トモダチ 第6話
「進ノ介」
人質立て籠もり犯を逮捕し、その役目を終えた俺達はいつものドライブピットへ戻って来た。そして、残務処理と称してパソコンをカタカタと叩いている進ノ介に、俺は声を掛けた。
「…ん…?」
穏やかな笑みを浮かべて俺を見つめる進ノ介。
正直に言えば、この時の俺は彼に対して複雑な感情を抱いていた。
「どうしたんだよ、ハート。それにブレンも…?」
苦虫を潰したような、何となく重い顔をしていたのだと思う。それとは逆に、俺の横にいたブレンは憮然とした表情をしていたのだと思う。
「…お前は、…犯人を確保した時、…どうして殺さなかったんだ?」
そんな俺の言葉に、進ノ介は暫く沈黙する。そして、
「…殺す?」
と怪訝な顔をした。
「ああ。お前達の言うところの、犯人は悪と言うやつだろう?それにヤツは、人質を取ると言う卑怯なことをしたんだ。だったら完全に悪と言う存在だろう?なのに、どうして殺さなかった?」
すると進ノ介はやや戸惑った笑みを浮かべながらも、
「…別に殺す意味はないからさ。…人間は、変われるんだ」
と言った。
「…変われる?」
それでも腑に落ちない俺。すると進ノ介は静かに頷くと、
「…人間には、…心があるからさ」
と言ったんだ。その時だった。
「だったらッ!!」
突然、ブレンが大声を上げた。顔が真っ赤になり、鼻息も荒い。そして、今にも飛び出しそうなほど目を大きく開いている。
「私達、ロイミュードはどうなっても良かったのですかッ!?変われるのは、ロイミュードだって同じだったはず!!あなた方は私達の、いえ、ハートの大事なトモダチを次々に殺して行ったんですよッ!?」
「それは、てめえらが悪の心しか持っていなかったからだろうがッ!!」
その時、それまで黙っていた剛が声を上げた。そして、ツカツカとブレンの前へやって来ると、
「悪はぶっ潰す!ただ、それだけだ!」
と言い放った。するとブレンは、最初は呆気に取られていたが、フフンと笑い、トレードマークのメガネの鼻の部分をクイッと上げたかと思うと、
「私達ロイミュードを、あなた方が言う悪の存在を作り出したのは、あなたのお父上なのにねぇ…」
と嫌味のように言う。その言葉にカッとなった剛が、
「てめえッ!!」
と右手を振り上げようとしたその時だった。
「止めろッ、剛ッ!!ブレンもだッ!!」
後ろから進ノ介が怒鳴る声が聞こえ、俺は驚いて見る。厳しい眼差しでじっと剛とブレンを睨み付けている進ノ介。
「…しッ、…進兄さんッ!!」
顔を真っ赤にしている剛。そんな剛に向かって、
「落ち着けよ、剛」
と優しい笑顔に戻って言った。剛の横ではブレンが驚いた表情を見せている。
「ハート。お前も覚えてるよな?」
「…覚えてる、だと?」
最初は、進ノ介が何を言っているのか分からなかった。
「ああ。お前が消えた日の、最後に俺が言った言葉だ」
少しずつ、記憶が蘇って来る。
「…思い…出した…」
そう。
あの日――。
俺達ロイミュードの全滅を嘆き悲しむかのような、大粒の雨が降り注いだあの日。
「…俺はここまで戦って来て知った。…本当の悪は、…人間の中にしかない…!…ロイミュードは、…人間の悪意をなぞっただけだ…!…犠牲者みたいなもんだ…!」
進ノ介の顔は濡れていた。それが雨のせいなのか、泣いているのかははっきりしなかったが。
「ロイミュードは、蛮野天十郎が人間の悪の心を植え付けたことによって、悪の存在になってしまった。でも、悪の心を植え付けられなければ、つまり、そこにいるチェイスのように純真な心のまま、人間の手助けをしてくれるロイミュードだっていたはずだったんだ。ブレン、お前だって分かるだろ?」
「…え?…私、…ですか…?」
何となく思い当たる節があるのか、ブレンが胸を押さえる。
「お前がシグマサーキュラーからハートとメディックを守ったあの時のことだ。ハートが想いを寄せているのがメディックだと分かった時、お前はメディックを死なせまいと、自らを犠牲にした。ハートを助けたい、ハートを命がけで守りたい、そう思ったんじゃないのか?」
その言葉に、ブレンは顔を真っ赤にし、目をきょときょとと忙しなく動かし、ブランド物のハンカチで額に浮かんだ汗を拭き取り始めた。
「…それはお前達、ロイミュードにも心がある、と言う証拠だ」
そう言うと進ノ介は椅子から立ち上がると、ゆっくりと俺とブレンのもとへ近付いて来た。
「…ロイミュードにも心がある。…そのことにもっと早く気付いていれば、…もっとたくさんのロイミュードを救えたかもしれない。…メディックだって…」
「…進ノ介…。…お前、…泣いてるのか…!?」
進ノ介の目が真っ赤になり、そこから一筋の涙が伝っていた。
「…すまん、ハート。…ブレン…!…俺が、…もっと早く、気付いていれば…!…誰かを殺したら、…必ず、誰かが悲しむのに…!…そんな簡単なことを、…もっと早く、気付いていれば…!」
そう言って項垂れる進ノ介。
「なッ、何やってんだよッ、進兄さんッ!!」
剛が大声を上げ、俺達の間に入った。
「…それを言うのなら、…一番あやまらなきゃならねえのは、オレの方だ!…もとはと言えば、…オレの親父がきっかけだったんだから…!」
「…剛…」
その時だった。それまで黙っていたチェイスが剛の肩をぽんと叩いた。
「…誰の、…せいでも…ない…」
「…え?」
その言葉に、剛がきょとんとする。
「…もう、…全ては終わってしまったことだ…。…済んでしまったことを後悔するよりも、…今は、…いかに俺達ロイミュードと人間が仲良くやって行くかを模索するしかあるまい…」
「…チェイス…!」
「…と、進ノ介が言っていた…」
最後の言葉に俺達は全員、膝をガクリと折った。
「やぁれやれ!」
その時、ブレンが大声を上げた。その顔には微笑が浮かんでいる。
「…全く、…人間とは時に傲慢で、時に後悔ばかりで、時にしおらしくて…。…でも…」
ちょっと照れたように笑うブレン。こんなブレン、今まで見たことがない。
「…全く、憎めない人達ですね、…あなた方は…!」
「…ブレン…」
どの顔にも笑顔が浮かんでいた。
「…少なくとも、今はこの奇跡を大切にしよう。…せっかく、メディックが俺達を引き合わせてくれたんだからさ…!」
進ノ介がニコニコとしながらそう言うと、
「さぁって、飯だ飯ッ!!」
と大きく伸びをした。
「剛ッ、行くぞッ!!」
「うん!進兄さんッ!!」
嬉しそうに進ノ介の後を追う剛。その剛の後ろに、チェイスが黙って付いて行く。
「…どうしたのです、ハート?」
俺が立ち止まっているのに気付いたブレンが俺を呼ぶ。
「…いや、…何でもない…」
俺は静かに微笑むと、4人の後を追った。
(…メディック…。…お前のお陰で、…俺達は本当に永遠のトモダチになれそうだよ…!)
眩しい太陽の光が窓から降り注いで来る。
(…本当は、…傍にお前もいてくれたのなら…)