グリーンレーサーとして、地球を巨大花火に変えて爆発しようと企む宇宙暴走族ボーゾックと戦う戦士だったのである。そしてそれは、他のペガサスの社員も同じだった。恭介がレッドレーサー、直樹はブルーレーサー、菜摘はイエローレーサー、そして、洋子はピンクレーサーとしてボーゾックを退治しているのである。

「ちょちょちょちょッッッッ!!!!なッ、何やっとんねん、お前らああああッッッッ!!!!

 光沢のある鮮やかな緑のクルマジックスーツが、太陽の光を受けてキラキラと輝く。

「いたいけな少年をとっ捕まえて、公衆の面前で何さらしとんねんッ、ゴルアァッ!!!!

 実は物凄い勢いで突っ込んで行くと、その少年を捕らえていたワンパーを次から次へと薙ぎ倒して行く。

「どぉりゃあああッッッ!!!!

 日頃の鬱憤も貯まり、それを一気に解消すべく、物凄い勢いでワンパーを蹴散らして行く。そして、あっと言う間に全てのワンパーを追い払ってしまった。

「…ふぅ…!!

 一頻り暴れた後、実は両手をパンパンと叩き、埃を振り払うような仕草を見せた。そして、後ろでぺたんと座り込んでいる少年を見やると、

「大丈夫やったか?」

 と言い、その少年の肩に手を掛けた。

 と突然、その少年が乱暴に実の手を振り払った。

「…え?」

 実が呆然とその少年を見る。するとその少年は手早く身なりを整えると、無言のまま、物凄い勢いで走って行ってしまったのである。

「…なッ、…何やねんッ、あの態度はぁッ!!

 グリーンレーサーの変身を解除した実が大きく憤慨して声を上げた。

「ったくぅ、助けてやったっちゅうに、お礼の一言も言えへんのかッ!!最近のガキはどう言う教育されとんねんッ!!

 そう言った実は空を見上げ、俄かに顔を真っ青にした。

「…やば…!!

 そう呟くと、そそくさとその場を後にした。

 目の前に浮かんでいた大きな入道雲と、この少年との出会い。これが、実の運命を大きく狂わせることになるのである。

 

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