性獣の生贄 第2話
「…よい…っしょ…っと…!」
ワイワイと子供のはしゃぐ声が聞こえる小学校の片隅、小さな体育倉庫の中で、1人の男が大きな荷物を下ろした。
全身を青いカウボーイのような洋服に身を包んでいる。その後ろ姿はとても屈強で、むっちりとした腕の筋肉がその男の若さを漲らせていた。
「はいッ、これで終了!」
振り向いた男。ツンツンの頭、彫りの深い顔、そして、額に巻かれた青いひも状のバンド。
「いつもすみません、ゴウキさん」
一人の若い女性がやって来て、ゴウキと呼ばれたその男に声を掛けた。
「…あ、…い、…いや、…そんな!…た、…大したこと、ないですよ…!」
その途端、ゴウキは顔を真っ赤にし、照れ笑いを始めた。その女性はニッコリと微笑むと、
「…じゃあ、私は授業があるので…」
と言い、ゆっくりと校舎の中へ消えて行った。
「…あ…」
その後ろ姿をぼんやりと見送るゴウキ。と、その時だった。
「あ〜あ、ダメだなぁ、ゴウキは!」
背後から背中を叩かれた。
「んなッ!?ゆッ、勇太ッ!?いつの間にッ!?」
真っ赤になっていた顔が更に真っ赤になった。
「最初から最後まで見てたよ〜!」
青山勇太。ゴウキ達がお世話になっているシルバースター乗馬倶楽部に出入りする少年で、ここ、若竹小学校の3年生。
「押しが弱いんだよ、ゴウキはッ!!男だったら、もっと突っ込んで行かなきゃ!」
「…だ、…だってさぁ…。…い、いやいや!!」
押しがどうのこうのと小学生のガキに言われたくない!
「…そッ、そんなことは勇太が言わなくたって、…わ、…分かってるさ…!」
強がりを見せるゴウキ。だが、そんなゴウキの心の内を知っているのか、
「んま、そんなんじゃ、いつまで経っても鈴子先生に好きになってもらえないよ〜?」
と言い、教室の中へ消えて行った。
「ゆ、勇太ぁッ!!」
怒る真似をするゴウキ。だが、ゴウキはフッと笑い、
「…さて、…と。…もう一踏ん張り…!」
と体育倉庫の中へ消えて行った。
勇太が通っている若竹小学校。勇太のお陰で、その縁で、ゴウキはある意味、学校の用務員として毎日を送っている。もちろん、宇宙海賊バルバンが現れれば、ギンガブルーにギンガ転生し、自分の属性である水のアースを使って襲い来るバルバンの連中を倒す。
普段は心優しく、お人好しで、「気は優しい力持ち」とは彼のことを言うのではないかと言うほど、その言葉がよく似合う青年であった。
だが。
「…ああ…。…鈴子先生…ぇ…!」
勇太の担任である水澤鈴子に、ゴウキは一目惚れしていた。今でも鈴子のことを思えば胸が熱くなり、精悍な顔がだらしなく崩れ、鼻の下が伸びる。
「…鈴子先生ぇ…、…好きだあ…ッ!!」
くるくると踊るように体育倉庫を出て来たゴウキ。その時だった。
「おりゃああああああッッッッッッ!!!!!!」
甲高い声が聞こえた次の瞬間、
ブスッ!!ズンッ!!
と言う鈍い音が聞こえ、ゴウキの背後に激痛が走った。
「○△□※×☆ッッッッ!!!!」
その瞬間、ゴウキは体をグインと硬直させ、声にならない声を上げた。
「…な…な…な…ッ!?」
やや前屈みになり、激痛が起こった場所、筋肉質な双丘の奥を押さえた。
「へっへー!隙ありだな、ゴウキ!」
両手を組み、指をピストル型にした少年が立っていた。
「…らッ、…来斗…君…ッ!!」
顔を真っ赤にして振り返ると、そこにはニコニコと笑っている少年3人組。そのうちの1人、赤いジャケットを羽織った少年・来斗を思わず睨み付けた。
「そんな顔をしても怖くもなんともないよ。そんなダサい格好ではね!」
今度は、緑のダウンジャケットの少年・洸が言う。
「でも、何だか、ちょっと痛そう…」
青いジャケットの、メガネを掛けた少年・晴が右親指でメガネをクイッと上げながら言った。
「ちょっとどころじゃなあああいッッッ!!!!」
ゴウキはそう言うと、物凄い勢いで飛び出し、
「こんの、悪戯っ子どもがあッ!!」
と笑顔で3人を抱き締めた。来斗、晴、洸はキャッキャと笑いながら、ゴウキにしっかりと抱き付いている。
「ほら、お前達も授業があるだろ?さっさと教室に戻れ!」
ゴウキがそう言いながら、太く逞しい腕を離すと、
「「「は〜い!」」」
と3人は元気良く返事をし、
「またな、ゴウキ!」
「またね!」
「じゃあね!」
と手を振って教室へ入って行った。
「…やれやれ…」
ゴウキの顔に、優しい笑みが浮かんでいる。
と、その時だった。左手首に装着しているギンガブレスを通じて、宇宙海賊バルバンが侵攻を開始したと言う連絡が入ったのだ。
「分かったッ!今行くッ!!」
ゴウキはそう言うと、キッと正面を見つめた。さっきまでの優しい面影はどこにもなく、厳しく、使命に燃えた顔付きがそこにはあった。
「ギンガ転生ッ!!」
その掛け声と共に、ブレスのベゼルを青い色のパネルへ合わせ、スイッチを押す。その瞬間、ゴウキの体がアースの力に包まれ、ギンガ聖衣が身に纏われ、ゴウキの体は光沢のある鮮やかな青と白を基調としたスーツに包まれていた。
その真っ白な腹部とグローブ、ブーツの先端部分にはWの文字を模るように黒い波型のデザインがあしらわれている。そして、彼の頭部を守る同じ色のマスクにはゴリラのような顔があり、その下には真っ直ぐ真横に伸びる黒いバイザー部分が窺えた。
「ギンガブルー・ゴウキ!」
気合い一発、自分の名を名乗ると、
「うおおおおおおッッッッッッ!!!!!!」
と雄叫びを上げて、若竹小学校の敷地を飛び出して行った。
「ふ〜ん…」
ゴウキの背中を見守る3人の影。
「…あれが、…ギンガブルー…」
赤いジャケットを羽織った少年がじっとゴウキを見つめる。
「…一番、体力がありそうだね…!」
青いジャケットの、メガネを掛けた少年の右親指がメガネをクイッと持ち上げる。
「…それに、一番アースの力を宿していそうだし…!」
緑のダウンジャケットの少年が静かに言う。
「…ククク…!…ダイタニクス復活の生贄に、持って来い、だな!」
赤いジャケットを羽織った少年の目がギラリと光った。それと同時に、青いジャケットと緑のダウンジャケットの少年が不気味にニヤリと笑った。
若竹小学校に忍び寄る不穏な空気。自らを絶望に追い落とす者が身近にいたことを、この時のゴウキはまだ知らないでいた。