災魔の誘惑 第1話
閑静な住宅街から少し大通りへ出たところを、1人の青年が自転車に乗って物凄い勢いで駆け抜けていた。
オレンジ色のブルゾンのようなジャケットを羽織り、迷彩柄のズボンを着用している。
「うううう…ッッッッ!!!!」
笑うと細くなるその目が大きく見開かれ、憤怒の形相をしている。彼の自転車を漕ぐスピードはどう見ても尋常ではなく、彼を見送る人々の視界の中からあっと言う間に消えて行く。彼らは皆驚き、目と口を大きく開けて見送っていた。
そんな大通りの一角、いわゆる交差点の角と言うところにその家はあった。古びた洋館のような建物の入口には「巽防災研究所」と言う銅板で書かれたプレートが嵌め込まれていた。そこへその青年が自転車を物凄い音を立てながら止め、きちんと立てるか立てないかと言うくらいで放り出すと、
「親父イイイイッッッッ!!!!いるかああああッッッッ!!??」
と怒鳴り込み、思い切りドアを閉めた。その衝撃で、彼が乗っていた自転車がガシャンと言う音を立てて倒れた。
「親父イイイイッッッッ!!!!」
ズカズカと荒々しい足音を立ててリビングのようなところへ入って行く。
「…兄…貴…?」
そこには、虚ろな表情をした短髪でガッシリとした体格の青年がソファに深く腰掛けていた。
「…ど、…どうしたんだよッ、マトイ兄貴ぃッ!?」
すると、マトイと呼ばれた青年はちらりと視線を投げ掛けると、
「…ああ、…ショウ…か…」
とだけ言い、再び視線を落とした。
「ショウか、じゃねえよッ!!」
ショウはそう言うとマトイの両肩を掴み、
「なあッ、兄貴ッ!!親父はどこかって聞いてんだよッ!!」
と言った。するとマトイは、
「…お前も、…やられたのか…?…親父に、…金を引き出された、…のか…?」
とショウを見つめた。その言葉にはっとしたかのように、
「…お前も…、…ってぇことは、…兄貴もかッ!?」
と尋ね返す。するとマトイは静かに首を振り、
「オレだけじゃない。ナガレやダイモン、マツリもだ」
と言った。
「ああッ、もうッ!!一体、何を考えてんだよッ、あのクソ親父はああああッッッッ!!!!」
と、その場で地団駄を踏んだ。
「10年前に突然、家を出て行ったかと思えば、いきなり戻って来てオレ達をゴーゴーファイブに仕立て上げたばかりか、勝手に職場に退職届を出すわ、オレ達の退職金を勝手に銀行から引き出すわ…!!」
そうなのだ。
もとはと言えば、マトイもショウも首都消防局員だった。マトイ、正確には巽家の長男は首都消防局のレスキュー隊員で、どんな危険なことも顧みず、轟々と燃え盛る炎の中へ突進し、人命を救助する。一方、ショウ、正確には巽家の三男は首都消防局の航空隊ヘリコプター部隊員。空から人命を救助する役割を担う。
そんな安定的な仕事をしていた2人の運命を大きく変えたのが災魔一族の飛来だった。世界が何年も前に予測した世界の大災害・大魔女グランディーヌを降臨させようと企む輩が街へ侵攻し、破壊の限りを尽くし始めた。その災いは2人の父・モンドも予測しており、災魔一族に対抗し得る兵器を開発。子供達を「救急戦隊ゴーゴーファイブ」にしたのだ。モンドが10年前に失踪したのも、この兵器を開発するためだった。
23歳で長男のマトイはゴーレッド、22歳で次男のナガレがゴーブルー、21歳で三男のショウはゴーグリーン、20歳で四男のダイモンはゴーイエロー、そして末子で19歳の長女のマツリはゴーピンクに着装する。
その任務を子供達に背負わせるため、モンドは子供達の職場へ退職届を勝手に送り、今度は退職金を引き出すと言う暴挙に出たのだ。
「…まさかッ、親父の道楽に、オレ達が汗水垂らして稼いだ金を継ぎ込んでんじゃねえだろうなあッ!?」
怒り心頭のショウが次から次へと暴言を吐きまくる。すると、マトイはゆっくりと立ち上がり、
「心配すんな、ショウ!」
と、ショウへ微笑んで見せた。
「今度、父さんに会ったら、ガツンと言ってやるから。オレ達の退職金をどうしたのかも、きっちりと聞いておくから!な?」
そう言った途端、マトイの表情が俄かに変わり、
「…ショウ…。…何だよ、…その顔は…!?」
とトーンを低くして言った。
「…兄貴ぃ…」
白けた目でマトイを見つめているショウ。
「…オレ達がゴーゴーファイブになった時も、…同じことを言ったよな…?」
「…そう…だっけ…?」
その途端、マトイの視線がきょときょとと泳ぎ出す。
「…オレ達の職場に勝手に退職届を出した親父に、『今度、父さんに会ったら、ガツンと言ってやるから。ガツンとな!』って言ったくせに、その後、兄貴は、『あ、あの、父さん?こ、困るんですよね、勝手なことをされちゃあ…』って、滅茶苦茶弱かったじゃねえかよッ!!」
「…そ、…そう…だ…っけ…?」
マトイの視線はさっきから泳ぎまくり、顔は大いに引き攣っている。と、次の瞬間、
「ああッ、もういいッ!!」
ショウが大声で叫んだかと思うと、
「兄貴も頼りになんねえッ!!だったらッ!!」
と言うとギロリとマトイを睨み付けるようにし、
「…こうなったら、…親父を意地でも探し出して、…ぶん殴ってやるッ!!」
と右拳を振り上げ、
「うおおおおおおおおッッッッッッッッ!!!!!!!!」
と雄叫びを上げて物凄い勢いで家を飛び出して行った。
「…怖…ッ!!」
その場に取り残されたマトイはブルブルと体を震わせていた。
「…とは言ったものの…」
家に物凄い勢いで襲来して来た時の勢いはすっかり消え失せ、ショウは自転車を押しながらとぼとぼと歩いていた。
「…親父の行くあても分からねえのに、…どうしろっつぅんだよぉ…!」
さっきから零れるのは大きな溜め息ばかりだ。
「…欲しいエロビデオがあったってぇのにッ、金がねえんじゃ、買えねえじゃねえかよおおおおッッッッ!!!!」
21歳と言えば、そんなお年頃なのだろう。やり場のない怒りをぶつける先もなく、ショウは傍にあった電柱を思い切り蹴り上げていた。
ガツンッ!!
鈍い音がしたその瞬間、ショウの体にビリビリとした物凄い激痛が走ったのが分かった。
「…あ…あ…あ…あ…!!」
ショウの右足の脛の部分が、電柱に入り込んでいた。
「…い…」
みるみるうちに目に涙が溜まって行く。
「痛ってええええええええええええええええッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
右足を押さえてぴょんぴょん飛び上がるショウ。そんなショウに更に災害が降り注いだ。
右足を押さえてぴょんぴょんと飛び跳ねていたショウ。さっきまで押していた自転車をそのまま放置したため、支えを失った自転車がガシャンと音を立てて倒れた。と、そこへ、飛び跳ねていたショウの左足が引っ掛かり、足をもつれさせたのだ。
「…わ…、…わ…、…うぅわああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして、派手にひっくり返った。
「だッ!!」
体を激しく地面に打ち付け、カエルが踏み潰されたような声を上げる。
「…あ、…痛…って…ぇ…!!」
涙目のショウ。
と、その時だった。
「随分とお困りのようですね、若い方?」
頭上から声が聞こえて来た。