違反切符 第2話

 

「フン、フン、フ〜ン…♪」

 心地良い強風が顔にぶち当たる。

「いやぁ、さぁっすが社長ッ!!太っ腹っちゅうか、なんちゅうか…♪」

 自分だけの世界、自分だけのスペースにどっぷりと浸り込み、上機嫌で鼻歌を歌う。

「ルートセールスに行く言うても、歩いて行くのにこの気温ではきっついんちゃうかて、営業車を貸してくれるなんてなぁ…!!

 きちんとセットした前髪が物凄い勢いで背後へ靡いている。相当強い勢いで、エアコンを付けているのだろう。地球のエコには一切、お構いなしと言った風情だ。そして更に、普段から大きな顔が更に大きくなって見え、垂れている目は更に垂れて見える。だらしがない顔とはこのことだろうか。

 だが、そんな顔もすぐに真顔に戻り、

「だったら最初っから営業車でルートセールスに回らせろっちゅうねん!!

 とハンドルをパンと叩いた。

 上杉実。裏では、地球を大きな花火に変えてしまおうと企む宇宙暴走族・ボーゾックと戦うグリーンレーサーと言う顔を持ちながらも、それを誰にも明かすことなく、下町の小さな自動車整備会社・ペガサスの営業職として、今日も独り街中を走り回っていた。

 だが、そんな実の運命が大きく狂わされることになろうとは、この時の実には知る由もなかった。

「…!?…危ないッ!!

 実の運転する車の前に、一人の少年が飛び込んで来たのだ。

 実は咄嗟に車のブレーキを踏み、ハンドルを横へ切った。車は大きく右へ逸れ、その少年にぶつかることはなく、寸でのところで停止した。その少年は車の前で蹲っている。

「…んなッ、…何やあッ!?

 自分の一生をダメにするかと思った。心臓がドキドキと早鐘を打っている。顔には冷や汗が流れ、目はきょときょとと忙しなく動いていた。

「…とッ、…取り敢えず…ッ!!

 人命救護は必須だ。これをやらなければ、刑事罰の対象になる。実は急いでシートベルトを外し、ドアロックを解除した。

「…ちょッ、…おまッ、…だッ、大丈夫かッ!?

 慌てて駆け寄り、その少年の肩に手をかけた。黒い学ラン。某メーカーの赤と黒のラインの入った靴。

「…痛ってぇ…!」

 その少年はゆっくりと起き上がり、実を見上げた。

(…あ…!!

 その顔に見覚えがあった。きりっとした眉毛に、くりっとした瞳。イケメンと言ってもいいだろう。

 そして、その少年は前をはだけた学ランの下に、赤と黄色の縞模様のシャツを着ている。その体には筋肉がうっすらと付いており、細身ながらも筋肉質である体型が窺えた。

「…な、…何だよ…ッ!?

 その少年は、呆然としている実を見てぶっきらぼうに言った。わりと低いダミ声だ。

「…あ、…いや…」

 この間、ボーゾックに襲われてたやろ、と聞けるはずがなかった。実達がカーレンジャーであることは、世の中の誰にも秘密だったのだから。

「…だ、大丈夫やったか?」

 ぎこちない笑みを浮かべ、実がその少年に尋ねる。するとその少年は大きく溜め息を吐き、

「…あの大きな石に躓いて転んで、…バランスを崩して転がったら、こんなところまで出て来ちまったんだよ…!!

 と言い、少年が転んだきっかけになったわりと大きめな石を憎々しげに指差しながら言った。

「…はぁ…(…なんちゅう、運のないガキや…?…ボーゾックに襲われ、下半身を露出させられただけやなく、こぉんな小っさな石に躓いて大通りまで転がり出して、挙句の果てに轢かれそうになるやなんて…!)」

 哀れみの眼差しで少年を見る実。

「…何ッ!?

 あからさまに不機嫌な顔をするその少年。

「…あ、いやいや…!」

 実はそう言うと、スクッと立ち上がり、

「ほな、気ぃ付けぇや?」

 と言い、車に乗り込もうとした。その時だった。

「…痛ッ!!

 少年が声を上げ、顔を歪ませた。

「…ど、どないしたん?」

 実は、その少年が右足首を押さえているのに気付いた。

「…お、…お前、まさかッ!?

「…挫いた…みてぇだ…!」

 その時だった。

 実は右手を差し出していた。

「…え?」

 少年がきょとんとして実を見上げる。

「…乗れや」

 実が車を顎でしゃくり、その少年を見る。

「足が痛とうて、歩けへんのやろ?」

「でッ、でもッ!!

「ええんや。幸い、大した怪我やのうて良かったし。わいも人生が狂わんですんだしな!」

 そう言うと実はその少年を車に乗せ、走り出した。

 

 大通りから少しだけ中に入った、商店街のようなところに、その少年の家はあった。

「お前んち、八百屋なんやぁ…」

 「伊達」と書かれた表札をくぐり、裏から家の中へ入って行く2人。

「どうぞ」

 その少年は、自身の部屋と思われる部屋を開けた。

「…」

 部屋の中を見た途端、実は固まった。

「…さっすが、高校生やなぁ…」

 乱雑に散らかった部屋。足の踏み場もないほどだ。そして、ベッドの上には布団が無造作にはだけ、洗濯物が山ほど乗っている。すると、その少年は少し顔を赤らめ、

「片付け、嫌れぇなんだよ。めんどくせぇし…!」

 と言った。その瞬間、実はその少年の両肩をばんと叩いた。

「なッ、何だよッ!?

 少年が驚いて声を上げ、目をぱちくりとさせる。

「分かるッ!!分かるでぇ!!

 鼻息荒く、その少年に言う実。そして、ふんぞり返ると、

「わいも片付け、大っ嫌いやからな!」

 と言った。するとその少年はフッと笑い、

「威張って言うことかよ!」

 と言った。

「…まぁな!」

 実もようやく笑みが零れた。

「…ほな、わいはこれで…」

 実がそう言って踵を返した時だった。

「ねぇ、お兄さん」

 不意にその少年が実を呼び止めた。

「?」

 振り返った実は思わず凍り付いた。その少年が意地悪い笑みを浮かべていたのである。

「お兄さん、激走戦隊カーレンジャーなんだろ?」

 

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