トモダチ 第7話
それから暫くが過ぎた。
俺達ロイミュードが人間達と共生するようになり、人間の暮らしと言うものを目の当たりにし、少しずつ、それらを理解し始め、その生活に馴染み始めていた。
その刺激が新鮮で、俺は不覚にも、人間の生活が楽しいとさえ、思うこともあった。
そんな時だった。
「進・兄・さんッ!!」
剛がご機嫌で特状課の地下にあるドライブピットにスキップをしながら駆け込んで来た。
「どうしたんだよ、剛?」
スーツ姿で黙々と仕事をこなしていた進ノ介が顔を上げる。そして、ご機嫌でスキップしてやって来た剛を見ると、思わず目を細めていた。
「進兄さん、今日が終わったら明日は非番だよね?」
非番。普通の人間達の仕事で言うところの休日と言うやつだ。
「…ああ、…そうだけど…?」
突然のことにきょとんとする進ノ介。すると剛は、
「じゃあさ!」
とずいっと体を乗り出した。その勢いに押され、進ノ介が後退りする。
「今夜、飲みに行かねえ?」
と言った。すると進ノ介はふむ、と暫く考え込んだが、すぐにニッコリとすると、
「そうだな!たまにはみんなで飲みに行くか!」
と大声で言った。その言葉に、ドライブピットにいた他の者達が歓声を上げた。
「ハート。お前達もどうだ?」
進ノ介がニコニコしながら俺のもとへやって来た。
「飲みに行くとは、どう言うことだ?」
正直、ピンと来なかった俺は進ノ介に尋ねてみた。すると、
「みんなでお酒を酌み交わす、と言うことですよ、ハート!」
と背後からブレンが汗をふきふきやって来た。すると、
「酒を酌み交わす?」
と今度は、俺達と同じロイミュードであるチェイスが訝しげな顔をしながらやって来た。そして、進ノ介の肩をぽんと叩くと、
「…お前達、…何か、同盟でも結ぶのか?…それとも、…何か、契約でもするのか?」
と真剣な眼差しで聞いたんだ。その途端、進ノ介を始め、その場にいた者全員が膝をガクンと折り曲げた。
「…ちッ、…ちッ、…ちげーよッ!!」
剛に至っては完全に脱力していたのか、がっくりと四つん這いになっていた。そして、ブルブルと体を震わせながら立ち上がるとそう叫び、
「別に同盟を組みもしなければ、契約もしやしねえッ!!ただ、みんなで楽しくワイワイ騒ぐ、ってことだけだッ!!」
と言うと、
「ブレンもブレンだッ!!…ったくッ、どっからそんな古臭い知識を仕入れて来るんだよッ!!」
と突っ掛かった。
「…フン!」
すると、メガネを掛けているブレンの瞳がキラリと輝き、
「どうです?私は頭が良くて、知識も多くて、最高でしょう?」
と体をふんぞり返らせ、メガネのフレームをクイッと上げた。と、すかさず、
「んなわけあるかッ!!」
と剛のツッコミが容赦なく入った。
「まぁまぁ」
ふんふんと鼻息を荒くしている剛を、背後から進ノ介が羽交い絞めにする。
「…しッ、…進兄さあんッ!!」
突然のことに顔を赤らめる剛。
「別にいいじゃねえか、このくらいはさ」
やれやれと苦笑しながら、進ノ介が言う。
「ブレンらしいし、チェイスらしいじゃねえか。チェイスの古典的な解釈はどうせ、りんなさん辺りから時代劇ものの映画でも借りたんじゃねえのか?」
「ああ。その通りだ」
真顔で言うチェイス。
「俺は今、それを使って人間と言うものを理解しようとしている。少しでもお前達に近付くために、な」
「…い、…いや、時代劇ものを見たからって、そもそも時代錯誤だし!」
剛がガシガシと頭を掻く。その横で苦笑する進ノ介。
「…で、行くのか?行かないのか?」
グダグダと目の前で繰り広げられる平和な光景に、何となく苛立ちを感じた俺は進ノ介に歩み寄るとそう言った。すると進ノ介はニッコリ微笑んで、
「ああ。行くぞ?」
と言ったのだった。
「「…ッ!?」」
みんなで「酒を酌み交わす」店に着いた時、あまりの混雑ぶり、いや、狭さに絶句した俺とブレン。
「…なッ、…何なんですかッ、ここはッ!?」
ブランド物のハンカチで相変わらず口元を押さえるブレン。メガネの奥の瞳が大きく見開かれ、今にも零れ落ちそうになっている。
「それもだが、同じようなデザインの服に身を包んだお客とやらがいっぱいいるな…」
「これが日本の象徴なんだ、ハート。ブレン」
進ノ介がニコニコとしながら言う。剛やチェイスを始め、他の面々はさっさと席に座り、何を注文するかを大声で話している。
「仕事を終えたサラリーマンが仕事帰りに寄り合い、みんなで酒を飲み交わし、この時だけは仕事のことを忘れ、上下関係もなくみんなで笑い合う。そして、それを糧に明日も頑張ろうって思う。別に日本だけがこんな文化ってわけじゃない。世界中、どんな人もみんな、こうやって酒を飲み交わし、お互いの本音をぶつけ合うんだ」
「…でッ、…でも、何なんですか、この狭さは!タバコ臭くて、喧しくて、男臭くて…」
煙草の煙が目に沁みるのか、ブレンが目をパチパチと激しく瞬かせる。
「…もっと、洒落た静かなところで飲むのかと思っていたのだが…」
正直、俺も戸惑いを隠せなかった。すると進ノ介はニッコリと微笑んで、
「そっか。お前らのコピー元である人間、杵田光晴と志友正喜はわりとインテリな人間だったもんな。こんな庶民レベルの店には来たことがなかったのか?」
と言った。
「さぁ…。そこまでは記憶にないですね」
「ああ。俺もだ」
その時だった。
「進兄さあんッ!!ハートぉッ!!ブレンんッ!!」
剛が俺達を呼んだ。
「今行くッ!!」
進ノ介が軽く手を上げると、
「おい、お前らも行くぞ!」
と俺達を案内するかのように席へと導いた。
「アハハハハハハハハッッッッッッッッ!!!!!!!!」
その後、俺達は滅茶苦茶なことになった。
「…ブ、…ブレン…?」
グビグビとビールと呼ばれるものを飲み続けていたブレンが顔を真っ赤にし、いきなり甲高い声で笑い始めたのだ。
「…ど、…どうした、…ブレン?…顔が真っ赤だが…?」
顔を真っ赤にし、目がトロンと座っている。そして、いかにも人を小馬鹿にするような表情で俺を見ていた。
「…あ〜…」
ニタニタと笑うブレン。
「…ハートが、…ハートが何人もいるう…♥」
そう言った途端、ブレンは俺に抱き付いて来た。
「お、おいッ、ブレンッ!?」
公衆の面前で何と破廉恥なことを!だが当のブレンは、
「ハートが何人もいるんだったら、1人くらい私が貰ってもいいですよねぇ?あったかくて、逞しくて、カッコいいハート…♥」
「おいッ、ブレンッ!!」
俺はブレンを引き離そうとする。だが、ブレンはすうすうと心地良い寝息を立てているだけだった。
「おいッ、チェイスッ!!」
少し離れたところでは、剛が声を上げていた。その目の前にはテーブルに突っ伏した状態のチェイスがいた。
「こんなところで寝んなよッ!!置いて帰るぞッ!!」
「…」
剛がどんなにチェイスの頭を引っ叩いても、チェイスはすうすうと寝ているだけだった。
「あ〜あ〜…」
進ノ介が苦笑する。その顔も真っ赤になっている。
「ブレンもチェイスも、酒は弱かったか…!」
その後、俺がブレンを、剛がチェイスを背負って家路についたのは言うまでもない。