秘密の契約と心の闇 第1話
「…よし、…っと!」
都会の喧騒の一角、大勢の女性買い物客の中に一人、ガッシリとした体格の男が混じっていた。
「これだけ買っておけば良かったかな?」
ゴソゴソとポケットに手をやり、1枚の紙切れを取り出した。そして、そこに書かれているものと照合するかのように、手に持っている大きな茶色の紙袋の中を覗き込む。
「うし!間違いなし!」
ニヤッとすると紙切れをくしゃくしゃと丸め、手に持っていた紙袋の中へ放り投げた。
「さぁってと!帰ってご飯の準備をしなきゃなあ!」
わりと大股で歩くこの男。黒のジャケットには所々に黄色のラインが入っている。そして、黒のズボン、髪はパーマをあてたのか、ややちじれっ毛。
尾藤吼太、20歳。訪問介護士の仕事をしている。
「ったくぅ、食事の準備を鷹介や七海に任せてたまるかっつーの!!」
さっきまでご機嫌だった彼の表情が急に不機嫌になったかと思うと、ブツブツと独り言を言い始めた。
「この間のカレーは散々だったしなぁ!」
吼太は、人材派遣会社の仕事を転々としている椎名鷹介・19歳、演歌歌手として生計を立てている野乃七海・18歳と共同で生活をしている。だがこの2人、とてつもなく猪突猛進型の人間で、常識と言うものを知らない。おまけにこの2人、よく衝突する。最年長の吼太は、そんな2人を取りまとめるのに手を焼いていたのだ。
この間、3人がお世話になっている日向家の、3人の母親代わりとして世話をしてくれているおぼろが家でカレーを作った時のこと。辛口派の鷹介と甘口派の七海がここでも衝突し、せっかくおぼろが作ってくれたカレーを台無しにしてしまったことがあった。その時、吼太がちょっと手を加えただけでカレーの旨味が見事に復活した。
「だからぁ、オレがリーダーでいいのに…」
なのに、実質のリーダーは鷹介だった。
実はこの3人、訪問介護士、人材派遣会社の仕事、演歌歌手と言うのは表の顔。3人は「人も知らず 世も知らず 影となりて悪を討つ」と言う口上のもと、訓練を積んで来た疾風流(はやてりゅう)の忍者だったのである。3人は「忍風館」と言う修行場で寝食を共にし、世話係のおぼろは彼ら3人の良きサポーターでもあった。
そんな3人は「忍風戦隊ハリケンジャー」として、突然、地球に襲撃して来た「宇宙忍群ジャカンジャ」と戦っているのだ。鷹介はハリケンレッド、七海はハリケンブルー、そして吼太はハリケンイエローとして、ジャカンジャの魔の手からこの世界を守っていた。
「でもまぁ…」
フッと笑みを零す吼太。
「オレには縁の下の力持ちが似合うかな!」
そう笑いながら、ふと前を見上げた時だった。
「…あれ?」
目の前のビルの屋上に、1人の人影を認めた。
「…何だ、あいつ…?」
初夏の汗ばむ陽気なのに、全身黒ずくめの装束を着ている。
「…子供?」
吼太が目を凝らす。年齢からして中学生くらいだろうか。普段からキリッとした眼差しが、地上を見下ろしている。だが、どことなく追い詰められているような、憂いを帯びた目をしていた。
「…忍者?」
鎖帷子を着ているのは間違いない。しかも、背中には刀を携えていた。
「…オレ達以外にも、忍者はいたのか?」
吼太がそう呟いた時だった。その少年が目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。と同時に、右手がポウッと光った。
「な、何だ、あれッ!?」
吼太が目を丸くする。するとその少年は、右手に浮かび上がらせた球状の光の弾を振り上げ、一気に地上へ向けて振り落としたのである。
「危ないッ!!」
その弾丸が着弾するところには大勢の人々が。吼太は買い物袋を放り投げ、その弾丸の方へ向かって走り始めた。
「忍風・シノビチェンジッ!!」
吼太は走りながら、左腕に付けていたブレスレッドを操作した。その瞬間、吼太の体が光り始め、鎖帷子の上に鮮やかな黄色のスーツを身に纏ったハリケンイエローに姿を変えていた。
「!?」
驚いたのは少年の方で、弾丸が着弾する真下に吼太が飛び込んで来た。
「はああああッッッッ!!!!」
吼太がハヤテ丸を抜き、その弾丸を打ち上げた。その弾丸は空の遥か彼方へ消えて行った。
「せいッ!!」
そして、その少年がいるビルの屋上へ大きく飛び上がり、少年の頭上を飛び越えると、ビルの屋上への入口の前に立ちはだかった。
「…あ…!!」
少年は驚き、ただ一言、声を発しただけだった。
「お前ッ、ジャカンジャの手先かッ!?」
吼太が怒鳴り、腰を落とす。普段からガッシリしている体格の吼太。その体付きが、光沢のある黄色のスーツに映え、肉付きをクッキリと浮かび上がらせていた。特に、パンパンに張っている太腿は、見ている者に妙な感情を抱かせた。
「…う…、…あ…!!」
ガクガクと足を震わせ、その場に立ち竦む少年。
その瞬間、吼太は何かわけがある、と直感で感じていた。
「…一体、何があったんだ?」
臨戦態勢を解き、吼太がゆっくりとその少年に歩み寄る。
「…来ないで…!!」
その少年が恐怖のあまり、後ずさる。端まではすぐそこだった。
「あッ、危ないだろッ!!落ちるぞッ!!」
さすがの吼太も慌てた。と、その時だった。
「うあッ!!」
少年がビルの端まで行き、思わず足を踏み外す。
「危ないッ!!」
吼太は咄嗟に走り出し、少年の腕を掴む。
「おおりゃあああッッッ!!!!」
そして、気合いと共に少年を持ち上げた。
「うわあああッッッ!!!!」
少年が悲鳴を上げ、宙を舞う。そんな少年を吼太はしっかりと抱き止め、ビルの屋上の真ん中へゴロゴロと転がった。
「…大丈夫かッ!?…おいッ、君ッ!!」
吼太が声をかけるが、その少年が目を開けることはなかった。そんな彼の目からは一筋の涙が零れ落ちた。
「…何か、訳ありのようだな…」
吼太はそう呟くと、変身を解除し、その少年を背負った。
「…取り敢えず、戻ろう…」
そして、ゆっくりと忍風館へ向かって歩き始めたのだった。