女王の妖魔術U 第2話
「じゃあ、今日はここまでにしましょう」
様々な料理のいい匂いが立ち込める教室のような部屋。その一番前で、1人の若者が爽やかな笑顔を見せ、そう言った。
「黄山先生ぇん♥私の料理、見て下さらなぁい?」
「黄山先生ぇん♥私ぃ、この味ではちょっと物足りないような気がするんですのよぉ?」
その反対側では、爽やかな笑顔を見せていた若者の顔が引き攣るほどに、見るからに巨体な女性達がわらわらと蠢き、その体のわりには物凄い勢いでその若者に迫って来たのだ。
「…わ…、…わわ…!!」
その若者はあっと言う間に両腕を掴まれていた。
「ちょっとッ!!最初に黄山先生に質問したのは私よッ!?」
「何よッ!?私の方が黄山先生の腕を掴むのが早かったんですからねッ!!」
「何よッ!!質問するのが早かった方が先って決まってるでしょうッ!?」
「何よッ!!そんなの、腕を掴んだ者勝ちよッ!?」
「…あ、…あの…」
黄山と呼ばれた青年は顔を引き攣らせながら、自身を間に挟んでいる巨体な女性達を交互に見ている。
「いいからッ、黄山先生ッ!!私を先に見てちょうだいッ!!」
「何よッ!!黄山先生ッ、私の方が先でしたわよねッ!?」
「ちょっとアンタッ!!いい加減、黄山先生の腕を離しなさいよッ!!」
「アンタこそッ、そのぶっとい腕を離したらどうなのッ!?」
「なぁんですってええええッッッッ!!!?」
「ああああッ、もうッッッッ!!!!喧嘩は止めて下さいッ!!どっちもちゃんと見ますからッ!!」
うんざり気味の顔で黄山は叫ぶ。だが、両腕をしっかりと掴んでいる2人の女性はグイグイとそれぞれが反対方向へ黄山を引っ張るものだから、
「痛たたたたッッッッ!!!!…そッ、…そんなに…ッ、…引っ張ら…ないで…ええええええええッッッッッッッッ!!!!!!!!…かッ、…体が…ッ!!…ちぎれるウウウウウウウウッッッッッッッッ!!!!!!!!」
と半ば悲鳴を上げていた。
黄山純。
知能指数200超えの天才大学生で、東明大学の研究室員。大らかで穏やかな性格だが恋愛には疎く、意外とおっちょこちょい。恋愛に疎いだけではなく、女性に疎いと言った方がいいのだろうか。両腕を掴まれて目の前で女性が喧嘩をしていても間に割って入ろうとしない。
だが、その知能指数を生かし、電子戦隊デンジマンの1人・デンジイエローとしてベーダー一族と戦っていた。
「デンジスパークッッッッ!!!!」
そう叫んで右手を突き出すと、指に填めているデンジリングが黄色く輝き、次の瞬間、黄山の体は光沢のある鮮やかな黄色のスーツに包まれていた。
「デンジイエローッ!!」
パワーファイター系の黄山。両手を組み、大きく回すそのポーズが、彼がパワーファイターであることを物語っていた。
襲い来るベーダー一族の戦闘兵・ダストラーの中へ豪快に突っ込んで行くと、
「うおおおおりゃああああッッッッ!!!!」
とダストラーの1人に飛び掛かる。そして、そのまま持ち上げ、物凄い勢いで投げ飛ばすのだ。
それだけではない。
「ハンマーパンチッ!!」
両手を組んだ状態でそのまま体をスピンさせたりしながら、ゴルフの要領でそれをダストラーへ叩き付ける。その強さに、ダストラーは宙を吹き飛んで行った。
そんな怪力の持ち主なのに、普段の生活を送っているアスレチッククラブでは料理教室を主宰し、多くの主婦に囲まれると途端に弱気になる。主婦からしてみれば、黄山は若くてハンサムだ。どの顔もオオカミのようにギラギラと目を光らせ、隙あらば食ってやろうと言う欲望が渦巻いているようにも見えた。
(…うえ…!!)
正直に言えば、そんな主婦達が、黄山は大の苦手だった。とは言え、生活費を稼がなくてはならない。そこは必死に我慢し、今日もせっせと普通以上に体をベタベタ触って来る主婦達を相手にしていたのだった。
「…もう…、…やだ…」
テーブルの上に顔を突っ伏して、グッタリとして言う黄山。
「…アスレチッククラブ…、…辞めたい…」
その時だった。
「相変わらず、モテますにぃ、先輩ッ!!」
明るい声が聞こえ、黄山は思わず顔をガバッと上げる。
「ひょひょひょひょ…!!」
「…豹…?…豹じゃないか…!!」
教室のドア越しに、豹がニコニコとしながら黄山を見つめていたのだ。
豹朝夫。地球平和守備隊のレンジャー部隊に所属する青年で、黄山とは学生時代の先輩後輩の関係だった。
「先輩ッ!!お久しぶりですッ!!」
嬉しそうに駆け寄って来ると、豹は黄山に抱き付いた。
「元気にしてたか、豹ッ!?」
「はいッ!!もう、この通りピンピンですッ!!」
大袈裟に体を揺り動かす。そして、
「先輩こそ、相変わらずモテますにぃ!!よッ、色男ッ!!」
と囃し立てる。すると、黄山は俄かにげんなりとした表情になって、
「止せよぉ。こっちはただでさえ、疲れてるのに…」
と言った。すると豹は、
「んまあッ!!それは贅沢な悩みってもんですよッ!!モテる男は辛いですにぃッ!!」
と言うと、
「ささッ、先輩ッ!!肩でもお揉みしましょうかね!!ひょひょひょひょ…!!」
と、明るい声を上げながら、黄山の肩をグイグイと揉み始めた。
「おお!?随分、力が入るようになったんだな。さすが、地球平和守備隊で鍛えられただけあるなぁ!!」
そのあまりの心地良さに表情も緩む。
「先輩もお疲れですにぃ。デンジマンとして、ベーダー一族と戦ってるんですから」
「まぁ、なぁ…」
「オレなんかもそうですよ?万が一って時のために、いつでもベーダー一族や、もしかしたらこの先、地球侵略のために現れるかもしれない悪の組織と対抗するために厳しい訓練をしてるんですから!!」
「…え?」
その時、黄山が不意に顔色を変えたかと思うと、豹の方へ振り返った。そして、
「…ベーダー一族以外にも、この地球を狙っているやつらがいるのか?」
と尋ねた。すると、豹は真顔に戻り、
「…分からないですけど…、…地球外生命体だっているって言うじゃないですか。去年、映画でも有名になったでしょ?エイリアンとか…」
と言った。
「…ま、…まぁ…な…」
科学者の身分としては、地球外生命体の存在は俄かには信じられないものだ。だが、世の中に起こる不思議な現象を見ていると、そう言う地球以外の生命体が何か悪いことをしているとも考えられなくもない。もちろん、そう言う生命体が自分達にいいことをしてくれているかもしれないと言う考えもなきにしもあらずだ。
眉間に皺を寄せ、いろいろ考え事をしていたその時だった。
「ところで先輩ぃ〜」
急に豹が猫なで声を出して来た。それが何なのか、黄山は瞬時に理解し、
「しょうがないなぁ、お前は!!」
と言うと、
「また、オレが作ったカレーを食べたいのか?」
と苦笑した。
「ひょひょおッ!!さっすが先輩ッ!!よく分かってくれてますにぃッ!!」
「だから、にぃ、って言うのは止めろ!!」
「あはははは…!!」
豹がケラケラと明るく笑う。そんな豹を見て、
「お前の笑顔を見ていると、嫌なことも全部忘れられそうだよ」
と言った。
「そうですか!?嬉しいなぁッ!!ひょひょひょひょ…!!」
「お前なぁ。そのひょひょひょ笑いも何とかしろッ!!」
「無理ですにぃッ!!」
「にぃ、も止めろッ!!」
「あはははは…!!」
2人の賑やかな声が、しんと静まり返った料理教室の中に響き渡った。