性獣の生贄 第5話
「おい、待てよッ!勇太ッ!」
明らかにおかしかった。
そもそも、学校へ出かけたはずの勇太が学校には登校して来ず、平日の、しかも既に授業が始まっている時間に街の中をゆっくりと歩いているのだ。
「待てったらッ、勇太ッ!!」
小走りに勇太に駆け寄ろうとする。だが、そんなゴウキのスピードに合わせるかのように、勇太も歩く速度を増したかのようにゴウキとの距離を保ち続ける。
「…な、…何だ…ッ!?」
明らかに異変を感じたゴウキ。
「…ならばッ!!」
ゴウキは大きくジャンプすると宙高く舞い上がり、体を丸めるとクルリと回転し、勇太の目の前に立ちはだかる、はずだった。
「…あ、…あれ?」
確かに上空で大きく回転し、勇太の前に飛び出したはずだった。だが、勇太はそれよりも遥か前に行っていたのだ。それよりも勇太は、ゴウキの存在に全く気付いていないかのようにどんどん前を歩いて行くのだ。
「ゆッ、勇太ぁッ!!」
それでも懸命に勇太を追い掛け、ゴウキは無我夢中で走っていた。
気が付けば、人気のない、荒れ果てた大地に来ていた。
「…ゆッ、…勇太…ぁ…!!」
ようやく追い付き、勇太の肩に手を掛けた。
「…ど、…どうしたんだ…よぉ…、…勇太ぁ…!!」
と言うか、ゼエゼエと息が上がり始めている。それにも驚いていたが、勇太がこんなにも長い道のりをひたすら歩いていたこと自体、信じられないでいた。
「…学校は、…どうしたんだい、…勇太…?」
そう言って、ゴウキはようやく勇太の前に出た。その時、ゴウキはその場に凍り付いたかのように立ち竦んだ。
「…勇…太…?」
勇太の視線。虚ろな表情でゴウキを見ようともしない。
「どうしたんだ、勇太?何かあったのか?」
声をかける。だが、勇太は微動だにしない。
「おいッ、勇太ッ!!」
大きく肩を揺らす。すると、勇太の頭が動き、ようやく視線がゴウキの視線と合った。
「どうしたんだよぉ、勇太ぁ?ちゃんと学校に行かなきゃ、ダメだろう?」
静かに微笑んで勇太を見つめるゴウキ。
「…どうして…?」
その時、勇太が口を開いた。
「…え?」
「…どうして、…僕は、…知らなくてもいいことがあるの…?」
「…何の、…ことだい…?」
思い当たることはあった。だが、まだ小さい勇太にそれを教えることなど、口が裂けてもゴウキからは言えない。
「…僕が、…子供だから…?」
「…だ、…だから…!!」
と言いかけて、ゴウキの手が止まった。
「…ッ!?」
勇太の体から、真っ黒な靄のようなものが浮き出て来たのだ。
「…ゆッ、…勇…太…ッ!?」
やはり、この間、勇太の体から浮かんだ黒い靄のようなものは見間違いではなかった。
「…どうして…?」
少しずつ、勇太の体から滲み出す黒い靄のようなものが量を増して行く。
「…どうして、…いっつもいっつも…!!」
その時、勇太の目が妖しく光った。
「…ッ!?まずいッ!!」
ゴウキは咄嗟に勇太の体を強く抱き締めた。そして、
「ギンガ転生ッ!!」
と叫んだ。その瞬間、ゴウキの体を眩しい光が包み込み、ゴウキはギンガブルーにギンガ転生していたのだった。
バシッ!!バチィィィィッッッッ!!!!
「…ゆ、…う…た…ぁ…ッ!!…勇太ああああッッッッ!!!!」
勇太の体を懸命に抱き締めるゴウキ。そんなゴウキの体を、勇太の体から滲み出る真っ黒な靄のようなものが痛め付ける。
「…ぐ…ッ!!…うううう…ッッッッ!!!!」
バチバチと体でスパークするその黒い靄。
「…い、…一体、…どうしたんだよ…ッ!?」
「…僕が、…子供だから…?」
同じ質問を繰り返す勇太。
「…僕が、…子供だから、…僕は知らなくていい言葉なの…?」
「…だッ、…だから…ッ!!」
どうしろと言うのだ。勇太の成長上、まだ知らなくていいことだってある。知りたい気持ちも分からなくはない。だが、少しずつ知って行けばいいだけのことだ。
「…大人なんて、…大人なんてええええッッッッ!!!!」
その時、勇太の体から溢れ出る真っ黒な靄が一気に膨れ上がった。
「うわああああああああああああッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
勇太が絶叫したその瞬間、その真っ黒な靄は衝撃波となってゴウキを襲ったのだ。
「うおおおおおおおおッッッッッッッッ!!!!!!??」
その衝撃波をまともに食らい、耐え切れなくなったゴウキが吹き飛ばされる。
「ぐはッ!!」
そして、背後でしたたかに背中を打ち付けた。
「…ゆ、…ゆう…、…ッ!!??」
そんな勇太の背後に、更に目を疑う光景を見た。
「…お、…お前達…!?」
赤いジャケットを着た少年、青いジャケットを着た少年、そして、緑のジャケットを着た少年が立っていた。
「…ククク…!!」
「…フフフ…!!」
「…フン…!!」
どの顔にも見覚えがあった、ように思えた。
「…ら、…来斗…君…?…晴…君…?…それに、…洸…君…?」
正直に言えば、ゴウキは戸惑っていた。今、ゴウキの目の前にいる3人の少年は、昨日までの悪戯っ子としての面影はどこにもなく、悪意に満ちた、不敵な笑みを浮かべていたのだ。
「やぁっぱり、ゴウキはバカだったようだな!」
来斗が言う。
「こぉんなところまで、のこのことついて来るんだもんね!」
晴がメガネのフレームを右人差し指でクイッと上げながら言った。
「まぁね。勇太だけしか目に入ってなかったんだろうね!」
洸がやや冷ややかな視線をゴウキに投げ掛けて言う。
「…お、…お前達、…一体何を言って…?」
「分かんねえのかよ、ゴウキ!…いや、ギンガブルー!!」
3人の目が妖しく光り、それぞれの口元には不気味な笑みが浮かんだ。
「そこにいる勇太は俺達の操り人形になったのさ!」
「そう!キミをここにおびき寄せるためのね!」
「…勇…太…?」
信じられない表情で勇太を見つめるゴウキ。
「…ウソだろ、…勇太…?」
だが、勇太は相変わらず虚ろな視線のまま、今はゴウキを見ようともしない。
「…フフフ…!!」
来斗がニタニタと笑う。
「オレ達は宇宙海賊バルバンの手先なのさ!」
「…何…だって…!?」
「ウソじゃないよ!最初からキミ達ギンガマンに近付く目的で学校に入り込んだんだよ!」
晴が得意げに言う。
「ま、今頃、気付いても遅いけどね」
洸がしれっとして言う。
「…お、…お前…らぁ…ッ!!」
怒りがふつふつと込み上げて来る。
「ああ、そうそう!」
来斗が大声を上げた。
「1つ良いことを教えてやるよ!」
そう言うと来斗は、ニヤニヤしながら勇太を見た。
「そいつの体から溢れ出て来る黒い靄みたいなものがあるだろ?それ、そいつの生命力なんだよ」
「…何…だって…?…そ、…それじゃ…!?」
ゴウキの顔から血の気が引いて行く。
「そ!その靄が消えた時、そいつは死ぬことになる…!」