ちぎれた翼 第18話
シャアアアア…。
小さな電球1つだけが取り付けられているシャワー室。頭からお湯をかぶり、ブラックコンドル・結城凱が佇んでいた。
(…)
その顔には、いつものような精気が漲ってはいなかった。憂い、いや、絶望を帯びた視線はどこを見ているのかすら分からない。筋肉質な肉体を惜しげもなく晒すものの、ピクリとも動こうとはしなかった。
「…竜…」
ぽつりと言葉を零す。それは、共に次元戦団バイラムに立ち向かっていた戦友・レッドホークにクロスチェンジする天堂竜の名前だった。
「…痛…つ…ッ…!!」
思わず呻き声を上げた。
「…あ…あぁ…!!」
ブルブルと震える手が、とある部分を無意識に覆っていた。
凱の太く逞しい2本の足の付け根。凱の男としてのプライドでもあり、凱の武器でもあるペニス。くっきりと剥け切ったその先端部分が真っ赤に腫れ上がっていた。
バイラムの幹部の一人、子供のようなトランに自身のプライドとも言えるべきところを何度も何度も執拗に弄られ、いや、弄られただけではなく、殴られ、蹴られ、そのダメージがしっかりと現れていたのだ。
「…う…」
口元が歪む。
「…竜…。…オレは、…もうダメかもしれねぇ…」
凱の口から自然に零れた、凱らしくもない独り言。
次元戦団バイラムと戦っていた頃。
凱は事あるごとに、レッドホーク・天堂竜といがみ合っていた。正義感が強く、熱血漢で強情なところがある竜に対し、何事にもいい加減で、仲間と戯れることが大嫌いな凱。その正反対の性格から、ジェットマンになった頃は喧嘩ばかりしていた2人。だが、いつの間にかお互いを認め、今では掛け替えのない親友となっていた。
「…竜…」
口にするのはさっきから竜の名前ばかりだ。
「…帰り…てぇ…!」
目頭が熱くなった。
「…あれ…?」
思いがけない自身の変化に、思わず泣き笑いをする凱。
「…何で、…泣いてんだ、…オレ…?」
両頬を両手でパンパンと叩く。そして、ガシガシと無造作に頭を掻きむしった。
「…いや、…まだだ…!」
さっきまでの涙はどこかへ消え去っていた。その目には、闘志が宿っていた。
「…まだ、…やれる…!…相手は子供だ。…すぐに飽きたって言うはずだ…!」
「お待たせ致しました、トラン様」
シャワーを浴びにこの部屋を出て、そんなに時間は経っていなかったと思う。ブラックコンドルのバードニックスーツもきれいになり、凱はトランのもとへ戻って来た。
「…トラン…様…?」
広々とした空間。暗闇とガスが立ち込めたその部屋のベッドの上に、トランが凱を背にして寝転がっていた。
「…トラン様…?…戻りましたよ…?」
凱に似つかわしくないほど、恭しく声をかけるも、トランは全く反応を示さない。
「…トラ…ン…様…?」
自分を背にしてベッドの上に寝転がっていたトランの顔を覗き込んだ凱は、思わず言葉を失った。
「…寝てる…?」
バイザーと身長よりも長いと思われるようなマントを取り、ベッドの上に寝転がっているトランは今、すぅすぅと心地良い寝息を立てていたのである。
「…何てこった…!」
大きく溜め息を吐き、天を仰ぐ凱。その時だった。
「…ブラック…コンド…ル…ぅ…」
突然、トランが声を上げ、凱は思わずぎょっとなる。だがトランは、相変わらずすぅすぅと心地良い寝息を立てていた。
「…何だ、…寝言か…!」
凱はそう言うと、トランを抱き締めるかのようにゆっくりとベッドの上に横になった。
「…ん…」
もぞもぞとトランが動き、凱の胸に顔を埋めた。
「…起きて、…いらっしゃるのですか…?」
念のために聞いてみる。
「…」
だが、トランは相変わらず寝息を立てるだけで、何も反応を示さない。
「…フッ!」
凱の口が思わず綻んだ。
「…何だかんだ言っても、…所詮は、…ガキ…か…!」
じっとトランの顔を見つめる凱。
「…きれいなまつ毛してやがる…」
そう言いながら、ゆっくりと頭を撫でる。
「…こうやって寝ていれば、普通の小学生のガキと同じじゃねぇか…」
なのに。
「…うぐッ!?」
その瞬間、凱の股間に痛みが走った。
「…うぁぁ…ッ!」
古傷が痛むとはこのことだ。
「…起きてりゃ、…悪魔…。…普通の小学生のガキだったら、お尻ペンペンもんだ…ッ!!」
凱がそう呟いたその時だった。
「…起きて…りゃ…?」
心臓がドキンと高鳴った。
「…ちょ、…ちょっと…待て…!!」
凱の視線が、ゆっくりとトランの顔を外れて行く。そして、その白く細い首をじっと見つめたのだ。
「…今なら…!」
心臓がドキドキと高鳴り、額から汗がじわじわと浮かび上がって来る。右手がブルブルと震え始め、ゆっくりとトランの首へと向かって行く。寝首を掻く、とはよく言ったものだ。心臓のドクン、ドクンと言う音以外、何も聞こえない。そして、凱の右手が、トランの首に触れた。とその時だった。
パシッ、と言う音が聞こえたかと言うくらいの音を立てて、凱の右手が何かに掴まれたのだ。
「…ひぃ…ッ!!」
その時、凱の顔は恐怖に歪んでいた。こんな顔を見せることもあるのか、と周りの誰もが見ても驚くような、そんな表情だった。
トラン。寝ているとばかり思っていたトランが目を見開き、じっと凱を見つめていた、いや、睨んでいたのである。そして、トランの右手が、凱の右手をしっかりと握っていたのである。
「…やっぱりね…!」
そう言ったトランの口調には、明らかに怒りが込められていた。
「…ボクが寝ている間に、ボクを襲おうとしたんだろう…?」
「…ち、…違…ッ!!」
凱が誤魔化そうとしたその瞬間、物凄い衝撃波が辺りに吹き荒れ、
「うわああああああッッッッッッ!!!!!!」
と言う悲鳴を上げて、凱が吹き飛んでいた。そして、ドサリと床に倒れ込んだかと思うと、腰を大きく突き上げた。だが次の瞬間、凱は体が動かなくなったのを感じた。
「…あ…あ…あ…!!」
どんなにもがこうとも、どんなに体に力を入れようとも、自身の体はビクともしない。
「…ブラック…コンドル…ぅ…ッ!!」
ベッドから起き上がったトランが、ゆらりゆらりと近付いて来る。
「…や、…止めろ…!!…来るんじゃねぇ…ッ!!」
トランの右手が、左手に装着しているキーパッドメタルトランサーを操作しているのが分かった。前にもされたことのある、重力で凱の動きを封じたのだ。
「…覚悟は、…出来てるんだろうねぇ…!!」
トランの目が異常なほど血走っている。
「…キミには、それ相当のお仕置きを受けてもらうよ…?」
トランがそう言った時、凱の足元にグリナム兵が3体現れた。