秘密の契約と心の闇 第4話
しんと静まり返った、サクヤ達流れ忍者が住む山里。空が少しずつ明るくなって行き、心地良い風が静かに吹き抜けて行く。
だが、その山里の中心部、忍者達が寄合を開くような広場のようなところには、その場の空気とは似つかわしくないほど、穏やかではない空気が流れていた。
「…吼太…さん…!」
人間の年齢で言えば中学生ほどの、1人の少年が涙をボロボロと零しながら見上げている。
「…クッ…!!」
目の前にいる吼太は怒りに震えていた。
(…ジャカンジャめ…!!)
ジャカンジャは、首領タウ・ザントの復活を促すため、この流れ忍者の魂を人質に取った。そして、この流派の嫡子であるサクヤに、ある一定の時間内に人間の生体エネルギーをタウ・ザントへ献上しなければ、人質として捕らえている忍者達の魂を消すと脅して来たのだ。
追い詰められたサクヤは街に出て、人間を襲い、生体エネルギーを奪おうとしていた。寸でのところで吼太に見つかり、人間を襲うことはなかったが、今度はサクヤが吼太に、吼太自身の生体エネルギー、吼太の股間から溢れ出す精液をくれとせがんだのである。
タウ・ザントの復活を助長するようなことは出来ないと、最初は断った吼太。しかし、サクヤの悲しげな表情が頭から離れず、そっと忍風館を抜け出してこの山里に来てみれば、サクヤは小刀を首に当て、自害しようとしていた。
だが。
吼太の心の中には、もう1つのおぞましい感情が渦巻いていたのだ。心の闇、そう表現した方がいいだろう。
「…吼太さんの生体エネルギーを、…僕に…、…下さい…!!」
忍風館でサクヤがそう言った瞬間、吼太は股間を握られた。そして、何度か揉み込まれるうちに、それまで暫く感じていなかった感覚、おぞましい欲望を吼太は思い出していたのである。その感情が、吼太を山里へ呼び寄せた、そう言っても過言ではないだろう。サクヤはもちろんのことだが、吼太も追い詰められていたのである。
「…オレの、…生体エネルギーを、…お前にやるよ…!」
そして、吼太は、半ば諦めたかのようにサクヤに言い放った。
「…本当に、…いいの?」
信じられないと言う表情で、おずおずと吼太に尋ねるサクヤ。
「…ああ」
暫く沈黙があった後、大きく溜め息を吐いて吼太が言った。
「…サクヤが、自ら命を絶とうとするのを黙って見ているわけには行かない。…そんなこと、出来ねぇよ…!」
「…こ、…吼太さん…ッ!!!!」
顔をグシャグシャにして、サクヤは吼太の胸に飛び込んだ。大声を上げて泣くサクヤを、吼太は静かに抱き締めた。
それでも、吼太の心は穏やかではなかった。心の闇に潜むおぞましい感情と、その欲望を叶えようとすれば、タウ・ザントの復活を助長することになると言う、2つの相反した考えが、吼太の心の中に渦巻いていた。
やがて。
「…もう、…大丈夫…」
ガッシリとした吼太の体にスッポリと包まれるように抱かれていたサクヤが言った。ゆっくりとサクヤを放す吼太。
「…ごめんなさい…」
泣き腫らした目で、寂しげに笑って言うサクヤの表情に、吼太の心がズキリと痛んだ。
「…サクヤ…」
吼太はそう言うと、もう一度、サクヤを静かに抱き締めた。
「…吼太…さん…?」
少し驚いた表情で、サクヤが吼太に話しかける。
「…いいぜ…?」
ドキドキと心臓が早鐘を打っている。サクヤを抱き締めている腕が小さく震える。
「…サクヤの、…好きにして、…いいんだぜ…?」
すると吼太は、意を決したかのようにサクヤを放し、間合いを取った。そして、
「忍風・シノビチェンジッ!!」
と声を上げ、ハリケンジャイロを大きく回した。その瞬間、吼太の体が光り、ハリケンイエローにシノビチェンジしていたのだった。
「…吼太…さん…!?」
サクヤは驚きのあまり、声を出すことが出来ないでいる。
普段から筋肉質な吼太。そんな吼太がシノビスーツに包まれると、その肉付きがより顕わになる。ガッシリとした二の腕と太腿がその存在感を目立たせ、キラキラと輝く黄色のスーツに映える。
「さぁッ、サクヤッ!サクヤの好きにしろよッ!」
吼太はマスクの正面部分を開いた状態でサクヤをじっと見つめている。
「…で、…でも…」
「ここまでさせておいて、でももへったくれもないだろう!?」
そう言うと吼太は、サクヤの両肩を静かに掴んだ。
「…オレは、…サクヤと、サクヤの家族を助けたいんだ」
吼太の瞳。優しげなその瞳を見たサクヤは、再びヒクヒクと肩を波打たせ始めた。
「…出来ないよ…」
「…え?」
今度は吼太が尋ねる番だった。
「…ジャカンジャと戦っているのに、…そんなジャカンジャを助けるようなことを、吼太さんにさせられないよ…!」
「心配するなよ、サクヤ」
静かに微笑む。そして、サクヤを再び、静かに抱き締めた。
「サクヤを助けるのは、今回だけだ」
「え?」
今度はサクヤが尋ね返す番だった。
「その代わり、今度はオレと約束して欲しい」
きょとんとした表情で吼太を見つめ返すサクヤ。
「この1回が終わったら、一緒にジャカンジャと戦って欲しいんだ」
「でッ、でもッ!!」
サクヤが言いかけた言葉を遮るかのように、
「サクヤの家族や仲間の魂が人質に取られているのも分かってる」
と、吼太は言った。
「それは、オレ達も何か方法を考えるよ。それに、1人よりみんなで立ち向かった方が心強いだろう?」
ニッと笑う吼太を見て、サクヤの目から再び涙が溢れ出した。
「大丈夫だよ、サクヤ。オレが、オレ達がサクヤ達を守るからさ!」
吼太はそう言うと、強くサクヤを抱き締めた。
「…本当に、…いいの?」
暫くすると、サクヤはしゃくり上げながら吼太に尋ねた。
「ああ」
優しく微笑み返す吼太。そう言うと吼太のハリケンイエローのマスクの正面部分が閉じられた。
「ご命令を、サクヤ様」
片膝を付いて、まるでサクヤの部下のように控える吼太。その心の中には、おぞましいほどの感情が渦巻いていた。