逆襲のゴルリン 第2話

 

 コツーン…。コツーン…。

 行けども行けども、薄暗い闇の中。耳が痛くなるほどしんと静まり返った空間に、自分の足音だけが響き渡る。

(…ここは、…一体、どこなんだ…?)

 薄暗い闇の中なのに、彼の体を纏った鮮やかな青色のスーツだけがきらきらと輝いて見える。

(…誰もいないのか?)

 だだっ広い回廊のようなところをさっきから延々と歩き続けている。じっと前を見据えるが、その先に突き当たりがあるのかと言いたくなるほど、真っ暗闇が延々と続いていた。

「…参ったなぁ…!」

 ガシガシと頭を掻く。とは言え、彼の頭は青色のマスクに覆われ、その手を覆っている真っ白なグローブがそれを拭き取るかのように動くのでキュッ、キュッ、とその場に似つかわしくない音を立てていた。

「…ついカッとなって相手のペースに乗せられちまったぜ…!」

 ファイブブルー・星川健。銀帝軍ゾーンと戦う地球戦隊ファイブマンの一員。ファイブマンは5人兄弟で、健はその次男だった。

 普段は小学校の体育教師。他の兄弟姉妹に比べたら人一倍、体を鍛えていた。その体格もがっしりとしており、上半身を脱ぎ捨てれば、その筋肉隆々の胸板をピクピクと動かせるほどだった。

 そんな健が、何故、独りでこのような場所にいるかと言うと…。

 

 いつものように軽々と銀帝軍ゾーンの兵士・バツラーを薙ぎ倒していた時だった。

「余裕っと!おりゃッ!うりゃッ!」

 そのちょっとした気の緩みが、いつの間にか、健をピンチに陥れていた。バツラーが砂地のところへ逃げ惑う。目の粗い砂利の場所からいつの間にか、さらさらとした砂地のところへ移動していたのに、健は気付いていなかった。

 突如、健の足元の砂地が崩れ落ちた。

「…何ッ!?

 蟻地獄のようにいとも簡単に両足が飲み込まれて行く。

「…く…っそ…!」

 地面を掴もうと両手を踏ん張った。だが、その両手に握られた砂はさらさらと健の指の間からすり抜けて行く。

「…うう…ッ!?…うぅわああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!

 あっと言う間に暗闇の中へ引き込まれて行った。

 

 ゴウウウウンンンン、ゴウウウウンンンン…。

 大きな機械が回っているかのような、低い地響きと共に、ギシギシと言う音が聞こえる。

「…あ、…痛って…ぇ…!」

 ファイブブルーの変身は解除されておらず、鮮やかな青色の光沢のあるスーツが彼の体を守っていた。

「…情けねぇ…!…兄貴やみんなに示しがつかないや…!」

 そう言うと、

「取り敢えず、出口を探してみないと…!」

 と言いながら、筋肉質な尻に付いた土をパンパンと払い、健は目の前に続く回廊をひたすら歩き続けた。

 

「…ん?」

 遠く離れたところに、ぽつんと光が見えた。

「…出口か?」

 少しずつ歩くスピードが速くなって行く。いつの間にか、その長い回廊を走っていた。

「…声…?」

 気が付くと、遠くからワーワーと何か叫んでいるような声が聞こえて来た。

「…ヤバい…かも…!」

 直感で健は感じていた。ファイブブルーの真っ白なグローブの中で、その手が汗ばんでいる。心臓の鼓動が、走っているのとは違う動悸を打っている。

「…だけど、…行くしかない…!」

 健は意を決すると、その眩しい光の中へ飛び込んだ。

 

「…なッ、…何だ…ッ!?

 一瞬、違う時代へ来たのかと思うほど、そこは眩しく照らされ、グルッと360度囲むように客席が高く聳えていた。その中心は円形の舞台のようになっており、そこで屈強な男達が互いの力を誇示するかのように拳と脚を組み交わしていた。

「…何だ、これ…?」

 健が首を傾げたその時だった。

「ようこそ、ファイブブルー…!」

「…ッ!?

 殺気など微塵も感じられなかった。

 振り返ったところには、巨体な体付きの男・ガロアがニヤニヤとしながら立っていた。

「ガロアッ!!

 思わず腰を落とし、臨戦態勢に入る。そんなガロアの横にいた、全身が黒と薄紫色を基調とした、頭に卵の殻のようなものを被った女性・ザザがフンと鼻で笑った。

「お前の相手はガロア様ではない!」

 右手にしていた短剣の切っ先を健の方へ向かって突き出す。するとガロアは、

「これこれ、ザザ。止めぬか」

 とザザと呼ばれたその女性を制した。

「…ファイブブルーは大事なお客様なのだからな!」

 その目がギラリと光り、口元が不気味に歪む。

「…あの男を、…一人前の屈強な男にするための…な!」

「…あの男?」

 健がそう言った時だった。ガロアはコクンと頷くと、そのゴツゴツとした右人差し指を差し出した。

 それに釣られるように舞台の方を振り返る健。そして、

「…え?」

 と声を上げた。

「…ゴルリン…?」

 振り返ったそこには、全身まるまる太った真っ白な生命体・ゴルリンが立っていた。

「…ゴッ、…ゴルリンは巨大生命体じゃないのか!?

 思わずガロアに怒鳴っていた。するとガロアは、

「いかにも、ゴルリンは貴様らファイブマンに倒された銀河闘士の憑拠となるべく作り出された生命体。だが、あのゴルリン、ゴルリンType Bは違う。巨大生命体のゴルリンよりも強靭な力を持ち、遥かな知能を持つのだ!」

 と、得意げに言った。そして、

「あまり見た目で判断しない方が良い、…かもしれぬぞ、ファイブブルー?」

 と言った。

「どうする?対戦を拒否してとっとと帰るかね?」

 と言い、ニヤリと笑った。

「最も、ここから逃げ仰せられれば、の話だがね!」

「…そッ、…そもそもッ、ここはどこだッ!?

 カチンと来た健がガロアに聞き返す。

「ここは我々の本拠地・銀河戦艦バルガイヤーの屋外に作られた特別な世界。そこに作り出されたコロシアムだ。多くの屈強な戦士達を育て上げ、貴様らファイブマンと戦わせるための、な!」

 ガロアはそう言うと、

「どうする、ファイブブルー?戦うかね?戦わないかね?君のような屈強な男なら、あのゴルリン程度ならさっさと倒してここからとっととおさらばすれば良いのではないかね?…それとも…!」

 と言いながら、意地悪く笑う。

「あんな出来損ないのポンコツでは相手にはならない、と?」

 その言葉に、健はカチンと来ていた。

「…フッ!」

 健は静かに鼻で笑うと、

「いいだろう!あのゴルリンをさっさとノックアウトさせて、オレはここからおさらばしてやるぜッ!!

 と言い放った。

「ならば、こっちへ来い!」

 ザザが相変わらず無愛想にそう言いながら舞台の上へ上がって行く。

「…よぉっし…ッ!!

 健は両手の指をボキボキと鳴らしながら、ゆっくりとその階段を上がって行く。

「…ククク…!」

 そのゴルリンType Bはニヤニヤと笑みを浮かべ、健をじっと見つめていた。

「始めッ!!

 ザザが右手を上げると、銅鑼のような地響きのする大きな音が辺りに響き渡った。

 

第3話へ