性獣の生贄 第4話
「ゴウキィッ!!」
翌日。若竹小学校。
ゴウキがいつものように用務員としての仕事を黙々とこなしていると、勇太が廊下を駆けて来た。
「こらッ、勇太ッ!廊下は走っちゃダメって言われてるだろう?」
口調はやや厳しいものの、ゴウキはいつものように穏やかに微笑むと、突進して来た勇太をしっかりと受け止めた。だがそれも束の間、ゴウキは目を細め、眉間に皺を寄せると辺りをキョロキョロと窺った。
「…?…どうしたの、ゴウキぃ?」
筋肉質な逞しい両腕の中で、勇太がきょとんとした表情でゴウキを見上げている。
「…い、…いや…」
いつもこのパターンだ。勇太が自分に向かって駆け出して来ると言うことは、必然的に、背後に魔の三人衆、来斗、晴、洸がいるはずだった。
「どうしたんだよぉ、ゴウキぃ?」
そんな苦虫を潰したような表情をしているゴウキを見て、今度は勇太が訝しげな表情を浮かべた。
「…そう言えば…」
はっと我に返るゴウキ。
「…今日は来斗君達、見ていないなぁ…」
「…そうなんだ。変だよね?」
ゴウキに釣られるように、勇太もう〜んと考え込む。
「今日は3人とも学校を休んでるんだ」
「ええッ!?」
バカは風邪を引かないと言うのに、と言いかけて思わず口を閉じた。
「来斗君も、晴君も、洸君も休みなのかい?」
「そうなんだ。凄い偶然だよね」
その時、勇太の表情にぱっと笑顔が浮かんだかと思うと、
「それよりさ、ゴウキぃ!」
とニコニコとゴウキを見上げた。
「この間、来斗君が言った言葉、あれ、何?」
「…んなッ!?」
突然、その話を振られて、ゴウキはいきなり顔を真っ赤にした。
「…何だったっけぇ…?…セ…、…何とか、…とか、…オナ…何とか…?」
「うわああああッッッッ!!!!」
顔を真っ赤にしたゴウキはその瞬間、勇太の口を咄嗟に塞いでいた。
「んんんんーーーーッッッッ!!!!」
勇太がバタバタとゴウキの腕の中で暴れる。
「…だッ、…ダメッ!!…そんなことを口にしたらダメだッ!!」
周りに聞かれてはいやしないかと、ゴウキは辺りを物凄い勢いでキョロキョロと見渡した。だが、幸いなことに人の気配はなかった。
「…な、…何だよぉ、…ゴウキィッ!!」
勇太がぷっと顔を膨らませる。
「…だ、…だから…!!」
視線がきょときょとと忙しなく動く。
「…ゆ、…勇太はまだ知らなくていいんだよッ!!」
「…何だよッ、ゴウキのバカッ!!」
そう言った勇太の右手が握られたかと思うと、
ボゴォッ!!
と言う音を立てて何か柔らかいものに減り込んだ。
「はぐぅッ!?」
その瞬間、ゴウキが目を大きく見開き、体をくの字に折り曲げた。勇太の右ストレートが、ゴウキの股間に減り込んでいたのだ。
「…お…おぉぉ…!!」
独特の、男にしか分からない鈍い痛みがゴウキを襲う。
「もういいよッ!!」
勇太はそう言うとクルリとゴウキに背を向け、元来た道を駆け戻って行った。
「…ゆ、…勇太…ぁぁぁ…!」
左手で激痛の走る股間を押さえ、ブルブルと震える右腕を上げ、勇太を呼ぶゴウキ。だが、勇太は振り返ることなく、駆け出して行く。と、その時だった。
「…!?」
思わず目を疑った。
「…勇…太…?」
勇太の体から、真っ黒な煙のような靄が溢れ出したように見えた。
「…あれ?」
思わず目を擦ったゴウキ。だがその時には、勇太の体から溢れ出す真っ黒な靄のようなものは見えないでいた。
「…気の…せいか…?」
ぼんやりとその場に立ち尽くす。
「…疲れてるのかな、…オレ…?」
異変は更に翌日に起こった。
「ゴウキさん」
いつものように倉庫の整理に追われていたゴウキだったが、その声を聞いた途端、その場で直立不動になった。
「…す、…鈴子…先生…!」
だらしないほどに鼻の下を伸ばし、ウットリとした表情で水澤鈴子の方へ振り返る。だが、鈴子の表情を見た途端、そのだらしない表情が消えた。
「…どう…しました、…鈴子…先生…?」
不安そうな表情。視線がきょときょととしている。
「…それが…、…勇太君が今日は学校に来ていないんです…」
「…え?」
一瞬、耳を疑った。
「…だ、…だって勇太は、…今朝もちゃんと出かけましたよ?…オレより先にでしたけど…」
朝、いつものように元気な声で行って来ますと言い、駆け出して行った勇太の後ろ姿を確かに見送った。すると鈴子は、
「で、でも、実際に来ていないんです。さっき、お父様にもお電話差し上げたんですけど、ゴウキさんと同じことを仰いました」
「…で、…ですよね?」
「…それにぃ…」
更なる心配事があるのか、鈴子が更に不安そうな表情を見せる。
「…来斗君と晴君、それに洸君が今日も来ていないんです…」
その時、鈴子の目に涙が浮かんだ。
「…まさか、…3人の身に何かあったんじゃ…」
「落ち着いて下さい、鈴子先生!」
こんな時、自分までオロオロしていられない。こんな時はさすがにアースの力を持つ戦士だ。ゴウキは筋肉質な両腕で鈴子の肩をそっと掴んだ。そして、ニッコリと笑うと、
「オレが4人を探して来ます。先生はいつも通りにしていて下さい。他の子供達に、余計な不安を与えたくないですからね!」
と言い、駆け出して行った。そんなゴウキを、鈴子はぼんやりと見つめていた。
「…おっかしいなぁ…!」
ガシガシと頭を掻きながら、ゴウキは歩き続ける。
「来斗君も晴君も、洸君も、間違いなく家を出ているって家族の方が証言した。それに勇太も。…一体、どこへ?…ま、まさか、バルバンッ!?」
ゴウキがギンガブルーとして戦う相手、宇宙海賊バルバンが陰で暗躍しているとしたら…!
「…いやいや、まだその確証は持てないが…」
と、その時だった。
「…ん?」
ゴウキより少し離れた場所を、見慣れた少年がすぅっと横切った。
「…え?」
その姿を認めた途端、ゴウキの心臓がドクンと高鳴った。
「…勇…太…?」
学校に向かったはずの勇太。そんな勇太が何故、こんな時間にそんな場所を歩いているのだろう。
「おい、勇太!」
ゴウキは声をかける。だが、勇太はゴウキを振り返ることなく、無言のまま歩き続ける。
「おい、待てよッ!勇太ッ!」
ゴウキはそんな勇太を懸命に追い掛けた。
これが、バルバンが仕組んだ罠だとは気付かずに…。