座敷わらしの悪戯 第1話
「…あぁあ〜…」
ぽぉん、ぽぉんと真っ青な青空に空のペットボトルが宙を舞った。
「…なぁんか、…なぁんにもいいことがないんですけどぉ…!」
チェックのシャツを羽織り、その上からグレーの半袖シャツを着た青年。髪がやや長めな、垂れ目のその男が大きな溜め息を吐きながら言う。サイゾウ、それが彼の名前だ。
「しょうがねぇだろうがよぉ…!」
その隣りで、同じようにチェックのシャツを羽織り、赤い半そでシャツを羽織った青年が言った。キリッとした男らしい目つき、バンダナを頭に巻き、いかにも近頃の青年と言った風貌をしている。サスケ、それが彼の名前だ。
「オレ達のご先祖様が封印した妖怪達の封印を、オレとお前が解除しちまったんだから…!その後始末をするのも、オレ達の役目だろう?」
「だぁかぁらぁ!」
うんざりした表情でサイゾウが言う。
「それは分かってるわよッ!!でも、そうやってオレ達が頑張ってるんだし、少しは見返りがあってもいいんじゃないかって言いたいのよッ!!」
興奮したのか、サイゾウは一気に捲くし立てるように言った。しかも、何故かオカマ言葉で。
「こう、どっかにハクいお姉さんがいてさぁ、目の前に颯爽と現れたりしてくれたらなぁって…♪」
「…お前、鼻の下伸ばしながらペットボトルでジャグリングするのな?…器用だな…!」
サスケがやや引き気味に言った。サイゾウは自分のだけではなく、サスケの空になったペットボトルをも奪い、更に、足元に落ちていたそれをも拾ってクルクルと宙で舞わせている。
「じゃあさ、オレらが倒したろくろ首とかなんかどうよ?」
サスケがニヤリとして言った途端、サイゾウは目を大きく見開き、キッとなってサスケを睨んだ。その際、宙を舞っていたペットボトル達は派手な音を立てて地面に落下した。
「…それッ、…本気で言ってるッ!?…しかも、オレらが倒した、って、既にこの世にいないしッ!!…しかも、相当年増のババアなんだぜッ!?」
ふんふんと鼻息荒く言うサイゾウに、
「じょ、…冗談だよッ!!冗談ッ!!」
とサスケは体を仰け反らせながら言った。だが、すぐにニヤリとして、
「じゃあ、鶴姫はどうよ?」
と言った。その途端、サイゾウはぎょっとした表情を浮かべ、
「そッ、それだけはパスッ!!」
と今にも泣きそうな顔をして言った。
「鶴姫も確かに女の子だけど、あんな強気な性格はごめんだねッ!!それに、まだまだガキだろうッ!?」
「お前、意外と言うよなぁ…!…まぁ、オレもパスだけどな!」
サスケは苦笑する。
「んま、今は妖怪退治に集中することだな!」
と言うとスタスタと歩き始めた。
「どッ、どこへ行くんだよッ、サスケぇッ!?」
サイゾウは慌ててサスケの腕を掴んだ。するとサスケは真顔で、
「妖怪退治ッ!!」
と言った。
「…鬼ッ!!」
今にも泣きそうな顔でサイゾウが声を荒げると、
「知るかッ!!」
とサスケは冷たくあしらい、再びスタスタと歩き出した。
「…まッ、…待てよオオオオッッッッ!!!!」
サイゾウは慌ててサスケの後を追った。
サスケとサイゾウ。何を隠そう、彼らは忍者を先祖に持つ。サスケの先祖は戦国から江戸の世にかけて、真田家に仕えたとされる甲賀忍者・猿飛佐助。そして、サイゾウの先祖はサスケと同じく戦国から江戸の世にかけて、佐助と同じように真田家に仕えたとされる伊賀忍者・霧隠才蔵。
その昔、地上界に現れた妖怪達を、彼らは命を懸けて封印した。その封印の扉を、妖怪の生き残りであるカッパに騙され、開けてしまったのが、何を隠そう、子孫であるサスケ達であった。その責任を取り、サスケ達は隠流鶴姫家の24代目総領である鶴姫と一緒に忍者戦隊カクレンジャーとなり、地上界に再び現れた妖怪達を封印することになった。
最年長のサスケはニンジャレッドとなり、そのサスケと古くからの付き合いであるサイゾウはニンジャブルーとなる。鶴姫はニンジャホワイト、そして、その他にも戦国時代の武将である三好青海入道の子孫であるニンジャイエローのセイカイ、江戸時代のニンジャである児雷也の子孫であるニンジャブラックのジライヤと共に日々、妖怪達と戦っていた。
「…なぁんてぇ、…言ってみたはいいけれど…」
自身の部屋に戻ると、サイゾウは大きな溜め息を吐いた。
「本当は女なんて、興味ないんだよねぇ…」
そう言って視線を動かした先には、何と、壁一面に貼られたサスケの写真があった。凛々しい顔付き、がっちりとした体格、普段着姿から水泳水着だけの姿。そして、どうやって撮ったのか分からないが、入浴中の、全裸の後ろ姿までもがあった。
「…サスケぇ…!」
サイゾウはウットリとした表情を浮かべ、その写真のもとへ、まるでそれらに引き付けられるかのように歩み寄った。
「…オレが好きなのは、…お前なんだよ…。…サスケぇ…!」
普段はスケベで猪突猛進気味だが、戦いの際には冷静沈着さを見せ、敵の罠を見抜く鋭い勘も持つ。その熱い魂はニンジャレッドの光沢のある鮮やかな赤色のカクレスーツによく映える。そんな男らしいサスケに、古くからの付き合いであるサイゾウは許されない恋に落ちていた。
「これからはサスケのことをアニキと呼ばせて頂きます!」
そう言って目を輝かせていた頃が懐かしく思える。その想いはいつしか、引くに引けない想いへと変わって行ったのである。
「…でも…」
そうは言うものの、その想いを口にすることなんて出来ない。
「…そりゃ、そうだよね…?」
サスケに恋をした、なんて言ったら、サスケはどう思うだろう。気味悪がって、自分から離れて行ってしまうのではないか。がっちりとした、筋肉質な体格のサスケに比べ、自分は華奢であまり男らしくないと言ったらそうかもしれない。おまけに情にもろくて、困った人に対しては損得勘定抜きで助けずにはいられず、それゆえに妖怪の策略によくハマってしまう。
「…そんなオレなんかが、…お前に釣り合うわけはないよな、…サスケ…」
フッと寂しそうに笑ったその時だった。
「そんなの、言ってみなきゃ分からないだろう?」
「…そりゃ、そうなんだけどさ…」
「壁にベタベタと写真を貼ってぼんやりと眺めて…。そのサスケは雲の上の人間か?」
「いや、すぐ近くに…」
その時、サイゾウははっとなり、その場で凍り付いた。
「…ッ!?」
誰も周りにいないのに、確実に誰かと話していた。
「…だ、…誰だッ!?」
正直、妖怪だとかお化けとかが苦手なサイゾウは思わず辺りをキョロキョロと見回し、身をすくめた。
その時だった。
「オレだよッ、オレッ!!」
突然、目の前に一人の少年が現れたものだからたまったものではない。
「…ひぃぃぃぃやああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
甲高いサイゾウの悲鳴が部屋中に響き渡った。