ちぎれた翼 第2話

 

 都会の喧騒の中を、けたたましく爆音を響かせながら、一人の若者がバイクを走らせていた。

「ったくぅ、今日はツイてねぇぜぇ…!!

 黒のバイク、黒のヘルメット。茶色のジャケットを羽織り、黒のジーンズを穿いている。

「あぁっ、くそっ!!むしゃくしゃするぅッ!!

 結城凱。ジェットマンの一員、ブラックコンドルとして地球をバイラムから守っていた。

 彼がイライラしているのはいつものことなのだが、今日はいつにも増してイライラが募っていた。

 彼には恋人であるホワイトスワン・鹿鳴館香がいた、はずだった。だが、もともと生まれも育ちも違う。自身は幼い頃からやさぐれ、常に一匹狼として生きて来た。反対に香は育ちのいいお嬢様で、上流階級の作法を凱に教え込もうとしたり、香の両親でさえも、凱を枠にはめて見ようとする傾向があった。そんな彼女の生き方や、彼女の両親の価値観に嫌気がさし、別れ話を切り出したのだった。

 おまけに。

 そのむしゃくしゃした気分を紛らわせようと行ったカジノバーで大敗を喫した。所持金は全てなくなり、酒をあおろうにもそんな気分にもなれず、店を飛び出して来たと言うわけだった。

「くっそぉっ!!

 凱がバイクのエンジンを更にふかしたその時だった。

 バイクが何かに乗り上げた。それに気付くのに遅れ、凱は見事に転倒したのである。

「うわああああッッッッ!!!!

 絶叫を上げて転がる凱。バイクは自分より遥か離れたところで倒れ、車輪が空しく回っていた。

「…ああああッッッッ、くそおおおおッッッッ!!!!

 凱はヘルメットを地面に叩き付け、ツカツカとバイクに歩み寄った。

「ふざけんなぁッ!!

 あまりの腹立たしさに、凱は思わずバイクを蹴飛ばす。

 ガンッ!!

 鈍い音と同時に、

「…痛ってぇ…!」

 と地面に蹲っていたのは凱の方だった。と、その時だった。

「アハハハ…ッ!!

 どこからか、子供の笑い声がする。

!?

 驚いた凱は瞬時に立ち上がり、辺りをぐるりと見回した。

(…この…声…!)

 頬に冷や汗が流れる。

「…どこにいやがるッ!!…出て来やがれぇッ!!

 凱が叫んだその時だった。

「ボクなら、ここにいるけど?」

「うわあああッッッ!!!!

 凱が驚いて叫び声を上げる。そして、その勢いで背後へひっくり返った。

「…トッ、…トランん…ッ!!

 凱の目の前に、少年、トランがすぅっと現れたのである。白と黒を基調としたローブのようなものを身に纏い、目元には大きなバイザーを付け、口は紫色をしていた。

「フフッ!驚いた?」

 凱を小馬鹿にするように言うトラン。

「…あぁ、凄くな!」

 凱は立ち上がり、尻についた土を払うと、憎々しげにトランに向かって言った。すると、トランはニッコリと笑い、

「それは良かった」

 と言った。

「なッ!?

 カッとなり、凱は思わずトランに掴み掛かろうとする。だが、凱はぐっとそれを堪えた。

「あれあれ?今、ボクを殴ろうとしなかった?」

 ニヤニヤしながら凱の周りをグルグルと回るトラン。

「…別に…!」

 敢えて冷静を装う凱。そして、ちょっとニヤリとすると、

「オレは大人だからな!」

 と言った。すると、今度はトランがムッとする番だった。

「…フッ!」

 だが、トランはすぐにいつもの表情に戻り、

「まぁ、いい。それよりさ、ボクと遊ぼうよ」

 と言ったのだ。

「はぁ?」

 凱は思わず聞き返す。

「何で、お前なんかと遊ばなきゃならねぇんだッ!!

 するとトランはニヤニヤとし、

「まぁまぁ」

 と言うと、凱に抱き付いたのだ。

「んなッ!?

 これには凱も面食らった。

「はッ、離しやがれッ!!

 凱が体を大きく揺さぶる。

「うわッ!!

 その勢いでトランが弾き飛ばされ、地面に転がる。

「…はぁ…、…はぁ…!!

 凱は必死に怒りを抑えている。握った拳がブルブルと震える。

「…オレは帰るぜ!あばよッ!」

 凱はそう言うと、ゆっくりとバイクに向かい始めた。

「…フフッ!」

 トランが立ち上がる。そして、腕に付けているキーパッドメタルトランサーに手を掛けた。

 ピッ!

 次の瞬間だった。

「んなッ、何だッ!?

 その時、凱は、倒れたバイクを起こそうとしていた。そのバイクが、起き上がった瞬間、独り出に動き出したのである。

「うわああああッッッッ!!!!

 突然のことに凱はハンドルを掴んだまま、引き摺られる形になった。

「アハハハ…ッ!!!!

 遠くからトランの笑い声が聞こえる。

「…トッ、…トラン…ッ!!…てめえぇッ!!

 凱が慌てふためきながらトランに怒鳴り付ける。

「だぁかぁらぁ、言っただろう?遊ぼうって!」

 トランはそう言うと、再びキーパットメタルトランサーのボタンを押した。

 ピッ!

 次の瞬間、凱を引き摺っているバイクがピタリと動きを止めたのだ。

「うわああああああッッッッッッ!!!!

 その反動で凱が投げ飛ばされる。

「ぐあッ!!

 そして、したたかに体を地面に打ち付けた。

「…フフッ!」

 トランがゆっくりと歩いて来る。

「…て、…て…め…え…ッ!!

 倒れたままの凱がトランを睨み付ける。

「さぁ、たぁっぷりと遊ぼうよ」

 トランが静かに凱を見下ろしていた。

 

第3話へ