DON脳寺の変 第17話

 

(…あの男は、みほちゃんを襲った…!!

 少し落ち着きを取り戻したのか、雉野はその場に屈み込み、ぼんやりと目の前を眺めている。

(そんな奴は、この世にいちゃ、いけないんだ…!!

 いつもよりも目付きが厳しい。だが、その口元には微笑が浮かんでいた。

「…ククク…!!

 ドロドロとしたおぞましい感情が体の奥底に湧き上がって来るような感覚がする。

「…そうだよ…。…やっぱり、そうだ…!!

 その目がギラリと光った。

「…やっぱり、鬼に意識を乗っ取られて暴走して、他人に危害を加えた全ての鬼を救う必要なんかないんだッ!!あの男みたいに、僕にとって大事なみほちゃんを襲うようなヤツは、やっぱりこの世にいる資格なんてないッ!!消えるべきなんだッ!!

「ヒャーッハハハハハハハハッッッッッッッッ!!!!!!!!

 その時だった。

 甲高い笑い声が聞こえ、雉野の目の前にソノザが現れたのだ。

「うわああああッッッッ!!!?

 その下衆な笑い声に驚き、雉野は思わず立ち上がると後退っていた。

「いい感じに鬼化して来ているな、お前も!!

「…え?」

 一瞬、ソノザが何を言っているのか、理解出来なかった。だが、その言葉を噛み砕いた時、雉野は俄かに顔を真っ青にして、

「…ぼッ、…ぼぼぼぼ、…僕がッ、…おッ、…鬼…ッ!?

 と声を震わせ始めた。

 その時だった。

「…ああ…」

「うひゃああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!

 今度は至近距離から声が聞こえ、ビクリとなって見上げると、そこにはソノイがいたのだ。

「…あ…あ…あ…あ…!!

 ガクガクと膝が震える。

(…もッ、…もしかして…ッ、…ぼ…ッ、…僕も…ッ!?

 消されるのか、そう思った時だった。

「安心して下さい。あなたを消去するようなことはしません」

 雉野の考えていることが分かったかのように、ソノイが言った。

「…え?」

 雉野がきょとんとしてソノイを見上げると、ソノイは静かに微笑んでいる。

「…あなたの波動は、我々脳人の世界の均衡を崩すようなものではありません。むしろ、我々はあなたを我々の世界にご招待したいのです」

「…はぁ…?」

 突然、ソノイが何を言い出すのかと、頭の上にはてなマークがいっぱい飛び出す。

「…ただ、…あなたにも、鬼が取り憑いているのは間違いありません」

 その時、ソノイの目がギラリと光った。

「…あなたの大切な方を襲ったヒトツ鬼は、この世から消えても構わない、と言う考えが、あなたの中に鬼を生み出しているのです…!!

「…そッ、…それは…!!

「分かっています。それはあなたの正義がそうしたこと。何が何でも、鬼が取り憑いた人間を救おうとする、あの赤いのとは違うのです」

 すると、ソノイは両手をスゥッと自分の前に差し出した。

「鬼でも2つのタイプがあるようです」

「…ようです、…って…」

 ソノイはニッコリと微笑んで、

「私もつい先日、気が付きました。我々脳人の世界の均衡を乱す鬼と、乱さない鬼。あなたのように、分別を理解し、救って良いヒトツ鬼と消去して良いヒトツ鬼とを見比べることが出来る鬼は我々の世界の均衡を乱さないようです。…ですが、あなたの大切な方を襲ったヒトツ鬼は、邪悪な意思を持っています。つまり、放っておけば他人に更なる危害を及ぼしかねない。更に言えば、我々の世界の均衡をも乱す。そんなヒトツ鬼は消去するしかないのですよ。そして、その中の1人が…」

「…も…、…も…い…さん…?」

 雉野がそう言うと、ソノイはコクンと頷いた。

「…でッ、…でもッ!!…もッ、…桃井さんは、そんな人達でも鬼から救いたい、と…」

「…救えるのでしょうか…?」

 その時のソノイの表情。どこか寂しげな、どこか虚しさを感じさせる表情だった。

「…他人に危害を加えようとするような犯罪者を、心の底から本当に救うことが出来るのでしょうか…」

「…」

「私も、命はとても重く、大切なものと思っています。しかし、果たして全ての命が等しく重く、大切なのでしょうか…?」

「と言うわけで、だ!!

 ソノザが声を上げると、

「だからさッ、あの赤いのを、一緒に倒そうぜ!!

 と言った。

「…」

「おいッ、無視かよッ!?

 不意にソノザの機嫌が悪くなる。

「…分からない…」

「…え?」

 視線をきょときょとと忙しなく動かし、雉野は答える。

「…ぼッ、…僕は…ッ!!…僕は…ッ!!

 ブルブルと両手が震える。

「…確かに、僕はあの人を越えたいッ!!…でもッ、…僕には…、…出来ない…ッ!!…ましてや、あの人を倒すなんて、自分の力じゃ…」

「だから、オレ達が力を貸すって言ってんだろ!?

「…え?」

 ニヤニヤと笑うソノザ。するとソノイが、

「…あなた方の能力を最大限に生かし、その力であの赤いのを…」

 と言った。

「…僕達の…、…能力…?」

「…これです」

 そう言ってソノイが雉野に見せたもの。

「…アバタロウギア?」

 雉野達がドンブラザーズにアバターチェンジする際に使用するアバタロウギアと似たような形状のもの。ただし、その周りの歯車は雉野達が使用するものは赤いのに対し、ソノイが手にしている物はどす黒く、禍々しいオーラを放っている。

「…これを使えば、あなた方の能力を最大限に生かすことが出来ます…」

「…ど、…どんなふうに…?」

「それは使ってみてのお楽しみです」

 ソノイがニヤリと笑う。そして、

「どうしますか?使ってみますか?」

 と聞いて来た。

「…そ、…それって…。…ぼ、…僕に…、…桃井さんを…、…みんなを…、…裏切れ…、…と…?」

 雉野が激しく動揺する。

「このままでいいのですか?」

 ソノイが低い声で囁くように問い掛ける。

「このままでは、あの赤いのは第六天の魔王になる。魔王になったら最後、あなた方さえも下手をすれば消されかねないのですよ?…それに…。…あなたは、…もう、戻れない…」

「…ッッッッ!!!!

 そうだった。魔進鬼を倒そうとドンモモタロウが放とうとした狂瀾怒桃・ブラストパーティーの照準を反らしたのだ。

「…あ…あ…あ…あ…!!

「…フフッ!!

 ソノイは笑うと、

「…安心して下さい。…あなたには、居場所があります」

 と言った。

「我々、脳人の世界に、ね…」

「…僕は…。…僕は…」

 ソノイから渡されたアバタロウギアを見つめながら、雉野はブルブルと震え、その場に立ち尽くしていた。

 

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