逆転有罪 第24話
トウフ国――。
「これはこれは、ギラ殿ッ!!」
その巨体をゆっさゆっさと揺らしながら、大柄の男がニコニコと微笑みながら歩いて来る。
「…カグラギ…」
「…おや?何だかお顔が優れませぬなぁ…」
どことなく元気がないのを一発で見抜いたのか、ギラの顔を見ると、カグラギは怪訝そうな表情を浮かべた。
「どこか、お体の具合でも?」
「…いや…」
それだけ言うと、ギラは目を伏せ、黙り込んでしまう。
「…まあ、取り敢えずッ!!ささッ、こちらにッ!!」
「…え?…あ…」
長い袖を付けた大きな着物でギラを包み込むように腕を回すと、カグラギはギラをこれまた大きな座布団の上に座らせた。そして、
「さあッ、ギラ殿ッ!!たぁんとお食べ下さいッ!!トウフ国の恵みをッ、たぁっぷりとおおおおッッッッ!!!!」
「…え…ッ!?…ええええ…ッッッッ!!!?」
ギラが驚いて目を見開く。
「…ちょ…ッ、…ちょっと…ッ、…カグラギ…ッ!?」
ギラの目の前に次々に運ばれて来る膳。
「トウフ国で取れたお米、野菜、果物、肉類。そして、トウフ国の近海で獲れる魚の数々ッ!!どうですッ!?こんなに食が豊かな国はこのトウフ国以外にはないでしょうッ!?」
「…そッ、それは分かってるけどッ!!…カグラギいいいいッッッッ!!!?」
ウットリとした眼差しをどこかへ投げかけ、自身の国の食の豊かさに陶酔しているカグラギをよそに、ギラのもとには、いつの間にか、10を超える膳が並べられていた。そこから美味しそうな匂いが漂って来る。
「…ッ!!」
ギラは顔を引き攣らせ、息を呑み込んだ。
「…まさか…、…こんなにも大量の料理を食べられぬ、とは仰いませんよなあ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、カグラギはギラに近付く。そして、
「…邪悪の王…殿…」
と囁くように言った。その瞬間、ギラの目がカッと見開かれ、
「…そッ、…そうだああああッッッッ!!!!オレ様はあッ!!邪悪の王ッ!!邪悪の王に不可能はないのだああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
と大声で叫んでいた。
「おおおおッッッッ!!!!さすがはギラ殿ッ!!この世界を支配するお方よおおおおッッッッ!!!!」
目を細め、ギラを持ち上げるカグラギ。
「ささッ、ギラ殿ッ!!お熱いうちにお召し上がり下さいな」
「うむッ!!」
そう言うと、ギラは箸を持ち、膳に並べられた料理を食べ始める。膳の上に載せられている器には少しずつ、様々な種類の料理が載せられており、食べられない、と言った量ではないように思われた。
「…美味しい…」
「でしょうッ!?我がトウフ国の自慢の料理人が、心を込めて作った料理の数々。あ、これぞ、まぁさぁにぃッ、おぉもぉてぇなぁしいいいいッッッッ!!!!」
「うるさいよ、カグラギ」
「…おや?」
ぼそっと呟くように言ったギラの言葉に、カグラギは目をパチパチと瞬かせ、寂しそうに笑った。
「…で?…今日はどのようなご用件なのです?」
その場の空気を変えるようにカグラギがそう言った時、箸を持つギラの手が止まっていた。そんなギラを見て、
「…ヤンマ殿…、…ですか…?」
と、カグラギが静かに声を発する。
「…」
ギラは微動だにしない。するとカグラギは、
「…ヤンマ殿と…、…何かあったのですな?」
と言った。
「…僕は…」
ギラは、手に持っていた箸と器を静かに膳の上に置く。
「…僕は…。…ヤンマに…、…僕のことが好きだ、忠誠を誓う、と言われた…」
「…何と…!!」
驚いて目を見開くカグラギ。
「…けど…。…僕は、ヤンマのことをそんなふうに見たことがなくて…。…ヤンマのことは仲間だと思ってるし、それこそ、兄のようにも思ってる。養護施設で甘い汁を吸い、のんびりと生きて来た僕なんかと違って、ヤンマはンコソパのスラム街から独り身でてっぺんまで上り詰めたんだ。常に先を見据え、信念を曲げない。だからこそ、国民が付いて来る。ラクレスにも教えてやりたいくらいだ」
「…まぁ、ヤンマ殿は一本気な性格ですからなあ…」
「そんなヤンマに忠誠を誓うと言われて、僕も悪い気はしなかった。けど、この世界を支配するとか言いながら、僕は全ての国が平等であり続けたいと思ってる。みんなが対等で、みんなが平等で。そうじゃなきゃ、誰かがラクレスのようになってしまう。それじゃあ、この世界が本当の意味での平和にならない」
「いいのではないですか?」
「…え?」
思わず見上げる。すると、そこには優しい笑みを浮かべるカグラギがいた。
「ギラ殿はギラ殿。ラクレスはラクレス。ギラ殿が思ったようにシュゴッダムをまとめ、我々と共存すればいいのです。ギラ殿が対等の付き合いを望むのなら、我々も手を取り合い、一緒に未来を目指して行くだけのこと。ギラ殿がヤンマ殿と仲良くしたいのであれば、それでいいではないですか?ヤンマ殿を兄のように慕うのであれば、それで良いではありませぬか!!」
「…カグラギ…」
カグラギの優しい言葉に、ギラの顔にはいつの間にか、笑みが浮かんでいた。
「…何だか、父さんと話しているような気分だ…」
「…ありゃ?」
ギラの言葉に、カグラギは体をカクンと傾けると、素っ頓狂な声を上げた。
「…ギ…、…ギラ殿?…そ、…それはあまりなお言葉ではございませぬか?…そ、そりゃ、私はギラ殿やヤンマ殿よりも年は行っておりますが、父親、と言うほどの年齢ではないのですが…」
そう言った途端、
「おおうおうおうおうおうッッッッ!!!!」
と泣き真似を始める。そんなカグラギを見て、
「あははははははははッッッッッッッッ!!!!!!!!」
と、ギラが笑い始めた。
「おおうおうおうおうッッッッ!!!!やはり、ギラ殿は笑っているお顔が一番凛々しいッ!!」
カグラギがニッコリとして言うと、
「…ありがと、カグラギ」
とギラが言った。
「少しは気が晴れましたかな?」
「ああッ!!」
「では、お食事の続きを」
その時、カグラギの目がギラリと光った。
「…邪悪の王殿…!!」
「…ンナーッハッハッハッハッッッッ!!!!ンナーッハッハッハッハッッッッ!!!!オレ様は邪悪の王ッ!!トウフ国の恵みとやらを、残さず食らい尽くしてやるわああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
「おおうおうおうおうおうッッッッ!!!!たぁんとお召し上がり下されッ!!お代わりもございますれば、お気に召したものがございましたら、たぁんとお召し上がり下さいませええええええええッッッッッッッッ!!!!!!!!」
カグラギの言葉に乗せられるように、目の前の器に盛り付けられた料理をガツガツと食べ始めるギラ。
「…ククク…!!」
そんなギラを見ながら、カグラギは袖で顔を隠しながら低く笑った。
「…仕込みは上々…!!」
だらりと下がった大きな袖の中から、カグラギが取り出したもの。
小さなビンに入った、毒々しいほどに真っ青に輝く液体。
「…たくさんお召し上がり下さい…。…そして…、…ゴッドスコーピオの毒に犯されて行くのです…!!」
その目が真っ赤にギラギラと輝く。
「…全ては…。…ラクレス殿のため…!!」