DON脳寺の変 第20話

 

 ゴウウウウンンンン、ゴウウウウンンンン…。

 世界の巨匠が描き上げた名絵画の数々が掲げられた部屋。その壁も、その空間も全てがキラキラと輝き、まるでこの世のものとは思えないような感覚に陥らせる。脳人の世界。

「…来たか…」

 椅子に腰掛け、静かに目を閉じていたソノイが目を開けると、静かにそう言った。

 …コツ…。…コツ…。

 足音が聞こえ、1人の男性がゆっくりと近付いて来る。緊張した面持ちで、初めて見る脳人の世界に驚いているかのようにきょろきょろと周りを見回している。

 …コツ…。…コツ…。

 すると、ソノイも立ち上がると、同じようにゆっくりとした足取りで歩き始め、その男に近付いた。

「…ようこそ、脳人の世界へ…」

 恭しく頭を下げると、

「雉野つよしさん」

 と言った。

「…ッ!!

 メガネの奥の瞳がきょときょとと忙しなく動いている。

「…え、…えと…」

「そんなに緊張なさらないで下さい。我々はあなたを歓迎しているのですから」

 ニッコリと微笑むその後ろには、ソノニとソノザが座っている。ソノニは物珍しそうな、だが、どこか興味なさげな表情で見つめ、ソノザは目をギラギラと輝かせ、不気味なオーラを漂わせていた。

「…決心されたのですね?」

「…はい…」

 それまできょときょとと忙しなく動いていた瞳が、キッとソノイを見つめている。

「…僕は…。…僕はあの人を討つことにしました。…僕は、僕の大事な人をヒトツ鬼に襲われました。そんな、悪意があって他人に危害を与えるようなヒトツ鬼を救うことに何の意味があるのか、分からなくなりました。それをあの人に意見したら、あの人は僕を殴って来て…。その後、妙に冷たくなったと言うか…。…僕に、あやまって来る気も全くないし…」

 雉野の顔が少しずつ紅潮して行く。それを静かに聞くソノイ。すると、雉野は続けて、

「それだけじゃない!!アノーニ達やヒトツ鬼との戦いの時、あの人は僕を撃ったんですッ!!

 と言った。すると、その言葉に、興味なさそうな表情をしていたソノニがピクリと反応する。だが、雉野はそれに気付かず、

「キジブラザーにアバターチェンジしていたから良かったものの、あの人は僕にドンブラスターの銃口を向けて来たんですよッ!?

 と言うと、俄かに興奮し始め、

「そりゃ、僕はあの人からしてみたら大して力もない。僕はあの人のお供でしかない。でも、僕だって必死なんだ!!これを手に入れてから、僕の世界は激変したんだ!!アノーニ達が見えるようになったり、戦いたくもないのにヒトツ鬼と戦うことになったり…!!でも、僕には守らなければならないものがある!!みほちゃんって言う、大事な家族がいる!!そしたらッ、僕はやられてなんかいられないッ!!いつまでもッ、あの人の、いや、あの鬼のお供でいる必要なんかないんだッッッッ!!!!

 と声を荒げて最後には叫んでいた。

 その時だった。

 ポウウウウ…ッッッッ!!!!

「…ッッッッ!!!?

 ソノニとソノザは見た。雉野の背中に、鬼のような形の靄のようなものがゆらゆらと揺らめいているのを。すると、ソノイは、

「落ち着いて下さい、雉野さん」

 と言って、雉野の肩に手を掛ける。

「大丈夫です。あなたの不安は、この我々が取り除いて差し上げます」

 そう言った時、ソノイの手には、以前、雉野が見たアバタロウギアと似たような形状のものがあった。その周りの歯車はどす黒く、以前と変わらず、禍々しいオーラを放っている。

「これを使えば、あなたの全ての能力を最大限にまで引き上げることが出来、あなたが今まで気付かなかった能力を発揮することが出来ます。…そして…」

 その時、ソノイがニヤリと笑った。

「あの赤いの…、…ドンモモタロウを倒すことが出来るのです!!

「…この…、…アバタロウギアを使えば…」

 雉野の目がギラリと光る。

「…ええ…。…あなたはあのドンモモタロウを倒すことが出来、その瞬間、あなたはこの脳人の世界の住人となる。高貴な存在へと生まれ変わるのです…!!

「…やる…!!

 その時、ソノイ達には見えていた。雉野の体を包み込む禍々しいオーラが更に膨れ上がっているのを。

「…僕が…。…僕があの人を討つッ!!

「ですが、あなた一人ではあの男を倒すことは出来ないでしょう」

 話の腰をカクンと折るかのように、ソノイが言葉を発した。そんな状況が分かるかのように、

「…え?」

 と、雉野がカクンと膝を折り曲げた。

「あなた一人で、ドンモモタロウを倒すことは難しいでしょう」

「…じゃあ…、…猿原さんやはるかちゃん、犬塚さんにも声をかけて…」

「いえ。あの3人は決して、ドンモモタロウに立ち向かおうとはしないでしょう。少なくとも、あの黄色いのはドンモモタロウに忠誠を誓っています。そして、黒いのと青いのは自身の道を行くことになるでしょう」

「…じゃ、…じゃあ、どうやったら…!?

「ヒャーハハハハハハハハッッッッッッッッ!!!!!!!!

 その時、ソノザが下衆な笑い声を上げた。

「オレがいるじゃないか!!

 ズカズカと勇ましく足音を立てながらソノイと雉野のもとへやって来ると、

「オレがお前を助けるッ!!オレらであいつを倒そうぜ!!

 と言った。

「…ソノザ…、…さん…」

「まぁ、任せておけよ!!オレらが何とかするからよ!!

 それでも不安げな表情の雉野に対し、ソノイは、

「大丈夫です。我々がお手伝いします。それに、あなたはもう、後戻りは出来ない。我々があなたの反意を知ってしまったからには、あなたは今更、その気持ちを翻意することは出来ない」

 と言うと、

「…前にも言いましたが…。…あなたはもう、戻れないのですよ?」

 と言った。その言葉に、

「わ、分かってるッ!!

 と雉野は声を荒げた。

「…僕も…!!…もう、戻ることはしないッ!!…後戻りなんて、絶対にしないッ!!

 

「…ククク…!!

 雉野が脳人の世界から出て行った後、ソノイが低い声で笑い始めた。

「…上手く行ったな…!!

「…意地悪な人ね…」

 ソノニが呆れた表情を浮かべ、ソノイに近付く。

「…本当のことを教えてあげれば、あの人はこんなことにはならなかったのに…」

「…フンッ!!

 ソノイが鼻で笑う。

「…真実は時として隠さなければならないこともある。…そう、…今回のように…」

 ソノイの目がギラリと光った。

「…キジブラザー…。…アイツを撃ったのは、この私だ…!!

「あの黒いの、イヌブラザーって言ったっけ?彼にあなたの計画について話をしたわ」

「…何?」

 ソノイの顔がピクリと動く。するとソノニは、

「安心して。あの人、私の話を気にも留めなかったわ。キジブラザーには、そんなことをするような勇気なんかない、って」

 と言った。

「…そうか…。…でもまぁ、半信半疑ではあるだろうがな」

「…そうね…」

 フッと笑うソノニ。するとソノイは、精神を集中させ始めた。

「…むうううううううう…ッッッッッッッッ!!!!!!!!

 みるみるうちに濃紺のスーツに包まれた姿へと変貌して行くソノイ。

「…行くぞ…!!

 その瞬間、強烈な殺気がソノイを包み込んでいた。

 

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