トモダチ 第9話
その瞬間、進ノ介の部屋の中の空気が凍り付いたのが分かった。
乱暴に抉じ開けられたアパートの扉、その目の前に立つ大男の俺、鼻血を出してピクピクと痙攣し、気絶しているメガネの男、そして、太腿にぴったりと密着するように細い紫色のズボンを穿き、その中心部分を大きく盛り上がらせた男がいた。
「…な…、…な…ッ!?」
と目の前、部屋の中でベッドの上に寝転んでいた男がみるみるうちに顔を真っ赤にし、そして、その男に跨るように座っていた茶髪の男も今にも零れ落ちそうなほど目を大きく見開いて見ていた。まるで、何かおぞましいものを見るかのように。
「…お、…お前…ら…!?」
いつの間にか、俺の顔も真っ赤になっていた。と、次の瞬間、
「「うぅわああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」」
と中にいた2人、進ノ介と剛が悲鳴とも絶叫とも似つかない声を上げ、
「いやあッ!!」
と進ノ介はシーツを引っ掴むとそこに包まるようにし、剛はその反動で進ノ介から突き飛ばされ、
「うわああああッッッッ!!!!」
と悲鳴を上げてベッドから転げ落ち、後頭部を打ち付けると、
「痛ってええええッッッッ!!!!」
と悲鳴を上げ、その場でゴロゴロと転がった。
「…な…な…な…ッ!?」
目の前の進ノ介が大きく目を見開き、状況をいまいち掴めていないのか、口をパクパクとさせている。
「…お、…お前達…、…一体、…な…!!」
何をやっているんだ、と言いかけた時だった。
「ひやああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
突然、ブレンが奇声を上げ、物凄い勢いで立ち上がったのだ。そして、
「…あああ、…あなた方は…ッ、…一体、…何をやっているのですかああああッッッッ!!!!!!??」
と物凄い形相で叫んだ。しかも、鼻からは鼻血がぽたぽたと滴り落ちている。
「…そッ、…それは…ッ、…こっちのセリフだああああッッッッ!!!!」
剛が起き上ると、俺に掴み掛かって来た。
「てんめえッ!!何て馬鹿力出してやがんだッ!!アパートのドアをぶっ壊すことあるかあッ!?」
「…いや、…それはお前達が応答しないからだ…」
ふんふんと相変わらず鼻息が荒い剛。それに冷静に答える俺。
「ちょうどその時、進ノ介の悲鳴とも絶叫とも似つかない声が聞こえた。だから俺は室内で余程大変なことが起こっているに違いないと判断してな、無理矢理に抉じ開けたと言うわけだ」
剛は目を大きく見開いたまま、口をパクパクとさせている。
「分かったら、さっさと退け!」
俺はそう言うと、進ノ介の方へ向かって歩き始めた。
「…い、…嫌…!!」
顔を真っ赤にして、目にいっぱい涙を溜めた進ノ介。上半身は真っ白なシャツを身に付け、シーツを体にぐるぐると巻いている。それはまるで、そこに女の子でもいるかのような錯覚をもたらした。
「大丈夫か、進ノ介?」
俺はそう言いながら、進ノ介の体を包んでいるシーツを剥がそうとした。その途端、
「嫌あッ!!見ないでぇッ!!」
と、進ノ介が何故か、女性の言葉遣いで言う。
「どうしたのだ、進ノ介ッ!?」
進ノ介の性格まで変わってしまったのかと思うほど、正直、俺は焦っていた。
「…進兄さあん…、…何やってんの…?…いきなり、何で乙女になってるわけ…?」
その時だった。剛が俺の背後で腕組みをし、しらぁっとした表情で進ノ介を見下ろしている。
「…あ…」
剛のその顔に急に真顔に戻った進ノ介は姿勢をただすと、咳ばらいをし、
「…な、…何でもない。…だからハート、…少し、…離れてくれないか…?」
と言って来た。
「だがお前は怪我でもしているんじゃないのか?それに…」
俺はその時、進ノ介がくるまっているシーツから今までに嗅いだことのないような匂いがしているのに気付いた。
「…何だか、変な臭いがするのだが…」
そう言って進ノ介のシーツを剥がそうとした。その時も、
「嫌あッ!!止めてえッ!!」
と進ノ介が悲鳴を上げる。
「どッ、どうしたと言うのだッ、進ノ介ぇッ!?」
俺のライバルは実はこんなにか弱く、情けない人物だったのかと腹立たしさを覚えたその時だった。
「…フッフッフ…!!」
突然、背後からブレンが低く笑い始めた。
「…私には全てが分かりましたよ…!」
「…ブレン?」
目をギラギラとさせながら妖しい笑みを放っている。そして、鼻からは血が相変わらずボタボタと垂れている。
「ああッ、もうッ!!これでも突っ込んどけッ!!」
いつの間にか、剛がティッシュをクルクルと丸め、先端部分を鋭く尖らせたかと思うと、それをブレンの鼻の双方の穴に突っ込んだ。
「ふがッ!?」
その途端、ブレンが素っ頓狂な声を上げるも、
「…泊進ノ介…。…あなたは今、下半身は裸ですね?…しかも…、…あなたの急所はいやらしい液体でぐしょぐしょに濡れている…!!…そう、…そこにいる剛のように…!!」
「「んなッ!?」」
進ノ介と剛が同時に声を上げたような気がした。
「…オッ、…オレまで巻き込むなッ!!」
剛が顔を真っ赤にし、ブレンの頭をすぱぁんと叩いた。
「あ痛ッ!!」
ブレンが頭を押さえて蹲る。そして、
「…だ、…だってそうでしょう!?…あなたのその短パンの、あなたの急所部分がぐしょぐしょに濡れている!!…そして、この独特の臭い。…ズバリッ、あなたと進ノ介はセックスをしていたのでしょうッ!?」
と、どこかのアニメに出て来るキャラクターのように右手の人差し指をビシッと突き出し、勝ち誇った笑みをしている。
「…セックス…?…何だ、それは…?」
「…それは…」
「ひぎゃああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
ブレンが悲鳴とも絶叫とも似つかない声を上げるのも無理はない。
「…チェ、…チェイス…!」
剛までもが脱力してその場に崩れ落ちている。
「…な、…何で、お前はいつもそうなわけ…?…何で、…いきなりヌッと現れるんだ…?」
「…いつも…?…俺は至って普通だが…?」
チェイスは相変わらずきょとんとしている。
「その普通が異常なんだよッ!!」
剛が声を荒げる。
「で、何なのだ?その、セックス、とやらは…?」
俺がそう尋ねると、
「セックスとは、恋人同士、いや、男女がお互いの愛情を確認し合うために、お互いの体を愛撫し合うことですよ…!…まぁ、一種の種の保存行為とも言いますが…」
と、ブレンが言った。
「…それと、…進ノ介と剛はどう関係があるのだ?」
俺が尋ねると、ブレンはもどかしいのか、やや落ち着きを失いながらも、
「だから、その行為を進ノ介と剛がしていたと言うことですよ!」
と言った。そして、ツカツカと歩み寄ったかと思うと、進ノ介がくるまっているシーツを強引に、しかも、あっと言う間に引き剥がしたのだ。と、次の瞬間、
「…あッ!?」
と、進ノ介が短い声を上げたのだった。