DON脳寺の変 第15話
あちこちに散乱したテーブルや椅子、滅茶苦茶に割れた食器類。その無数の破片が床一面に飛び散り、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。そして、それらはあちこちに散乱したテーブルや椅子にも突き刺さり、手が付けられる状態でもなかった。
…カチャ…、…カチャン…。
それらを黙々と片付ける男の姿があった。喫茶店「どんぶら」のマスター・五色田介人。
「…随分と派手にやったものだね…?」
割れたグラスやカップをほうきで掃き取りながら、相変わらず眠そうな瞳で言う介人。
「…申し訳…、…ありません…ッッッッ!!!!」
さっきまでの勢いはどこへやら、タロウはドンモモタロウのアバターチェンジを解き、深々と頭を下げている。
「…随分と久しぶりに爆発したじゃないか…?」
「…はい…」
タロウはそう言うと、サルブラザーのアバターチェンジを解き、介人と同じように黙々と片付けをしている猿原のもとへ行き、
「…すまなかった…」
と頭を下げた。すると猿原はニッコリとして、
「あやまるのなら、雉野さんにあやまった方がいい」
と言った。
「あなたはあの人を2回も突き飛ばしたり殴ったりした」
そう言うと、
「我々があなたのお供なら、その結束力が壊れてしまう前に、お供である我々にも頭を下げるべきだと思うのだが?」
と言った。そして、ニッコリと微笑むと、
「それが、主人たるあなたの務めだと思う」
と言った。
「…ああ!!」
その瞬間、タロウが駆け出そうとした。
ガシッ!!
そんなタロウの腕を猿原が再び掴む。
「…猿原…?」
ニコニコと微笑む猿原。
「…こっちの片付けが先だ…!!」
「…はい、どうぞ」
どのくらい時間が経っただろうか。
さっきよりはマシになった店内。あちこちに散乱したテーブルや椅子を元に戻し、飛び散った破片を掃除し終え、項垂れているタロウの元へ、介人がコーヒーを運んで来た。
「…マスター…」
「うん?」
少しだけ目を潤ませ、じっと介人を見つめるタロウ。
「…本当にッ、申し訳ありませんでしたッ!!」
「…いいよ…」
静かに微笑むと、介人は店の奥へと戻り、いつものようにカウンターの後ろで腰を下ろした。
「落ち着いたかい?」
猿原が静かに微笑んでいる。するとタロウは、
「…オレは…。…昔からお節介だった…」
と語り始めた。
「良かれと思ってやったことが、逆に人の心を傷付けたんだ…」
『ダメだよ、おばさん!!そんな干し方じゃ、シワだらけじゃない!!』
『ダメだよ、そんなやり方じゃ!!』
『ダメだよ、そんなんじゃ!!』
父親代わりの桃井陣と団地で生活をしていた頃、タロウは良かれと思い、団地の住人にいろいろアドバイスをして回っていた。タロウからしてみれば、それはアドバイスのつもりだったが、住人からしてみれば、それは余計なお節介、プライドを傷付けることに過ぎなかったのだ。
そのうち、タロウは団地の住人だけではなく、同級生からも疎まれ、次第に周りから人々が消えて行った…。
「私が言った通りだね」
その話を聞いた時、猿原は小さく溜め息を吐いてそう言った。
「君に見えた鬼。それはやはり、君が純粋に人を助けたい、何かの役に立ちたいと言う思いが強くなり取り憑いたのではないだろうか。そして、君のようにその鬼は君が自身を律し、制御出来ている証拠なのかもしれない。…だが、さっきのように我を忘れた時、君は手の付けようがないほどの凶悪な鬼、第六天の魔王になってしまうのかもしれない…」
「…オレは…、…どう…すれば…?」
「…ふむ…」
タロウには似つかわしくないほどにシュンと落ち込んでしまっている。そんなタロウを見て、猿原はニッコリと微笑むと、
「君は今のままでいい」
と言った。
「馬鹿正直なことが悪いことではない。ただ、それが時と場合によりけりであることだけ覚えておけばいい」
そう言うと、猿原はゆっくりと立ち上がった。
「…どこへ?」
タロウが尋ねると、
「キジ君の様子でも見て来ようかな。…あ、…あっちには犬塚君が行っていたっけね…?…じゃあ、私は必要はないかも…」
と言って、店を出て行った。
「…」
その時、タロウは猿原の後ろ姿を呆然と見送り、
「…」
と、介人がそんなタロウの後ろ姿を静かに見つめていた。
「…あ…ッ、…痛たたたた…ッッッッ!!!!」
雉野の家。
「…いッ、痛いですよッ、犬塚さああああんんんんッッッッ!!!!」
「バカッ!!少しはおとなしくしろッ!!」
涙目で暴れる雉野に絆創膏を貼り付ける翼。
「…グス…ッ!!」
えぐえぐとしゃくり上げる雉野。そんな雉野の口の端に絆創膏が貼られている。
「…桃井さん…、…全力で殴った…」
「ああ。いい音がしたもんな」
「…」
翼がそう言った時、雉野は黙り込んだ。
「…あんなにキレた桃井さん、初めて見た…」
「…俺もだ…」
「…僕…。…余程、桃井さんの気に障ることを言っちゃったんでしょうねぇ…?」
「…かもな…。…アイツは、鬼に取り憑かれた人を何が何でも全員、救いたいと思っている。…けど、俺達は正直、そこまでする必要があるのかと疑問に思っている。猿原やアンタが言ったように、自らの意思で鬼になった人や、他人に危害を加えた鬼までもを救う必要があるのか、ってな…!!」
「…はい…」
その時、
「まぁ、すぐにほとぼりが冷めるだろう。猿原がアイツのもとにいるのだからな!!」
と言うと、翼はスクッと立ち上がった。
「えッ!?ど、どうしました!?」
雉野が慌てて声を上げる。すると翼は、
「そろそろ失礼する。匿ってくれるならともかく、いつまでもここにいるのは迷惑になる」
と言ったのだ。
「そんなぁッ!!良かったら、みほちゃんの手料理を食べて行って下さいよッ!!僕を助けて下さったお礼だってしたいし…」
雉野がそう言った時だった。
「…手料理…、…か…」
「…犬塚…、…さん…?」
不意に見せた犬塚の表情。何かを思い出すような、寂しそうな目をしていた。
「…いや。…また今度にしておくよ」
そう言いながら、玄関先に向かって歩き出す翼。そして、
「…じゃあ、…またな…」
と言うと、
「…あ…。…あ…、…ありがとうございましたッ!!犬塚さんッ!!」
と、雉野は笑顔で答えたのだった。