刹那の夢 第2話
「…元気出しなよぉ、竜さあん…」
機械の部品が飛び散った部屋を片付け、がっくりと椅子に腰かけている竜に、南郷はコーヒーを差し出した。だが、竜は、
「…うん…」
と、力無く頷くだけだ。
「…か、…科学の進歩にはさ、失敗が付きものじゃない?こんなことでへこたれるなよ、竜さんッ!!また、頑張ればいいじゃないか!!」
妙な空気の流れを感じ取ったのか、南郷は努めて明るい口調で言う。だが、竜は、
「…うん…」
と、相変わらず力無く頷くだけだった。
「…どうしたんだい、竜さあん?いつもの元気がないじゃない?」
さすがに心配になり、南郷は竜に尋ねてみる。すると竜は、
「…う、…うん…」
と言ったかと思うと、
「…なぁ、…南郷…」
と南郷を呼んだ。
「うん?」
コーヒーを啜りながら、南郷は竜を見下ろす。
「…拙者…。…島に嫌われたかもしれないでござる…」
「…は?」
竜が言いたいことが良く分からずに、南郷は思わず聞き返していた。すると竜は突然、南郷の両腕を掴んだかと思うと、
「今まで何度も爆発を繰り返して来たんでござるよッ!?でもそのたびに島は『竜さん、大丈夫だよ!科学の進歩には失敗が付きものだ!』って、いっつも励ましてくれていたんでござるよッ!?それなのにッ、今日の島は物凄く不機嫌で、『僕はこれ以上は付き合いきれませんッ!!』なんて言ったんでござるよおッ!?」
と、すがるように言って来たのだ。これには南郷も慌てふためき、
「ちょッ!!ちょっとッ、落ち着いてッ!!竜さんッ!!」
と言うので精一杯だった。
「…べ、…別に嫌われてなんかいないと思うけどねぇ…。…ただ、虫の居所が悪かっただけじゃないの?」
やや顔を引き攣らせ、懸命に笑って見せる南郷。だが竜は、
「…いや…。…島のあの怒り方はいつものそれとは違ったでござる。…拙者は、…絶対にッ!!…確実にッ!!…島に嫌われたでござるよおおおおッッッッ!!!!」
「おおおお、落ち着いてッ、竜さああああんんんんッッッッ!!!!」
今度は南郷までもが大声を上げた。その時、竜は南郷の腕をゆさゆさと揺するものだから、その弾みで南郷が手にしていたコーヒーカップからコーヒーが零れ落ち、
「「あっちいいいいッッッッ!!!!」」
と、竜と南郷が同時に悲鳴を上げ、その場で小躍りした。
「…はぁ…ッ、…はぁ…ッ!!」
「…はぁ…ッ、…はぁ…ッ!!」
傍から見れば変な光景だろう。大の大人2人が部屋のど真ん中で小躍りし、荒々しい呼吸をしている。
「…りゅ、…竜さん。…気にし過ぎだって!あの陽気な島がそんなことでいちいち怒ったりなんかするもんか!島だって科学者なんだぜ?だったら、失敗が付きものだって言うのは分かっているはずなんだからさ!」
「…それはそうかもしれないでござるが…」
妙にらしくない。いつもならあっさりとしている竜が、今日はやけにしゅんとしてしまっている。
「…拙者は、島と一緒にいる時間が他の誰よりも長いんでござるよ?」
「…どう言う…意味…?」
南郷が怪訝そうに尋ねると、竜は、
「ダイナロボの中でござるよ!」
と言った。
「ダイナロボの中で、お互いにダイナマンに変身して一緒にいるんでござるよ!?あの狭い、小さな空間の中でお互いの足がくっ付くんじゃないかと言うほどの至近距離にいるんでござるよッ!?耳をすませれば、お互いの息遣いまでもが聞こえて来そうなレベルなんでござるよッ!?」
「…で?」
「そんな2人だけの密室状態なのにッ、島に嫌われていたらッ!!…拙者ッ、生きた心地がしないでござるううううッッッッ!!!!」
「ぬわああああッッッッ!!!!」
突然、竜が南郷に飛び付いて来た。その拍子に、南郷はバランスを失って後ろへ倒れ込んだ。その時には、南郷はコーヒーカップをテーブルの上に置いていたので小躍りすることはなかったが。
「…ちょッ、…ちょっとおおおおッッッッ!!!!…落ち着いてってばああああッッッッ!!!!竜さああああんんんんッッッッ!!!!」
「…えぐ…ッ!!…ふ…ええええ…ッッッッ!!!!」
「ウッソッ!?竜さん、泣いているのかいッ!?」
こんなに取り乱す竜を見たことがない。余程、精神的に不安定になっているのだろうか。
「…い、…今は取り敢えず、落ち着こう!!ねッ!!」
子供を宥めるように、愛想笑いを振り撒く。すると竜はコクンと頷き、椅子に腰かけ、
「…すまん、…南郷。…見苦しいところを見せてしまったでござるな…」
と言った。
「…べ、…別に、いいけど…」
竜の意外な一面を見てしまったと言う感じで、南郷は戸惑いを隠せないでいる。
「一体、どうしたのさ、竜さん?島のことでそんなに泣くなんて…」
南郷がそう尋ねると、竜は顔を曇らせて、
「…拙者も、…良く分からないんでござるよ…」
と言った。
「…ただジャシンカ帝国の極悪非道なやり方に一緒に立ち向かう仲間だと思っていたのに、…最近は、ちょっと違うのでござる…」
竜はそう言うと胸の辺りに手をやり、
「…島のことを考えると、この辺りが苦しくなるんでござる。それだけじゃない。島のあの笑顔、はにかんだような、あのつぶらな瞳がくしゃっとなるのを見るときゅんとするんでござるよ」
「…胸が苦しくなったり、きゅんとするんだ…、…って、ええええええええッッッッッッッッ!!!!!!??」
突然、南郷は大声を上げ、目をぎょろっと見開いて思わず仰け反っていた。
「?」
そんな南郷をきょとんとした表情で見つめる竜。
「…りゅ、…竜…さん…?…そそそそ、…それって、…しししし、島を、すすすす、好きってこと!?」
「…何を言ってるんでござるか?」
何を言い出すんだとばかりにフッと微笑むと、
「島は大事な仲間でござるよ?」
と竜は目を細めて言った。
「じゃなくてッ!!」
南郷は竜の至近距離まで詰め寄ると、
「オオオオ、オレが言う『好き』って言うのはッ、竜さんが島に恋をしているんじゃないかってことッ!!」
と言った。だが、竜は、
「…恋、…で、ござるか?」
と、相変わらずきょとんとした表情で言う。
「…ま、…まさか、竜さん。…今まで恋をしたことがないとか言うんじゃないだろうねえッ!?」
すると竜は、
「…ふむ…」
と考え込んだかと思うと、
「…恋…。…恋はしたことがない…、…かもしれないでござるな…。…そもそも、胸が苦しくなったり、きゅんとするのは、島が初めてかもしれないでござる…」
と言ったのだ。
「…も、…もしかして…!」
その時、南郷は顔をヒクヒクと引き攣らせていた。
「…りゅ、…竜さん…。…島のことを考えると、…ここが、…勃ったりするのかい?」
そう言いながら、真っ青なジーパンに包まれた2本の足の付け根部分を指さす南郷。すると竜は、
「そうでござるな!特に、島がダイナブルーに変身している時なんか、もう大変でござるよ!!体にぴったりと密着するようになるスーツだけに、体付きがクッキリと浮かぶでござろう?そうすると、島の華奢な体や太腿とか、その間に見え隠れしているアレとか、それはもう…!!拙者のアレがギンギンのカッチカチになるでござるッ!!」
と、鼻の下を伸ばして言う。
「…うわ…!」
そんな竜を見て、南郷が明らかに引いていたのは言うまでもない。