逆転有罪 第30話
その日、シュゴッダム国は物々しい雰囲気に包まれていた。いや、物々しい雰囲気に包まれていたのはシュゴッダム国だけではない。ンコソパ国も、イシャバーナ国も、ゴッカン国も、そして、トウフ国も同じだった。
ウィィィィン、ウィィィィン…。
朝からモニターのような機械が国中に飛び回り、人々はそのモニターに映し出されようとしている映像を今か今かと待ち侘びていた。
そして。
正午。
『チキューの民達よ…』
静かに語られる低い声。リタ・カニスカ。
『これより、シュゴッダム国においてギラ・ハスティの公開処刑を行う』
そう言った時、そのモニターの映像がパッと切り替わり、そこにギラが映し出された。その瞬間、そのモニターを注視していた民衆から歓声と罵声に似た声が上がる。
『…ん…ッ!!…んん…ッ!!』
モニターに映し出されたギラ。一段高い壇上になったところで両手を頭上に一括りにされ、懸命に体を捻ろうとしていた。
『…く…ッ、…くそ…ッ!!』
『おおっとぉッ!!無駄だよ、ギラ』
ニコニコ笑顔のジェラミー・ブラシエリがモニターの中に入って来た。
『キミの両手はゴッドタランチュラがしっかりと捕らえている。キミは逃げられないんだよ』
『…ジェ…ラ…ミー…ッ!!』
低く呻くようにしてジェラミーを睨み付けるギラ。だが、その両手にはゴッドタランチュラから吐き出された無数の糸によってしっかりと拘束され、ろくに動くことすら出来ない。ジェラミーは苦笑して、
『…やれやれ…。…キミ独りで何が出来ると言うんだい?』
と言った。するとギラは、
『オレ様は邪悪の王ッ!!ラクレスの野望を打ち砕き、貴様らの野望をも打ち砕くッ!!そしてッ、この世界を支配するウウウウウウウウッッッッッッッッ!!!!!!!!』
と大声で叫んでいた。だがその瞬間、世界各国の民衆からは嘲笑が聞こえていた。
『…やれやれ…』
ジェラミーは小さく首を振ると、
『…お前さん…。…今の自分の立場を分かっているのかい?』
と言った。
『お前さんはこれから処刑されるんだ。最も残酷な方法でね。お前さんはプライドも何もかもをズタズタにされ、処刑の後には、廃人のようになって生きて行くのかもしれないね…』
『…僕を…』
その時、心なしか、ギラの声が震えていた。
『…僕を…、…どうする気だ…!?』
『安心するといい、ギラ』
ニッコリと微笑むジェラミー。だが、その目が真っ赤にギラリと光る。
『キミのことは、後世語り継いで行くことにするよ』
その時だった。
『お喋りはそこまでだ』
静かな、だが、威厳のある声が聞こえた。そして、
…コツ…。…コツ…。
と言う足音と共に、シュゴッダム国王・ラクレス・ハスティが姿を現すと、世界各国の民衆から大きな歓声と拍手が上がった。
「…ラク…、…レス…うううう…ッッッッ!!!!」
シュゴッダム国の城前の広場には無数の民衆が押しかけ、ギラの処刑を見届けようと目を輝かせている。そんな群衆とギラとの間に静かに立ち、ギラを見つめるラクレスの瞳は穏やかだった。
「…貴様…ぁ…ッ!!…貴様自身が何をして来たのか、分かっているのかッ!?」
「…私自身が…、…か…?」
「ああッ、そうだッ!!貴様は邪知暴虐の限りを尽くし、シュゴッダムの民を苦しめた。それだけじゃないッ!!ンコソパやイシャバーナ、ゴッカン、そしてトウフにまで侵略の手を強め、世界中を我が物にしようとしたその罪ッ!!このオレ様がッ!!成敗してくれるわああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
その時だった。
「…フッ!!…フフフ…ッッッッ!!!!…あーっはっはっはっは…ッッッッ!!!!」
突然、ラクレスが大声で笑い始めた。いや、大声で笑い始めたのはラクレスだけではなかった。
「…え?」
ギラが呆然とするのも無理はない。ラクレスの後ろで事の成り行きを見守っていた群衆や、各国の民衆も笑っていたのだ。
「…貴様…」
目に涙を浮かべて笑うラクレス。
「…貴様…。…自分の立場は分かっているのか…?」
「…く…ッ!!」
ゴッドタランチュラの無数の糸が体中に絡み付き、身動きが取れないギラ。
「…こ…ッ、…こんなもの…ッ!!」
懸命に体を揺り動かし、その糸を断ち切ろうとする。だが、しつこいほどに絡み付く粘着質なそれは一向に外れることはなかった。
「…く…っそ…オオオオオオオオオオオオオオオオ…ッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「無駄だ、ギラ」
ラクレスが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「…そもそも、貴様に味方する者は誰もいない」
そう言ったラクレスの右手がスゥッと動き、群衆を指さす。その者達の目を見た途端、
「…ッッッッッッッッ!!!!!!??」
と、ギラは目を大きく見開き、
「…あ…あ…あ…あ…!!」
と、俄かに体を震わせ始めた。群衆の目が真っ赤にギラギラと光っている。
「…ま…、…さ…か…!?」
「そうだ。そのまさか、だ!!」
ラクレスが目を大きく見開き、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「…シュゴッダムの民は…、…いや、世界各国の民は全てゴッドスコーピオの毒を供された。つまり、この世界全てが、私の支配下に置かれたのだああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!あーっはっはっはっは…ッッッッ!!!!」
ラクレスの高らかな笑い声が静寂の中に響き渡る。
「…何て…、…何て…ことを…!!」
呆然とし、呟くように言うギラ。その目が伏せられたその時だった。
「…フンッ!!」
不意にギラがニヤリと笑い始めた。そして、
「ンナーッハッハッハッハッッッッ!!!!ンナーッハッハッハッハッッッッ!!!!」
と大声で笑い始めたのだ。
「…狂ったか?」
ラクレスが尋ねると、
「狂ってなどいないッ!!」
とはっきりと言ってのける。
「…世界中の民が、貴様の支配下に置かれた、だと!?…笑わせるなッ!!…まだ、オレ様がいるッ!!…このオレ様がゴッドタランチュラの蜘蛛の糸を断ち切り、邪知暴虐の限りを尽くす貴様を打ちのめしてくれるわああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
その時だった。
「…醜い…。…さっきからゴッドタランチュラの糸を振り解こうとして振り解けないでいるのに…!!」
ラクレスの背後、群衆の前で椅子を並べて座っている各国王。その中でヒメノ・ランがぼそっと呟くように言った。
「どうでもいいから、さっさと処刑して下さる?」
その時だった。
「…そう…、…だな…」
椅子から立ち上がると、ヤンマ・ガストが尻をぱんぱんと払うようにして立ち上がる。そして、
「おい、ラクレスのおっさんよぉ。いい加減、代われや!!」
と言い放った。その言葉に、ラクレスは一瞬、ムッとしたようだったが、
「…いいだろう…」
とだけ言うと檀上から下りる。代わりに、ヤンマがゆっくりと壇上に上った。