違反切符 第3話
「お兄さん、激走戦隊カーレンジャーなんだろ?」
自分が助けた運のない高校生がそう言った後、長い沈黙が続いた。
「…な、…何訳の分からんこと言うとんねん…!」
平静を装おうとした。だが、上杉実の顔には明らかに動揺が窺えた。
昔からそうだった。何かあると、感情がいつも顔に出た。それでどれだけ損をしたことか。それが今、知られてはいけない秘密を知られ、それを隠さなければならないにも拘らず、明らかに顔に出てしまっていた。
するとその高校生、確か、伊達と言ったか、がフンと笑い、
「お兄さんの素性もバレてんだぜ?」
と言った。
「…オレの、…素性…?」
「えぇっと…」
少年は机の上にあった紙を乱雑に漁り、1枚のA4サイズの用紙を見つけた。
「…本名、上杉実。大阪出身。自動車会社ペガサスに勤める24歳。ペガサスの社員は社長も含め6名。うち、営業職なのは実のみ。給料は社員の中で一番最低。そして…」
「ちょちょちょ、ちょお、待てえッ!!」
少年が読み上げている間に顔を真っ青にして行った実。慌てて少年の手からその紙を取り上げた。
「…おまッ、…おま…ッ!!」
少年は明らかに勝ち誇った笑みを浮かべている。そして、
「まだ、続きがあるんだけど?」
と言った。実は思わず、その用紙を覗き込んだ。
「表の実はペガサスの社員。だが、その裏の顔は激走戦隊カーレンジャーのグリーンレーサー」
いつの間にか、実の手がブルブルと震えていた。
「…お前、…どうしてここまで…?」
するとその少年はニヤリとして、
「オレ、デジ研なんだぜ?」
と言った。
「…デジ、…ケン…?」
「オレは伊達健太。諸星学園高校デジタル研究会に入ってんだよ」
「…諸星…学園?」
そう言った実の目が大きく見開かれ、
「あ、あのエリート高校の!?」
と言った。すると、健太と名乗ったその少年はフンと笑うと、
「確かに、エリート高校だけど、オレは成績最下位だし」
と言った。
「で、その高校のデジタル研究会に入っているわけだから、オレらのネットワークを使えば、どんな秘密情報も一発、ってわけよ!」
「…はぁ…」
妙に納得する実。だが次の瞬間、はっと我に返り、
「…そッ、…それとこれと、何の関係があんねん!…そ、それに、…オ、…オレが、…その、カー…何とかって言う証拠があるんか!?」
と意気込んでみせる。すると健太はオーディオラックに向かい、1枚のディスクを取り出した。そして、それをプレイヤーにセットし、再生ボタンを押す。
『激走ッ!!アクセルチェンジャーッ!!』
と言う声が聞こえ、実の背中が映し出された。
(…え?)
その時、実は違和感を覚えた。画面の手前に実、その奥にワンパーに捕らえられ、下半身を露出されている健太。
そして次の瞬間、実の体が光り、グリーンレーサーへと変身していたのである。
「…お、…お前…、…まさか…?」
呆然と健太を見下ろす実。
「…ワンパー達と、…手を組んだ…のか…?」
「へぇ、こいつら、ワンパーって言うんだ」
「…あ…」
実の威厳が、ここでも音を立てて崩れて行くのが分かった。すると健太は、
「襲われたのは偶然だよ」
と言った。
「たまたまオレのスケボーテクを録画しようと思って、離れたところにビデオカメラをセットしたんだ。そしていざ、始めようと思ったら、偶然、ワンパーってヤツらが襲って来たってわけ!」
「…あ…あ…あ…!!」
もう逃げ隠れも出来ない。完全に実の素性がバレていた。
「ひでぇよなぁ、カーレンジャーって言う正義の味方だったんなら、すぐに助けてくれりゃいいものをさぁ、一旦、物陰に隠れて様子を窺って、オレがピンチになってから飛び出て来るんだもんなぁ」
その途端、実は健太の目の前で両膝を付いていた。
「たッ、頼むッ!!このことは誰にも言わんといてくれへんかッ!?」
情けない自分がいた。自分よりも年下の高校生の目の前で土下座をする自分。
「すぐに助けに行かれへんかったのは悪かった。それはあやまるッ!!けど、オレがカーレンジャー言うんは、他の誰にもバレたらアカンのや!!頼むッ、黙っといてんか?」
すると、健太は腕組みをし、
「…どうしよっかなぁ…?」
と言い始めた。
「お前ッ、オレがこんなにあやまっとんのに、何やねん、その態度はぁッ!?」
思わずカッとなった実は、思わず健太に掴み掛かっていた。と、その時だった。
ドスッ!!
と言う鈍い音と共に、
「はぐッ!?」
と言う実の声。
「…あ…お…ご…!?」
実の額から脂汗が流れる。目をカッと見開き、思わずその場に蹲った。健太の膝が、実の股間を直撃していたのである。
「…お…お…お…!!」
顔を真っ赤にし、目を固く閉じる実。
「あのさぁ、自分の立場、分かってんの?」
無造作に髪を掴まれ、見上げたそこには健太がいた。
「…ひ…ッ!?」
健太の表情に思わず声を上げる実。ギラギラと野獣のような目付きをしている健太がそこにはいたのだ。だが次の瞬間、健太はニッコリと微笑むと、
「オレの言うことを聞いてくれれば、ずっと黙っててやるよ?」
と言った。
「…言う…こと…?」
少しずつ股間の痛みが和らぎ始め、実はゆっくりと立ち上がる。
「まずはぁ、オレの目の前でグリーンレーサーになってよ」
その言葉に実はゆっくりと目を閉じる。
「どうしたの?出来ないの?」
自分を馬鹿にしたような健太の声に思わず腹が立った。だが、実は大きく溜め息を吐くと、ジャケットの左袖を下ろし、アクセルブレスを取り出した。そして右手にアクセルキーを持った。
「激走ッ!!アクセルチェンジャーッ!!」
その叫び声と同時に、実はアクセルブレスにアクセルキーを差し込んだ。
次の瞬間、健太の目の前には、グリーンレーサーに変身した実がいた。