逆転有罪 第37話
シュゴッダム国――。
ゴウウウウンンンン、ゴウウウウンンンン、と言う大きな歯車がギシギシと軋めきながら動く巨大な工業力を誇る国。その吹き抜けになった大きな広間の最奥部の、これまた工業国らしく歯車をあしらった玉座にポツンと座り、ラクレスは空を見つめていた。
「随分と浮かない表情だねぇ、ラクレス」
その声に、チラリと視線だけを動かすと、再びぷいっと視線を外す。
「おおっとぉッ!!」
ジェラミーが苦笑し、困ったような表情でラクレスの目の前にやって来ていた。
「どうしたんだい?最近、随分と覇気がないようじゃないか…?」
「…」
その時、ラクレスは小さく溜め息を吐き、
「…最近、何だか、妙に空しくてな…」
と言った。
「おおっとぉッ!!珍しいなァ。キミの口からそんな言葉が飛び出すなんて!!こりゃ、天変地異の前触れかな?…それとも…」
ジェラミーの目が悪戯っぽくギラリと光ると、
「…ギラがいなくなって、寂しい思いをしているのかな…?」
と言った。その途端、ラクレスの目がギラリと光り、ジェラミーを睨み付けたのだ。
「馬鹿なことを言うな!!あいつは反逆者だ!!この私に逆らい、この国だけではなく、この世界全体を転覆させようとしたのだぞ!?」
「けれど、お前さんはギラをゴッカン国の牢屋に永久にぶち込むことを望んだ。だが、ギラはンコソパ国王に取られてしまった…」
そうなのだ。
あの裁判の後、コーカサスカブト城の前の広場でお互いに性行為に及んだギラとヤンマ。その時、グッタリしたギラを、ヤンマはンコソパへと連れ去ったのだった。
「それだけではない。この私の王位たる象徴であり、この城の要であるオージャクラウンランスをも奪い去ったのだ!!」
その時、ラクレスは目を大きく見開き、怒りに体をブルブルと震わせ始めた。
「…あの…、…若造が…ああああ…ッッッッ!!!!」
「おおっとぉ…」
ジェラミーは肩を竦める。
「あの槍はこの世界を自らのものにすると言う象徴でもあったからねぇ…。…それだけじゃない。…ヤンマがギラを奪い去ったと言うことは、この世界を転覆させようとした反逆者をこのシュゴッダムが監視することが出来なくなったと言うことを意味している。ンコソパにその身柄を移せば、ンコソパが権力を握ったと誤解されても仕方がない」
そこまで言うとジェラミーはニッコリと微笑み、
「…ヤンマに…、…してやられたね…?」
と言った。するとラクレスは、
「…く…ッ!!」
と悔しそうに呻く。
「でもまぁ、それ以外の国は君にとっても協力的だからね。…特に、イシャバーナは」
「…フンッ!!」
ラクレスは鼻で笑う。
「ゴッドスコーピオの毒が民達の体内で薄れて行くのを防ぐために、定期的に接種するように促している。しかも、イシャバーナの連中はゴッドスコーピオの毒と似た成分の液体の開発に成功したと聞く…」
「そうらしいね。けど、その液体のお陰で、キミを頂点とするこの世界は成り立ち続けている。キミを主と仰ぐ信奉者達は喜び勇んでゴッドスコーピオの毒を定期的に接種していると聞く」
イシャバーナ国――。
巨大な花をあしらったような玉座に体を投げ掛け、ぼんやりとしている女王・ヒメノ。その傍らには、毒々しいほどに真っ青な液体が入った小瓶が置かれている。そんな彼女の視線も虚ろで、どこを見ているのか分からない。
「…スコピー…」
だが、その視線の先には、現実には見えていない守護神・ゴッドスコーピオがいるような気配がした。
「…あなたの毒が、この世界をある意味では救った…。…各国の諍いもなくなり、気に入らないけど、ラクレスを頂点とした世界の平和は保たれた…」
ちらりと視線を上げると、ヒメノは毒々しいほどに真っ青な液体が入った小瓶を見つめた。
「…けど…。…スコピー、あなたはこれで良かったの…?」
「そう言えば、トウフ国の大殿様は最近は姿を見せないようだね…?」
ジェラミーがそう言った時、ラクレスは不機嫌そうな表情を浮かべた。そして、
「…大方、農産物の献上量を増やすように言ったからだろう。別に私が全てを平らげるとは言っていない。各国への需給バランスを考え、平等に回しているだけだ」
と言った。するとジェラミーは、
「けど、それがトウフ国の民の負担になっていなければいいんだけどねぇ…」
と言った。
トウフ国――。
「またですか!?」
大柄な男・カグラギが目を見開き、素っ頓狂な声を上げた。
「我々の農産物を更にシュゴッダムへ送れと、ラクレス殿のご命令ですかッ!?」
呆然とするカグラギだったが、すぐに、
「…う〜む…」
と顎に手をやる。
「…重税に次ぐ重税…。…このままではぁ、この国の民がますます負担を強いられる…」
真剣な表情のカグラギ。だが、その目が不意にキッと真正面を睨み付けるようにする。
「…何のために、何のためにギラ殿を追い落としたのか…!!」
「…それで、ギラは今、どうしている?」
ラクレスがジェラミーに尋ねると、ジェラミーは、
「おおっとぉッ!!それを聞きますか?」
と、眉間に皺を寄せて困ったような表情を浮かべた。
「…どうした?…何か、都合が悪いことでもあるのか?」
ラクレスが尋ねると、ジェラミーは暫く答えあぐねた。だが、意を決すると、
「彼は今、ヤンマ君と随分よろしくやっているようだよ?」
と言った。
「…それがどうした?」
「…え?」
じっとジェラミーを見つめるラクレス。
「もともとあの2人には何か、特別な絆のようなものがあっただろう?」
「…そ、…そりゃ、そうだけど…」
どうにもはっきり答えようとしないジェラミー。するとラクレスは、
「何か、不都合なことでもあるのか?」
ラクレスが尋ねると、ジェラミーはようやく意を決し、話し始めた。
「彼はギラとの行為を動画に撮り、それを売り付けているらしい。そして、それを国の収入としているらしいんだ。それだけじゃない。その動画が違法に出回り、それをゴッカンのリタが徹底的に取り締まっていると聞く」
ゴッカン国――。
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
氷のように冷たい広間で、玉座に座ったリタが奇声を発していた。
「違法ダウンロードは罪だ。罪を犯した者はこのゴッカンで死ぬまで奉仕してもらう」
オッドアイの右目、銀色に冷たく光るその目がギラリと光る。
「ゴッカンの労働力が増える。それによってこの永久凍土の地は安定する。何も悪いことはしていない。リタ、天才…!!」
「…結局は、ヤンマ・ガストに上手くやられた、と言うことか…!!」
ラクレスが忌々しげに言う。するとジェラミーはニッコリと微笑み、
「けれど、そのお陰でギラのような反逆者が再び現れることはなくなったんだ。つまり、お前さんを頂点とした世界は保たれている、と言うことさ!!」
と言った。そして、
「だぁいじょうぶだよぉ、ラクレスぅ。キミのことは、未来永劫、語り継いで行くことになるんだからさ!!」
と言ったのだった。