災魔の誘惑 第15話

 

 数日後――。

 ショウは指定された場所へ来ていた。人通りの少ない河原。河川敷なのに広大な緑地が広がるそこは、陽射しが暖かい昼間でも他の人間が滅多に通ることはなかった。

 そんな中にたくさんの機材が持ち込まれ、大勢の人達がその設営に忙しくしていた。どの顔にも笑顔が浮かび、その動きからやる気が漲って見えた。

(…これが、…オレが守りたかったものなんだ…!!

 普通の人間の前でゴーグリーンに着装し、清楚可憐な女性と淫らな光景を繰り広げる。普通では考えられないことだろう。いや、地球を守るヒーローでありながら、そのような淫らな行為をすると言うこと自体がおかしいことなのかもしれない。だが、ショウは今や、清楚可憐な女性に姿を変えている災魔獣ツタカズラと、彼女を支配する呪士ピエールの策略にどっぷりと浸かり、正常な思考を持ち得てはいなかったのである。

「ショウさん」

 そんなショウのもとへ、大きなウィンドブレーカーを着た細身の女性・鹿鳴館香がやって来た。その足元にはヒールの長い靴を穿いている。

「ありがとう、ショウさん」

 心なしか、目を潤ませている香。

「あなたがうんと頷いてくれなかったら、私はきっと、この世界から離れていたかもしれません」

「…そ、…そう…なのか…?」

 照れたように言うショウ。すると香は静かに頷き、

「…この世界、一度、飽きられたら人の心は物凄い勢いで離れて行きます。輝けるのは、ほんの一瞬なんです…」

 と言うと、ショウに凭れ掛かった。

 ドクン!

 その瞬間、ふわっとした甘い香りがショウの鼻を掠めたと同時に、ショウの心臓が大きく高鳴った。

「…あ…あ…あ…あ…!!

 頭がぼんやりとする。その時、ショウの両腕は無意識に香を抱き締めていた。

「…ショウさん…。…ショウさんだけは、…ずっと私のファンでいて下さいね…」

「…あ、…当たり…前…だろ…?」

 言葉が思うように出て来ない。そんなショウの胸の中で、香はそっと目を閉じると、

「…ショウさんのここ、…暖かい…。…ずっと、…ずっとこのままでいたい…」

 と言うと、その細い手をゆっくりとショウの下半身へ伸ばした。その途端、

「ッあッ!!

 とショウが声を上げ、体をビクリと跳ねらせた。

「…え…?」

 その時、香も一瞬、戸惑った声を上げたものの、すぐにニッコリとしたかと思うと、

「フフッ!!ショウさんったら、私を抱いただけで興奮してしまったんですの?」

 と言うと、その右手に触れているショウの勃起した男としての象徴を優しく撫で始めたのだ。

「…あ…あ…あ…あ…!!

 香の陰になっているからと言っても、青空の下、大勢のスタッフがいる中で恥辱行為を受けている。

「…はぁ…ッ、…はぁ…ッ!!

 だがそれは、逆に興奮を高めたのか、ショウは顔を真っ赤にしながら荒々しい呼吸を始めた。

「フフッ!!

 香は笑うと、

「後からたぁっぷり、ここを気持ち良くして差し上げますわ!」

 と悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うと、その手をそっと離した。

「…あ…、…うう…ん…!!

 腰をくの字に折り曲げ、もぞもぞとさせるショウ。その時だった。

「やぁ、ショウ君!」

 黒い丸眼鏡の男・司従がニコニコしながらやって来る。相変わらず、鼻の下の触角のような髭をピンと蓄えて。

「君には本当に感謝しているよ、ショウ君。君のお陰で、香君を売り出すことが出来そうだよ!」

 そう言った司従の視線が動いたかと思ったその時、

「…おや…?」

 と言うと、プッと吹き出した。そして、

「全く、君はどうしてそんなに元気なんだい?」

 と、ショウをからかうように言った。

「…う…、…あぁぁ…」

 それにはショウは顔を真っ赤にし、口をパクパクさせる。すると司従は、

「はっはっは!」

 と大声で笑ったかと思うと、

「心配しなくていいよ、ショウ君。君にはこれから、とっても素敵な夢を見てもらうのですから…!!

 と言うと、丸眼鏡の奥の目をギラリと光らせた。

「じゃあ、始めようか!!

 司従が大声でそう言った時、他のスタッフ達が撮影の準備に入った。

「…じゃあ、…ショウさん…」

 香は静かにそう言うと、体をすっぽりと包み込んでいたウィンドブレーカーをゆっくりと脱いだ。その瞬間、

「うあ…!!

 とショウが素っ頓狂な声を上げる。

「…フフ…!!

 香の妖艶な姿。肌を極端に露出させたそのコスチュームはいかにも、そのビデオを見る男達の視線を釘付けにするような出で立ちだった。

「じゃあ、ショウさんも」

「…え?…あ、…ああ…!!

 慌てて我に返ったショウ。キッとした表情を浮かべると、

「着装ッ!!

 と言い、ゴーゴーブレスを操作した。その途端、ショウの体が眩い光に包まれ、次の瞬間、ショウは光沢のある鮮やかな緑色のアンチハザードスーツに身を包んでいた。

「ゴーグリーンッ!!

 気合い入れのつもりなのか、ポーズを取るショウ。そんなショウを、香がキラキラとした眼差しで見ている。

「ショウ君。分かっているとは思うが、君はそのスーツのお陰で、普段の何十倍もの力を宿している。戦闘員役のスタッフや、香君に万が一のことがあってはいけないから、パンチやキックを繰り出す時は気を付けてくれたまえよ?」

「分かってるって!!任せとけッ!!

 ゴーグリーンのマスクの中で、ショウはニヤリと笑う。

「…では始めようか!!

 司従の声が辺りに大きく響き渡った。

 

 河原の広大な河川敷。その土手のようになった、こんもりと盛り上がったところに、腕組みをした香が立っている。

「…フッ!!

 香は笑うと、その目をギラリとさせ、

「この世界を、私のものにしてみせる!!愚かな人間共を、私の足元へ跪かせるのだ!!

 と言った時だった。

「待てえッ!!

 キラキラと緑色に輝くスーツを身に纏った男。ゴーグリーン・巽ショウが飛び出して来た。

「サーペントナーガッ!!お前の好き勝手にはさせないぜッ!!

「…フン…!!

 サーペントナーガと言う役名の香がニヤリと笑う。そして、

「お前一人で何が出来ると言うのだ?」

 と言ったかと思うと、右手をさっと上げた。その途端、香の背後から真っ黒な全身タイツのような衣装を身に纏った男達が何人も現れ、不気味にゆらゆらと蠢きながらショウへと襲い掛かったのだ。

「行くぞォッ!!

 ショウはそう叫ぶと、その男達の中へ飛び込んで行く。

「はあッ!!

「せいッ!!

「おりゃああああッッッッ!!!!

 光沢のある鮮やかな緑色のアンチハザードスーツに包まれたショウの筋肉質な腕や太い足が太陽の光を浴びて煌めく。そして、ショウの手足は戦闘員役のスタッフ達に当たるか当たらないかのところで、彼らは器用にそれを避け、弾き飛ばされた振りをする。

「後はお前だけだ!!

 ショウは右手の人差し指を香の方へ突き出した。すると香はフンと笑うと、

「なかなかやるわね、ゴーグリーン!!

 と言った。

「…でも、私には勝てるかしら?」

 その時、香の目がギラリと光った。その瞬間、ショウは体がふわりと浮いたような感覚に陥り、その足元に大きな穴が空いているのが分かった。

「…ううッ!?…うぅわああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!

 その穴の中へ吸い込まれるように、ショウはどこまでも、どこまでも、落ちて行った。

 

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