ちぎれた翼V 第1話
小高い丘の上に聳え立つスカイキャンプ。
その白く、翼を広げたような形の建物は地球防衛軍スカイフォースの戦力を誇示しているかのように思えた。彼らは鳥人戦隊ジェットマンを結成し、迫り来る次元戦団バイラムの侵攻を食い止めていたのだが、それが今、暗黒の時を迎えようとしていた。
ピッ、ピッ…!
無機質な、どこを見ても真っ白な医務室のようなところにはベッドが置かれ、そこに1人の男性が横たわっていた。精悍な顔付きも今は生気がなく、目を開けることすらない。そして、その体には至る所に器具が取り付けられ、彼の心臓の鼓動を確認するようにモニターが冷たく無機質な音を立てていた。そして、その腕、鼻には栄養分を送り込むチューブが取り付けられ、とても痛々しい姿をしていた。
その壁を1枚隔てたところには、1人の大柄な男が蹲っている。膝を折り曲げ、両腕で抱え込んでいる。メガネを掛けた顔立ちの優しそうな青年の視線はどこを見ているか分からないほど、ぼんやりと宙を泳いでいた。
そして、その男の目の前、反対側の壁には2人の女性。お嬢様のような出で立ちの品のある女性と、まだまだあどけなさを残す子供のような女性。彼女達もこの男と同じように、お互いに体を寄せ合い、視線を定めることなく、まるで人形のようになっていた。
彼らこそが、迫り来る次元戦団バイラムの侵攻を食い止めるために結成された鳥人戦隊ジェットマンだった。
ベッドで横たわっている男性、ブラックコンドル・結城凱。彼が何故、このような姿になっているのかと言うと、個人的な暴走でバイクを飛ばしていたところを、次元戦団バイラムの幹部の一人であり、まだまだ子供だったトランと言う少年に捕らえられた。普通なら体中を暴力で痛め付け、ボロボロにするだろう。だが、トランはサイコキネシスを使い、凱を精神的に追い込んだ。そして、凱の一番のプライドとも言える、凱の2本の足の付け根に息づく、凱の男としての象徴であるペニスを散々弄んだ。自身が一番大嫌いな男、しかも子供に、自身のプライドとも言えるべきペニスを刺激され、為す術もなく何度も何度も強制的に射精させられた。そして、最後にはペニスの下に存在する2つの睾丸を跡形もなく潰され、現在に至る。
「…もう、…終わりね…」
2人の女性のうち、お嬢様のような出で立ちの品のある女性が虚ろな表情でぽつりと零した。その目は泣き腫らしたのか、パンパンに腫れ上がっていた。ホワイトスワン・鹿鳴館香。
「…凱も、…竜も…。…トランザにやられてしまった…」
その目から再び涙が頬を伝った。
竜。ジェットマンのリーダーであるレッドホーク・天堂竜。
凱がボロボロになって竜達に発見された時、香達の制止も聞かずに飛び出して行った男。普段は穏やかで、とは言え、バイラムとの戦いになれば冷静に物事を判断し、リーダーとしてジェットマンの取りまとめをしていた。だがこの時の竜は明らかに違っていた。仲間を、いや、それ以上の感情を持ち合わせていた親友である凱を、子供のようなトランにボロボロにされ、怒り狂っていたのだ。だが、それが竜を窮地に追い込むこととなった。
子供だからと、トランに情けをかけた竜。それがトランのプライドを傷付け、彼は大人へと急成長した。そして、トランザと名乗り、竜に復讐を始めたのである。竜に凱の幻影を見せ、その幻影と共に、竜に凱と同じ屈辱を与えて行った。普段からその免疫があまりなかった竜。懸命に踏ん張ってはいたのだが、結局は最後、トランザの良いように扱われるようになった。そして今、彼は、凱のように男性としての機能を潰されることはなかったものの、他の仲間達とは遠く離れた異次元の世界でトランザの慰み物としての生活を送っている。言ってみれば、奴隷のような存在に成り下がっていたのだった。
「…悔しいな…」
ぽろぽろと涙を流す香の横で、もう1人の、まだまだあどけなさを残す子供のような女性がきゅっと唇を噛み締めた。ブルースワロー・早坂アコ。
「…私達だけじゃ、…どうすることも出来ない…」
(…く…ッ!!)
その時、香とアコの前に座っていた大柄の男が膝を抱えていた拳をブルブルと震わせた。
(…どうしたら…!…どうしたらいいんだ…?)
目をきょときょとと忙しなく動かし、滲んだ涙を零さないよう、必死に堪えていた。イエローオウル・大石雷太。
(…男は残るは僕だけになってしまった…!)
怒りなのか恐怖なのか、膝を抱えている拳の震えが全く止まらない。
(…僕だって…)
その目が懸命に宙を泳ぐ。
(…僕だって、…本当を言えば、竜と凱の仇を討ちたいッ!!…でも…、…僕の力じゃ、…とてもじゃないけど、トランザの力には勝てない…!…僕は…、…僕は…!)
そうなのだ。
雷太の心は、いや、雷太自身がコンプレックスの塊だった。冷静で的確に指示を出し、戦闘にも長けていた竜。そして、喧嘩っ早く、その経験値だけで戦って来た凱。2人はいい意味でもお互いを切磋琢磨し、お互いにそれなりにレベルを上げて来た。
(…そうだよ…。…だいたい、最後はどっちかが決めるんだ。…僕なんて…)
3番手に甘んじていたそのツケが今頃、やって来るなんて…!
と、その時だった。
ガガガッ、ウィィィンンンン…!!
突然、テレビのモニターが点いたかと思ったその途端、
「きゃああああッッッッ!!!!」
と香が悲鳴を上げ、物凄い勢いで後ずさった。
「香ッ!!」
アコが香を抱き締める。
「…あ…あ…あ…!!」
驚いた雷太が恐怖のあまり立ち上がり、目を大きく見開く。
『…ククク…!!』
見覚えのある顔。銀色の固められた髪、紫色の唇、鋭い、いや、雷太達を蔑むような瞳。バイラムの幹部の一人、トランザ。
『…久しぶりだな、…ジェットマン…』
クールに決めるトランザ。その眉がピクリと動く。
『今日はお前達に頼みがあってな』
「…頼み…?」
雷太が声を上げる。その横で香とアコが呆然としている。
『そこにブラックコンドルはいるのか?』
「…あ、…ああ!…お前の、…お前のせいで、…未だに意識も目覚めないんだッ!!…酷いこと、…するから…!!」
雷太の声が上ずる。膝がガクガクと震えている。するとトランザはフン、と鼻で笑うと、
『命までは奪わないでおいてやったのだ。ありがたく思え!』
「…何…を…」
「それで、頼みとは何なんですのッ!?凱も竜もあなたにやられてしまった。それだけで十分でしょうッ!?」
香が半ば泣き叫ぶように言う。するとトランザは、
『やれやれ。ヒステリックな女性は俺は好かぬ…!』
と言ったかと思うと、パチン、と指を鳴らした。
「香ッ!?」
何か危険を感じたアコが咄嗟に香にしがみ付く。その瞬間、窓も開いていないのにスカイキャンプ内に物凄い風が吹き荒れた。そして、あっと言う間に香とアコを飲み込んだのである。
「「きゃああああッッッッ!!!!」」
その風で2人は思い切り吹き飛ばされる。
「香さんッ!!アコさああああんッッッッ!!!!」
その風を必死に避けながら、雷太が声を上げる。
「…な…ッ!?」
その時、雷太は見た。
隣りの部屋で、ベッドに横たわっていた凱の体が光に包まれたかと思うとふわりと宙に浮いた。そして、ブチブチと言う音を立てて様々な器具が体から外れ、雷太達がいる部屋へ出て来たのだ。
「…がッ、…凱イイイイッッッッ!!!!」
『ふははははッッッッ!!!!』
トランザの高らかな笑い声が聞こえる。
『すまんな、ジェットマン。ブラックコンドルは俺が貰い受ける。レッドホークと一緒に俺のコレクションに加えるのだ!』
その時、トランザの目がギラリと輝いた。
『俺は自分が欲しいものは全て手に入れる主義なのでな!』
その途端、凱の体がテレビの中に吸い込まれそうになった。
「…さ、…させるかああああッッッッ!!!!」
巨体を生かし、凱の体をしっかりと掴み、テレビとは反対方向に引っ張る。
「…ぐ、…ぐうううう…ッッッッ!!!!」
だが、どんなに踏ん張っても、テレビの中へ吸い込まれる力が強く、雷太の体まで宙に浮きそうになる。
「…ら、…らい…ちゃん…ッ!!」
「…雷太さん…ッ!!」
香とアコが起き上がり、雷太に近付こうとする。その時だった。
「来ちゃだめだああああッッッッ!!!!」
雷太が叫ぶ。
「…香さんや、…アコさんまで、…吸い込まれて…しまう…ッ!!」
一瞬、雷太の気が2人に逸れた。その途端、雷太の体がふわりと浮いたかと思うと、
「ううッ!?うぅわああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
と言う絶叫と共に、雷太は凱と一緒にテレビの中へ吸い込まれたのだった。