終わらない因縁 第5話

 

 暗い夜道を、大五はゆっくりと歩いていた。

(…兄貴…か…)

 久しぶりに再会した亮の部屋を出たのは、既に日も変わっていた頃だった。

 

「…やっべ…!」

 呑気に昔話に花を咲かせていた時、ふと時計に目をやった亮が急に顔を真っ青にしてそう言った。

「もうこんな時間だ!オレ、明日の朝、早いんだ!」

「何だって!?

 思わず眉間に皺を寄せ、目を見開いた。

「亮ッ!!何でそれを早く言わないッ!?

 急いで立ち上がると、

「少しでも寝ろよ?」

 と言って部屋を立ち去ろうとした。

「あ、兄貴ィッ!!

 突然、後ろから追い掛けて来た亮が大五にしがみ付いた。いや、正確には抱き付いていた。

「…どうした、…亮…?」

 困惑した表情で、静かに亮の頭を撫でてやる。すると亮はゆっくりと大五を見上げた。その視線がきょときょとと動いている。

「どうしたんだ、亮ぉ?」

 まるで子犬のように、どこか不安そうな目付きで大五を見つめている。

「…あ、…あの…さ…」

「…お前、…やっぱ、酔ってるのか?」

「よッ、酔ってなんかいねえよッ!!第一、酒なんか一滴も飲んでねえんだからッ!!

 ぷっと顔を膨らませる亮。大五はフッと笑うと、

「冗談だよ、冗談」

 と亮を優しく抱き締めた。

「で、どうしたんだ?」

 頭の上から大五の優しい声が降り注ぐ。

「…兄…貴…ぃ…!」

「…かわいいな、…亮…」

 大五はそう言うと、亮を少しだけ離し、じっと見つめる。

「…あ、…あのさ、…兄貴ぃ…」

「ん?」

「…また、…会いに来てくれるよな…?…オレ、…オレぇ…、…久しぶりに兄貴に、…大五に会えて…、…嬉しかったんだ…!」

「…当たり前だろう?」

 大五はそう言うと、今度は亮を強く抱き締めた。

「…俺も、お前に久しぶりに会えて嬉しかった。…俺は、ずっとお前の兄貴だからな!」

「…うん!」

 心なしか、亮の目が潤んでいるようにも見えた。

「んじゃ、またな!」

「おやすみ、兄貴」

 そして、大五は亮の部屋を出たのだった。

 

「…ご…!…大五…!」

 その声を聞いた途端、大五は体が凍り付くのを感じた。

「…大五…ッ!!

 澄み切った、悲しくも凛とした声。

「…ウ…ソ…だ…!!

 自分は酔っているのか、とさえ思った。だが、どんなに記憶を辿っても、亮と再会して亮が働く店ではジャスミン茶しか飲んでいない。亮の部屋で飲み直しても、お茶しか飲まなかったはず。

(…まさか、…亮が、…俺の飲んだものに酒を入れたとか…!?

 一瞬、変な考えが頭を過ぎった。

「…いやいや!…亮が、…俺の弟がそんなことをするはずがない…!」

 ブンブンと大きく頭を左右に振る。

 その時だった。

 急に眩しい光が自分の目の前に降り注いだ。

「うわあッ!!

 思わず右手を翳し、その光の直視を避ける。

 バサッ!!バサバサ…ッ!!

 羽音のような音が聞こえたと同時に、目の前に何かが飛来した。

「大五ッ!!

 その声に、大五は思わず呆然となる。

「…ウ…、…ウソだ…!!

 赤と白を基調とした、スラリとした体型の美しい女性が目の前にいる。その背中には大きな羽が。

「…ク…、…クジャク…!?

 忘れもしない。ゴーマとの戦いの時、ゴーマへの復讐心に満ち、暴走を繰り返していたクジャク。そんなクジャクを身を挺して守った。だが彼女は、人間世界では生き永らえることが出来ず、程無くして天に昇って行った。

 はずだった。

 そんな彼女が今、再び大五の目の前にいる。

「…ど、…どうして…!?

 大五は驚きのあまり、言葉を発することさえ出来ない。だが、そんな大五にも構わず、クジャクは静かに微笑むと、

「久しぶりだな、大五!」

 と声をかけて来た。

「…お、…お前は確か、…天に召されたはず…!」

 その声に、クジャクの顔から笑みが消えた。

「…クジャク…?」

「…そうだ。…私は、…この世界の環境に馴染むことが出来ず、もとの姿へ戻った。…呆気ないほどにな…」

「…だ、…だったら、何故…!?

 その時、クジャクはじっと大五を見つめた。今までに見たことがないほど、厳しい眼差しで。

「…大五…。…大地動転の玉が消えてしまったのであろう…?」

「…ッ!?

 大五は言葉を返せずにいた。そんな大五の心の中を読み取ったのか、

「大五。どうして俺の心の中を読み取れる、とでも言いたそうな顔をしておるぞ?」

 と、クジャクが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「…だ、…だって…」

「言わずとも良い」

 クジャクはそう言うと、

「その大地動転の玉を追って、シャダムまでもが復活したようだな?」

 と言った。

「…ッ!!

 全てを見通している。それが、孔雀明王の生まれ変わりである彼女の能力なのだろうか。

「…私は、天界から全てを見ていた。…シャダムが、…ゴーマ十六世までもが泥人形だったことも…。…そのシャダムがその怨念で再びこの世に姿を現したことも…!…このままでは、再び先の大戦が繰り返される…」

 クジャクはそう言うと大五をじっと見つめた。そして、

「…大五、ついて来るのだ…!」

 と言うとスタスタと歩き始めたのだ。

「お、おいッ、クジャク!待てよッ!!

 大五は慌ててクジャクの後を追い始めた。

 

第6話へ