逆転有罪 第6話
ゴッカン国――。
永久凍土と雪に閉ざされた最果ての地。招かれぬ者は入れず、許されざる者は逃がさない最果ての牢獄。その国民構成は身寄りがない者、体裁に異を唱える者、はぐれ者達が殆どであり、そのようなところだから、好き好んで住む着く者はおらず、他の国と比べて極貧の国であることは間違いなかった。
また、この国は全ての国際犯罪者がその罪を裁かれる各国中立のための国際裁判所としての役割も担い、裁かれし者は城内のマイナス10℃の牢獄に投獄される。そして、雪かきと言う名の懲役刑を受ける者が殆どであった。
そんな永久凍土のゴッカン国の中心部に聳え立つ豪雪の山脈に閉ざされたザイバーン城は、裁判所としての機能を持つこの城を象徴するかのように、大きな天秤を城の両翼に備え付け、中央には巨大なシュゴッド・パピヨンがその羽根をゆっくりと羽ばたかせていた。
「…何しに来た…?」
城内の中央部分。雪と氷の結晶できらきらと眩く輝く室内。まるで氷で作られたかのような玉座の前にオージャカリバーを突き立てるようにし、仁王立ちしている人物。男性なのか、女性なのか分からないそのミステリアスな風貌の中に、王としての威厳が漂っている。リタ・カニスカ。ゴッカン国の王であり、国際裁判所の裁判長である。
「…先日の判決の異議申し立てに来たのか?…だが、あれが覆ることはない。諦めろ」
リタがそう言い、鋭い眼差しを向けたところに佇む1人の男。
「それは分かっている」
穏やかな笑みを浮かべて、ラクレスが言った。
「あなたのその的確な分析力は大したものだ。あっと言う間にギラが私の弟であることを見抜いてしまったのだから」
「当たり前だ。法とは、弱き者を守るもの。正しい判決を下すためには、様々な事象や記録を入念に確認し、公平な判断をしなければならない。1人の人間の意見で全てを判断するわけには行かない」
「1人の人間、とは?」
「貴様のことに決まっているだろう」
微動だにしないリタ。その目はただひたすら、目の前のラクレスをじっと見つめている。
「5王国同盟を自ら破棄し、この世界を自らの手で支配しようとしている。そんな者のどこに信頼が置ける?」
リタがそう言うと、ラクレスは苦笑し、
「…やれやれ…。…私はどこに行っても嫌われ者だな…」
と言った。
「貴様がして来たことの結果だ」
リタの冷たく低い声が響き渡る。
「5王国同盟を破棄し、シュゴッダムのその先進的な技術力を使い、ンコソパを侵略しようとした。それは国際秩序を乱すものに他ならない」
「だが、それはンコソパ国王・ヤンマ・ガストが私を裏切ったからであって…」
「裏切ってなどいない。彼はンコソパの民を思ってのこと。自身が治める国を守ることは、王として当然のこと。それに、彼は貴様の侵略を受けても、国を守るために戦うことはすれども、シュゴッダムに攻め入ることはなかった。ある意味、国を守るための正当防衛とも言える。…だが、貴様はどうだ…?」
リタの冷たい眼差しが、その体が微動だにすることはなく、淡々と言葉を続ける。
「貴様は様々な罪を犯している」
「…何?」
その時、ラクレスの顔がピクリと動いた。
「…神の怒り…。…あれは貴様が仕向けたことだろう?」
「…ッッッッ!!!?」
ラクレスの目がカッと見開かれた。
「…まず、コーカサスカブト城からギラを追放し、街の養護施設に押し込めた。これは監禁罪だ。お前は、自身の王位継承がギラによって脅かされる、そう考えた。そのため、神の怒りと言う混乱を自ら起こし、そのどさくさに紛れてギラの記憶を何らかの形で奪い、そして養護施設に押し込めたのだ」
そう言ったリタの目がギラリと光る。
「…それがもし…、…ゴッドスコーピオの毒によるものだとしたら。貴様は殺人未遂罪、および、劇物取扱違反の罪に問われることになる…。…更に…」
そこまで言うと、リタは一息吐き、間を取った。
「…貴様が…、…バグナラクと手を組み、この世界を支配しようとしたとしたら…。…それは明らかな国際秩序に対する挑戦であり、国際秩序を乱すものである。決して許すことは出来ない」
その時だった。
「…ククク…!!」
突然、それまで黙っていたラクレスの口元が不気味に歪み、低く笑い始めたその瞬間、
「…ック…ッ!!…クク…ッ、アーッハッハッハッハ…ッッッッ!!!!」
と大声で笑い始めたのだ。
「…何がおかしい…?」
リタはあくまでも冷静にラクレスに尋ねる。するとラクレスは、
「おかしいさ!!さすがはリタ殿!!私の行いを全て見抜いておられたとは!!」
と言い、その目をギラリと光らせた。
「…やはり…、…か…」
リタは小さく溜め息を吐く。
「…そうだ…。…15年前の神の怒りは私が起こしたことだ。全ての国を支配するため、そして、始まりの国である我がシュゴッダムが全世界を支配するため、私は全ての国の国王や支配者を殺害し、排除した!!そうすることによって跡を継ぐ者はガキどもばかりだからなあッ!!私が簡単にこの世界を支配出来ると考えたのさ!!だが、お前達は私の予想の斜め上を行った!!」
ラクレスの顔がみるみるうちに真っ赤になって行く。
「お前達は決して私に靡かないッ!!お前達はお前達の力でそれぞれの国を治め始めたのだ!!」
「当たり前だ。国の王たるもの、そのくらいのカリスマ性と知恵を持ち合わせていなければ、国を治めることなど出来ない」
「それが邪魔だと言っているのだああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
ラクレスが怒鳴る。その時だった。
「…1つ、聞いてもいいか?」
「…あ?」
リタがじっとラクレスを見下ろしている。
「…貴様は…、…貴様の父親、先代の国王をも殺害したのか?」
「…だったら、何だと言うのだ…?」
「…やはり…、…か…」
その時、不意に冷たい風が吹き、リタの顔の右半分を隠していた長い髪が揺れた。
そこから現れたもの。銀色に光る瞳。リタのオッドアイの片方だった。
「…ラクレス…。…やはり、貴様は有罪だ…!!…私は決して許さない…!!」
「…ああ…」
ラクレスが静かに頷く。
「…私にとって、父も不要な存在だった。ギラばかりを可愛がり、私を退けようとしているのが目に見えて分かっていた。だから、私は父をも殺したのだ!!…そして…!!」
「…何…ッ!?」
その時だった。
ドシュッ!!
背後にいつの間にか忍び寄っていた金色に冷たく光る触手のようなものが、リタの体に突き刺さっていた。
「…ククク…!!」
冷たく輝く広間の真ん中で、その冷たい床の上に倒れ込んだリタを侮蔑の眼差しで見下ろしている。
「…さぁ、お前も私の手となり足となれ…!!」
その時だった。
ゆらぁっとリタが起き上がったかと思うと、
「Pop it on!!」
と言うけたたましい音声が聞こえ、リタが手にしているオージャカリバーが紫色に輝いている。オージャカリバーのパピヨンのスイッチを押したのだ。そして、立て続けに鍔のトンボ、カマキリ、ハチのスイッチを押した時、オージャカリバーは眩く輝いていた。
「…王鎧…、…武装…!!」
その瞬間、リタの体を眩い繭のようなものが包み込み、その繭のようなものが消えた時、リタの体は鮮やかな紫色のスーツに包まれていた。
「Pop it on!!オージャーッッッッ!!!!」
全身紫色のスーツ。その胸の部分には装甲が施され、右胸にはゴッカン国のエンブレムが施されている。体の側面は中心部に比べて濃い紫色で、マスクはパピヨンのデザインが模られていた。そして、左肩には王の威厳を示すマントが垂れ下がっていた。
パピヨンオージャー。それが、リタが王鎧武装した姿だった。
「…このリタ・カニスカは揺るがない…!!」
パピヨンオージャーのマスクの中でぼんやりとしているリタ。その瞳からは輝きが消えていた。