逆転有罪 第4話
トウフ国――。
緑豊かな穀倉地帯が広がる広大な国。この国で生産される穀物のほぼ全てが世界中へ輸出され、それでこの国の経済が成り立っていると言ってもいいだろう。
農業国だけあって、人々の生活はシュゴッダムやンコソパ、イシャバーナに比べ、決して豊かとは言い難い。だが、人々は世界中の食を担っていると言う自負があり、のどかでのんびりとした風土に心豊かだった。
「これはこれは、ラクレス殿ッ!!」
少しだけ小高い丘に大きく聳え立つ城・タキタテ城。その大きな広間で、これまた大きな体格の男・カグラギ・ディボウスキがニコニコと愛想笑いを浮かべ、その大きな体をゆっさゆっさと揺すりながらラクレスに歩み寄った。
「わざわざのお越し、いたみいりまするッ!!」
「…フン…ッ!!」
奇抜な着物に身を包んだカグラギを一瞥するかのように見ると、ラクレスはフンと鼻で笑う。
「相変わらず、おべっかを使うのが上手いな、カグラギ」
その鋭い眼差しに、カグラギは一瞬、違和感を覚えたが、ニコッと微笑むと、
「何を仰います、ラクレス殿ッ!!私はいつも、何人にもこのように心を込めて、盛大におもてなしをさせていただいておりますッ!!」
と言った。
「…そうか…」
「…それでぇ…。…今日は、どのようなご用件で?」
ラクレスがカグラギのもとをいきなり訪ねるのは今までにも何度もあった。だが、昨日の今日でカグラギのもとへやって来ると言うことに、カグラギは違和感を抱いたのだ。
「…ギラ…」
「…え?」
ラクレスの口から出た言葉に、カグラギが眉をピクリと動かす。
「昨日のゴッカンでの裁判、お前はどう思った?」
「…ぁああああぁ…!!」
何かを思い出したかのような表情を浮かべ、カグラギはわざとらしいくらいに大声を出す。そして、
「いやあッ、驚きましたなああああッッッッ!!!!」
と、体を仰け反らせ、両手を大きく挙げて言った。
「まさか、ラクレス殿の弟君でござったとはッ!!私、ラクレス殿に弟君がいらっしゃったことなど、全ったく存じ上げませんでしたあッ!!いやあッ、ビックリビックリいいいいッッッッ!!!!」
その時、ラクレスの目がカグラギを睨み付けるかのようにギロリと向いた。
「…あ…、…い、…いやいや…」
ゴホンと咳払いをし、やや顔を曇らせ、カグラギは言葉を続ける。
「…しかし…。…いくら、ラクレス殿の弟君とは言っても、バグナラクと繋がっているようでは将来が心配ですなぁ。…やはり、ここは早いうちに排除すべき、かと…。強盗団の親玉と言う噂があるくらいですしぃ、毒虫を食らう化け物、とも言われておりますしぃ…。…それにぃ、彼は自身のことを邪悪の王などと称しておりますしぃ…」
「…お前もそう思うか、カグラギ?」
ニッコリとするラクレス。その表情には安堵感が窺える。
「えぇえぇッッッッ!!!!この世界を脅かす存在は、早いうちに手を打つべきでしょうッ!!それが、この国のみならず、世界をも救うことになるのですッ!!」
「…そうか…」
その瞬間、禍々しい気が辺りを包み込んだ。
「…ラ…、…ラクレス…殿…?」
「ならば、お前にも手伝ってもらうぞ、カグラギッ!!」
その刹那。
ドシュッ!!
突然、鋭い音が聞こえ、
「…あ…ッ!!」
と言うカグラギの短い声と共に、その巨体がぐらりと揺れた。
「…ラ…、…ク…レ…、…ス…殿…ッ!?」
ドサッと言う音を立て、カグラギが跪く。
「…え?」
その腕には、真っ青な液体が入った注射器のようなものが突き刺さっていた。
「…ククク…!!」
普段から鋭い目付きをしているラクレス。その目が更に吊り上がり、口元には不気味な笑みが広がっている。
「…相変わらずの二枚舌だな、カグラギ…!!」
「…ラ…クレス…、…殿…!?…な…に…を…ッ!?」
強烈な寒さがカグラギを襲い、体がガタガタと震えて来る。その顔は真っ青を通り越して青紫色になり、意識が朦朧として来る。
「…こ…ッ、…これ…、…は…ッ!?」
その時、カグラギはラクレスが手にしている小瓶を見ると、目を大きく見開いた。
「…ゴッドスコーピオ…」
「…ッッッッッッッッ!!!!!!??」
信じられないと言う表情でラクレスを見上げるカグラギ。
「お前も知っているだろう?15年前、イシャバーナ国に大きな被害をもたらした神の怒り。その際、前国王と国王妃が何者かによって殺された。その時に使われていたのが…」
「…スコピー…の…、…毒…!?」
「…フンッ!!」
ラクレスがカグラギを侮蔑するかのように見下ろす。
「あっちでいい顔をしたと思ったら、今度はこっちでもいい顔をする。貴様のその八方美人な性格が、私は大嫌いだッ!!」
「…ぐ…ッ、…うううう…ッッッッ!!!!」
ブルブルと震える体を何とか動かし、ラクレスに覆い被さるように正面から伸し掛かろうとする。
「…ラク…、…レスうううううううう…ッッッッッッッッ!!!!!!!!」
怒りなのか、それまで青紫色だった顔に俄かに赤みが差す。
「…民の…、…ため…には…。…泥に塗れて…、…手を汚す…ッ!!…それが…ッ、…国の主たる姿だああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「…ならば、これからは私のために手を汚していただこう…!!」
その瞬間、ラクレスの目が真っ赤に光り、その注射器の中の液体を物凄い勢いでカグラギの体内に注入したのだ。
「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
カグラギが絶叫し、その場に倒れ込んだ。その様子を、ラクレスは満足げに見下ろしている。
「…さぁ…。…起き上がれ、カグラギ…!!」
暫くすると、
「Hatch it!!」
と言うけたたましい音声が聞こえ、同時にカグラギの体がゆらりと立ち上がる。
「…」
カグラギが手にしているオージャカリバーが黒く輝いている。オージャカリバーのハチのスイッチを押したのだ。そして、立て続けに鍔のトンボ、カマキリ、パピヨンのスイッチを押した時、オージャカリバーは眩く輝いていた。
「…王鎧…、…武装…!!」
その瞬間、カグラギの体を眩い繭のようなものが包み込み、その繭のようなものが消えた時、カグラギの体は漆黒のスーツに包まれていた。
「Hatch it!!オージャーッッッッ!!!!」
全身黒色のスーツ。その胸の部分には装甲が施され、右胸にはトウフ国のエンブレムが施されている。体の側面は中心部に比べて灰色で、マスクはハチのデザインが模られていた。そして、左肩には王の威厳を示すマントが垂れ下がっていた。
ハチオージャー。それが、カグラギが王鎧武装した姿だった。
「…ククク…!!」
満足げに笑みを浮かべるラクレス。
「…頼みましたよ、カグラギ殿…。…私は、あなたを助けてくれる御仁のもとへ行って来るとしよう」
ぽんと肩を叩くと、ラクレスは静かにタキタテ城を後にした。
「…」
ハチオージャーのマスクの中でぼんやりとしているカグラギ。その瞳からは輝きが消えていた。
「…待ってろ…、…ギラ…」
怒りに満ちたラクレスの表情。目付き鋭く、前を睨み付ける。
「…貴様の息の根、必ず、止めてやる…!!」