DON脳寺の変 第13話
「「ほえ〜…!!」」
猿原に案内されたところに辿り着いた時、翼と雉野は同時に同じ声を上げていた。
「さて、着いた」
猿原はニコニコしながらその家の中へと入って行く。
「ちょちょちょちょ…ッッッッ!!!!」
そんな猿原の作務衣のようになった服の裾を掴み、雉野は思わず引っ張っていた。
「…?」
突然のことに驚いた猿原がクルリと背後を振り返ると、メガネの奥で視線をきょときょとと忙しなく動かしている雉野と目が合った。
「…こここ、…ここ…は…?」
「…?…私の家だが?」
「ウソだろッ!?」
今度は翼が大声を上げて反応する。
「…だ…ッ、…だってお前、…無職…」
「失礼だなぁ、翼君」
ムッとしたような表情をすると、猿原は眉間に皺を寄せて、
「私は無職ではない。せめて、風流人と呼んでくれないか?」
と言ったのだ。
「私は生まれてこの方、職に就いたことがない。働きたくないのではない、働かないのだ。それが、私の生き方だ」
「…い、…いや、自慢されても…」
ポリポリと頭を掻く雉野。だが翼は、
「ななな、何でこんな家に住めるんだよッ!?」
と呆然とする。
閑静な住宅街に佇む一軒家。2階建てで、縁側には小さな庭まである。古き良き時代の面影を残したその家。
「…あ、…あのぉ、…猿原…さん…?」
「何だい?」
雉野がおずおずと尋ねると、猿原はニコニコしながら返事をした。
「…しょ、…食事とか、どうされてるんですか?」
「食事?」
「…そッ、そのッ…。…さッ、…猿原さん、無職…、…いやいや、お仕事をされないのに、どうやって食料を手に入れられているのかな、って…」
「…ああ…」
ニッコリと微笑むと、
「簡単なことだ」
と言い、
「私のもとへ相談に来る皆が、いろいろ持って来てくれるのだ。だから、食事には困らない」
と言ったのだ。
「…光熱費は?」
「私が一句詠むことで、私のもとへ相談に来てくれる者達が寄付をしてくれる」
「…税金は?」
「そこから出している」
「…いいご身分だな…」
翼がぼそっと呟いた。
「…それで?」
不意に猿原が真顔になり、
「…桃井タロウが、鬼になるとは、どう言うことなのだ?」
と聞いて来た。
「雉野さんはソノイに、翼君はソノニに言われたのだろう?」
「…ああ…」
「…ええ…」
翼と雉野が同時に返事をし、顔を曇らせる。
「…それに、…僕には見えたんです。…桃井さんの背中に、禍々しい姿をした鬼がいるのを…」
「俺なんか、俺自身に鬼がいると言われた」
「…ふぅむ…」
猿原が眉間に皺を寄せて唸る。
「…つまり、桃井タロウの場合は、ヒトツ鬼になった人間を元に戻そうとする思いが強すぎて、その強すぎる思いが桃井タロウ自身の中で暴走し、やがて、鬼になる…。…そして、翼君の場合は、今はとにかく警察の追手から逃れたい、逃げ切りたいと言う思いが強くなり、それが強くなり過ぎた時、翼君自身が鬼になる、と言うことだろうか…」
「だッ、だからッ、何で俺が鬼にならなきゃならねぇんだよッ!?」
翼が大声を上げて立ち上がる。だが、猿原はあくまでも冷静に、
「落ち着きなよ、翼君」
と諭すように言うと、
「つまり、願いと欲望は紙一重、と言うことさ」
と言った。
「ああなりたい、こうなりたい。ああしたい、こうしたい。それらの思いは、最初は願いだ。純粋な、叶えられたらいいなぁと思う願いだ。だが、それが自身の中で膨れ上がって行くと、ああならなきゃ、こうならなきゃへと変化する。それはもう願いではない、欲望なのだ」
猿原が静かに言う。
「つまり、翼君の警察から逃げ切らなければならない、と言う思いは欲望へと変わろうとしている。だから、ソノニに鬼が見える、と言われたのではないだろうか…」
「そッ、そうじゃなきゃ、俺は夏美には会えないッ!!」
「「…え?」」
猿原と雉野が同時に翼を見上げる。
「…俺は…、…無実の罪を着せられて逃げているんだ。…1年間逃げ切れたら、夏美を返してやると言われて…」
寂しそうに笑う翼。
「そもそも、無実の罪を着せられると言うのも変だよな。理不尽過ぎる。けれど、俺は愛する夏美を守り抜くッ!!だからこそ、逃げて、逃げて、逃げ回るしかないんだッ!!」
「…その思いが、君を鬼にしているのやも…」
「構わんッ!!夏美を守り切れるのなら、俺は鬼になっても…」
「ダメですよッ、鬼になっちゃ!!」
雉野が立ち上がると、翼の腕を掴んだ。
「だからこそ、僕達がいるんですッ!!」
「…は?」
翼が訝しげに声を上げると、雉野は照れ臭そうに微笑んで、
「…う、…上手くは言えないんですけど…。…ぼ、…僕達…、…仲間…でしょ…?…ほ、ほらッ、前に翼さんのお誕生日をケーキでお祝いしたじゃないですか…!!」
と言った。すると猿原までも、
「…そうだな…」
と言うと立ち上がり、
「寄り掛かった船だ。最後まで安全航行と行こうじゃないか!!」
と言うと、翼の肩をぽんと叩いた。
「…お前ら…」
翼の目が潤んでいるように見える。どの顔も笑顔になっていた。
「…後は…」
「桃井さん?」
猿原が眉間に皺を寄せ、顎に右手を持って行くと、雉野が神妙な顔付きをした。
「…話すしか、…なさそう…だな…」
「…そう…、…ですね…」
「…そもそも、俺達は何のために集められたのか…?」
「「…え?」」
翼が口にした言葉に、猿原と雉野が反応する。
「…もしかして俺達は…、…あいつが鬼になるのを、助けているんじゃないのか…?」
「…ま、…まさか…」
雉野がぎこちなく笑う。
「…かもしれない…」
「さッ、猿原さんッ!?」
雉野が驚いた声を上げる。
「…あの人は…、…いや、私達はどこへ向かおうと言うのだろうか…?」
そんな猿原の言葉に、雉野と翼は黙り込む。
重苦しい空気が、その場に流れた。