DON脳寺の変 第27話
ゴウウウウンンンン、ゴウウウウンンンン…。
どの世界にいるのか、現実世界にこんなところがあるのか分からないほど、異常な空間が広がるその場所。まるで某アクションRPGのような、床がグネグネと蠢き、バリバリと雷のような超高圧電流が流れ落ちているその空間。
「…」
テレビモニターのように小さく切り取られた窓が付いた箱のような空間の中に、桃井陣はぽつんと佇んでいた。フードをかぶり、俯いた顔はすっかりやつれている。
…コツ…。…コツ…。
その轟音とバリバリと言う衝撃音の中に足音が聞こえて来た。その足音に、陣が顔をゆっくりと上げる。
光沢のある鮮やかな白色を基調としたスーツ。その体の中心部分は黒色で、外へ行けば行くほどにその色が薄くなって行く。肩には銀色の装甲のようなものが付いていた。
マスクも白を基調とするも、中心部分はやはり黒。バイザーは鮮やかな青色で、その上にV字になった金色の角のようなものが付いていた。ゼンカイザーブラック。
「…陣…」
穏やかな声が聞こえ、頭部を覆っているマスクが光を放つ。そこから現れたのは、サラサラの髪、普段から眠そうな目。五色田介人だった。その両腕に抱えられた者を見た途端、陣は目を見開き、ブルブルと体を震わせ始めた。
「…タ…、…ロウ…!!」
その手を伸ばそうとする。
「…お前が…、…救ってくれたのか…?」
陣の言葉に、介人はコクンと頷いた。
巨大な光の弾丸がタロウに向かって襲い掛かって来た時だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
タロウの体がその光の中に包まれ、絶叫がこだまする。
「タロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
その炎の中に介人は飛び込み、今にもその燃え盛る炎に巻き込まれようとするタロウを救い出し、その場を飛び出したのだった。
「…あなたのご子息を…、…救いました…。…でも…」
ボロボロに焦げたり裂けたりした赤いスーツ。光沢のある鮮やかな赤色だったそれは今ではすっかり煤や埃で汚れ、あちこちからはそのスーツが包んでいる者の体が見えている。ドンモモタロウ・桃井タロウだ。
「…」
その目は開けられることなく、また、呼吸をしているのかも定かではなかった。
「…これで…、…良かったのですか…?」
介人が静かに尋ねる。だが、陣は、
「…タロウが桂男になってしまった、ただ、それだけのことだ…!!」
と言うと、再びフードをかぶった。
「…」
介人は無言のまま、陣の目の前、超高圧な電流が流れる小さな窓のようなところの向こう側にタロウを横たえた。その目は閉じられたままだ。
「…お供の者達の意見を聞こうとせず、気に入らないと殴ってかかる。自分がこうだと決めたことを一切、曲げようとしない。それでは誰もついて来ない。むしろ、キジのように反乱を起こす者も現れる…」
「…これから…」
「?」
介人が顔を曇らせる。
「…これから…、…この世界はどうなって行くのでしょう…?」
「…脳人が支配する世界…、…か…」
陣はそう言うと、
「やつらも人間の命を重んじる。殺戮行為をするようなことはしないだろう。…だが、その者の欲望が大きくなり過ぎた時、その者の中に鬼が現れ、取り憑いた時、容赦なく消去するだろうな…」
と言った。
「人間の欲望が大きくなり過ぎて鬼が取り憑いた時、脳人の世界の均衡が崩れるからだ。それは彼らにとって非常にストレスになる。…だが、キジの場合は違った。キジに鬼が取り憑いても、不思議なことに脳人の世界の均衡は崩れることはなかった。だから、キジは脳人に、特にソノイには気に入られたのかもしれん」
「…他の…、…脳人の住人達は…」
「恐らく、消されるだろうな」
「…ッッッッ!!!?」
陣のその言葉に、介人は目を大きく見開く。
「ソノニ、ソノザ。ソノイからしてみれば、あの者達はソノイの目的を果たすための道具に過ぎん。ソノイの理想とする世界を作り上げるための、な」
「…それは…」
介人が息を飲み込む。
「…それは、ソノイ自身があの2人を消去する、…と…?」
「分からん。だが、私には見える。あの2人の命が短いことが…」
その時、陣は寂しげな表情をして、
「これもまた、我々人類の運命なのかもしれん」
と言った。
「どんな命も重い。だが、その中の一握りの者が自身の欲望に負け、鬼に取り憑かれた時、それは脳人の世界だけではなく、我々人間の世界の均衡をも崩すことになる。そう言う者達は粛清され、純粋で、優しい人間だけが残る世界になる。それはそれでいいのかもしれん」
…コツ…。…コツ…。
その時、介人が陣に背中を向け、ゆっくりと歩き始めた。
「介人」
陣が介人に声をかける。
「…ありがとう…」
「…いえ…」
介人はそれだけ言うと、その場からいなくなっていた。
「…」
暫くすると、陣はゆっくりとそのテレビモニターのように小さく切り取られた窓が付いた箱のような空間から抜け出した。そして、目の前で横たわっているタロウをゆっくりと抱き起こした。
「…タロウ…」
陣が静かに声をかける。すると、タロウがうっすらと目を見開いた。
「…じ…、…ん…」
「…うん…」
タロウが口元に微笑を浮かべる。
「…オレ…、…オレ…」
「もういい。何も喋るな」
その時、力なく笑うタロウの目からつつっと涙が零れ落ちた。
「…今はただ、…ゆっくりと眠れ…」
「…じ…、…ん…」
それだけ言うと、タロウは静かに目を閉じた。そして、俄かに体が光を帯びたかと思うと、光の粒に姿を変え、宙を舞い始めた。
「…逝くのか…」
陣の目に涙が光る。
「…タロウ…」
21年前、不思議な形をしたカプセルの中にいた赤ん坊を拾った。それを不憫に思い、陣はそれから一生懸命に彼を育てた。
「…いろいろ…、…あったな…」
様々な思い出が蘇って来る。
「…だが…、…それも今日までだ…」
ふわふわと舞う光の粒が、1つ、また1つと消えて行く。
「…タロウ…」
泣きながら微笑む陣。
「…タロウ…。…ありがとうな…」
その光の粒の最後の1つが消えるまで、陣はそれを見つめ続けていたのだった。
同じ頃、サルブラザー・猿原真一とイヌブラザー・犬塚翼は、ドンモモタロウ・桃井タロウとオニシスター・鬼頭はるかの気が消えたことに気付いた。
「…」
猿原は呆然としたまま自宅の縁側に腰かけ、その目から涙を伝わらせる。それに対し、翼は、
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
と雄叫びを上げ、目を真っ赤に光らせる。
「…あの…、…野郎オオオオオオオオッッッッッッッッ!!!!!!!!」
その時、翼の体を禍々しいオーラが包み込んだ。
「…アイツぅッ!!…雉野オオオオオオオオッッッッッッッッ!!!!!!!!許さねエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「…フフッ!!」
そんな怒髪天の翼を見ながら、ソノニが笑った。
「…いいわぁ。…凄くいい。…かわいいわよ、ワンちゃん…!!」
その銀色の目がギラリと光ったのだった。
「…あなたが…。…いいえ、あなたと私で、この世界を支配するの…!!」