女王の妖魔術U 第6話
翌朝――。
「ひょひょおおおおおおおおッッッッッッッッ!!!!!!??」
テーブルに並べられた朝食を見て、豹は目を大きく見開き、素っ頓狂な声を上げていた。
「…こッ、…これはまたッ、朝から凄い豪華ですにぃッ!!」
香ばしい香りを立てるトースト、朝日を浴びてキラキラと輝く目玉焼き、レタスとキュウリ、キャベツ、トマト、ロースハム、ポテトサラダとボリュームのあるサラダ、そして、何とも優雅な香りを漂わせるコーヒー。
更に、昨夜の残りのカレーもあった。
「このくらい、今のお前なら余裕で食べられるだろ?」
エプロンを付けた黄山がニコニコしながらやって来ると、食卓にどっかりと腰を下ろした。
「さ、食べようか!!」
「…せ、…先輩…?」
やけにニヤニヤと笑い、目をだらしないほどに垂れ目にしている黄山に豹が尋ねる。
「…せ、…先輩…?…何か、…あったんですか…?」
だが、黄山は、
「…ンフッ!!…ンフフフフ…ッッッッ!!!!」
と、ニヤニヤと笑っているだけだ。
「…ちょ、…ちょっと、先輩ってば!!」
「…ん?」
瞳の中の黒い部分が動き、黄山が声を上げた。だがすぐに、
「…グフッ!!…ンフフフフ…ッッッッ!!!!」
と、再び不気味に笑い始めたのだ。
「…ひょ…!!」
釣られるように豹の顔までもが引き攣る。
「…せ、…先輩…。…な、何だか、気持ち悪いんですけど…!!」
「…え?…そう?」
何だか、幸せそうな黄山の顔。すると、黄山は少しだけ溜め息を吐くと、
「…昨夜さぁ…、…凄くいい夢を見たんだぁ…!!」
と言った。
「…ゆ、…夢?」
「ん」
黄山はにへらぁっと笑みを浮かべ、コクンと頷く。それに対し、豹の心臓がドクンッ、ドクンッ、と早鐘を打っている。
(…ま、…まさか…、…バレてる…?)
すると黄山は、
「夢の中で、見知らぬ女の人が出て来てさ…。その女の人がまた積極的でさぁ…。…オレ、押し倒されちゃってさぁ…。…グフッ!!…ンフフフフ…ッッッッ!!!!」
と言うと、再び表情がだらしがないほどに崩れる。
「…は、…はぁ…」
そんな黄山を、顔を引き攣らせて見つめている豹がそこにはいたのだった。
「アァッハハハハハハハハ…!!」
水晶でその光景を見つめながら、過去のヘドリアンが皺枯れた声で笑い声を上げた。
「デンジイエローめッ!!何にも気付いておらぬようじゃ!!しかも、夢の中の世界にどっぷりと浸っておるようじゃのう…!!」
「ンンッフフフフ…!!」
今度は未来のヘドリアンが低く笑った。
「ブラックマグマが作り出した強力な睡眠薬。それによってどっぷりと眠りの世界に落ち、その間にエネルギーを奪われる。しかも、その感覚はデンジイエローの本能の赴くままに、彼にとっては素敵な夢となって現れているようじゃのう…!!…アァッハハハハハハハハ…!!」
「フフン!!」
その時、過去のヘドリアンは得意げな表情を浮かべて笑った。
「…?…何じゃ?」
「…未来の私よ。…実は、私もデンジイエローに特別な細工を施しておいたのじゃ…!!」
「何?細工じゃと?」
きょとんとする未来のヘドリアン。それに対し、過去のヘドリアンは、
「まぁ、見ておれ。そのうち、正体が分かる」
と言うと、目をギラリと光らせた。
その夜――。
すぅすぅと心地良い寝息を立てている黄山の横に、豹がぽつんと座り込んでいた。
「…先…、…輩…」
唇をキュッと噛み締め、何とも言えない表情を浮かべている。
「…昨夜のこと…、…先輩に…、…気付かれていると思ったじゃないですか…!!」
朝の黄山の発言に、豹の心の中は1日中、穏やかではなかった。そのせいで、1日中挙動不審になり、
「どうした、豹?具合でも悪いのか?」
と黄山に心配されるほどだった。
「いッ、いやッ、何でもないですッ!!ひょひょひょひょ…!!」
「…?…変な豹…」
大袈裟にバタバタと両腕を振り、必死に誤魔化す豹。それに対して、黄山は怪訝そうな顔を浮かべるも、呑気に鼻歌などを歌いながらご機嫌になっている。
(…先輩…)
夢の中で押し倒されていい思いをしたと言う黄山の言葉を、その言葉通りに受け止めれば問題はなかった。だが、もし、本当は豹のしたことに気付いていて、それを何とかして誤魔化そうとして、いや、豹に確かめるようにそう言ったのであれば、それは豹にとっても、ヘドリアンにとっても誤算となる。
「…どっちなんですか、先輩ぃ…?」
豹がそう言った時だった。
『心配するな、バルパンサー』
「…え?」
どこからともなく、低い声が聞こえて来る。
『こいつは…。…デンジイエローはお前のしたことに全く気付いていない。何故なら、いい夢を見せているのは、このオレ様なのだからなぁ…!!』
「だッ、誰だッ!?」
辺りをキョロキョロと見回した時だった。
ゴツンッ!!
何かが豹の脳天を叩いた。その瞬間、
「痛てッ!!」
と豹は声を上げると、背後に気配を感じて思わず振り返った。だがすぐに、
「わああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
と悲鳴を上げたのだ。
「バッ、バカッ!!デンジイエローが起きてしまうだろうがッ!!」
その声の持ち主に言われた時、豹ははっとなって慌てて口を両手で塞いだ。そして、恐る恐る黄山の方を視線で追う。
「…」
だが黄山は、相変わらずニマニマと不気味な笑みを浮かべ、すぅすぅと心地良い寝息を立てていた。
「…だ…ッ、…誰だ…ッ、…お前…ッ!?」
口元が妙にだらんと垂れ下がり、象のような、サイのような、カバのような顔立ちをしている。
「オレ様はユメバクラー。ヘドリアン女王様によって生み出されたベーダー怪物だ」
「…ベーダー怪物?」
『バルパンサーよ』
その時、豹の頭の中にヘドリアンの声が聞こえて来た。
『そやつはベーダー怪物と言って、今、デンジマンが戦っている怪物のことじゃ。過去の私が、デンジイエローにいい夢を見せるために作り出したのだそうじゃ』
『そやつがデンジイエローにいい夢を見せておる。決して、そなたの行いがデンジイエローに知られているわけではない』
「…そ、…そう…なの…か…?」
『そうだ。だから、安心して続けるが良い』
過去のヘドリアンがニヤリと笑った時、未来のヘドリアンも一緒になって口元を綻ばせた。
『『デンジイエローのエネルギーをもっと奪うのじゃ…!!』』