スティンガーの憂鬱 第5話

 

「兄貴!兄貴!」

 オリオン号の中。どこにいてもこの声が聞こえて来る。いや、聞こえて来るどころか、実際にベタベタと纏わり付いて来る小さな物体。

「…小太郎…」

 よくもまぁ、毎日、俺にベタベタと纏わり付いて来ることが出来るものだと思ってしまう。

「ねぇねぇ、兄貴!今度、お裁縫を教えてよ!オレ、手先が器用になりたいんだぁ!」

 裁縫はサソリ座系戦士の嗜みでもある。この間なんか、小太郎の破れたジャケットをいとも簡単に直してやった。そんな俺を見て、目をキラキラと輝かせる小太郎。俺はちらりと小太郎を見下ろすと、大きく溜め息を吐き、

「…全く…。…お前は少しは俺から離れると言うことが出来ないのか…?」

 と言ってしまう。照れ隠しとも言う。すると、今度はラッキーが、

「いいじゃねぇか!小太郎はスティンガーのことを本当に尊敬してるもんなぁ!」

 と言い、小太郎の肩を抱いた。すると小太郎も、

「うん!オレ、スティンガー兄貴のこと、本当に大好きなんだ!」

 とキラキラと目を輝かせて言った。

「…う…」

 どうも面喰ってしまう。今まで、一匹狼で生きて来た俺。そんな俺が、年下のラッキーと小太郎に慕われている。兄貴しかいなかった俺にとって、2人は弟「的」存在ではあるが、正直、どう接していいのか分からず、思わず邪険になってしまっていた。特に、小太郎なんて小動物のようにしか思えない。少しずつ大人に成長しつつある彼だが、その体はまだまだ子供で、その体で抱き付かれると優しいくらいに温かい。

(…兄貴…)

 そんな時、俺は今は亡き兄・スコルピオのことを思い出す。

(…兄貴…。…兄貴が俺にしてくれたように、…俺はラッキーや小太郎に接すればいいのか…?)

 

 佐久間小太郎。惑星チキュウ出身の元気な13歳。中学生のはずなのだが、まだまだ甘えん坊で人懐っこく、そのキラキラした目に俺の多くの仲間が癒されていた。

 彼と最初に出会ったのはやはり、惑星チキュウ。当時、俺はジャークマターにスパイとして潜り込み、イテ座系カロー・エリードロンの下にいた。チキュウのその場所を支配するダイカーン・ユメパックンに夢を奪われ、無気力になっている子供達。そして、そんな子供達を見ながら、酷いことをされるよりはマシだと抵抗する気力さえ失った大人達。そんな大人達に、俺だけでなく、ラッキー達も憤っていた。

「夢を奪われて生きてるなんて、死んでるのと同じだ!」

 普段は明るくお調子者のラッキーだが、この時ばかりは眉間に皺を寄せ、とても険しい表情でチキュウの大人達に怒鳴っていた。

 そして、怒っているのは小太郎と次郎の兄弟も同じだった。無謀にもユメパックンや戦闘員であるインダベーに石を投げ付け、

「お前ら地球から出て行け!」

 と果敢に立ち向かっていた。

(…マズい…!)

 このままでは本当に殺されかねない。ジャークマター側につきながら、俺ははらはらとしていた。

「みんな、ジャークマターのことを怖がってるんだ。だから、俺達が守ってあげないと。オレ達は、地球を解放するヒーローになるんだから!」

 キラキラとした純粋な眼差しをラッキー達に向ける小太郎。そんな小太郎に向かって、

「出来るさ。その気持ちと、オレ達がいればな!」

 と、ラッキーが安穏と言う。

(…あの、…バカ…!)

 ここでさっさと飛び出して行けたらどんなにいいだろう。もどかしい思いが俺を支配していた。と、その時、幸運なことにエリードロンがラッキーや小太郎達の目の前に歩み出てくれた。

 隙を突き、俺は小太郎と次郎を俺の尻尾で捕らえた。

「…倒すなら8人まとめて倒す方がいい。この子供の命を守りたければ、8人全員で来い。キュータマを持ってな!」

 こうでもしなければ、ラッキー達は絶対に動かない。俺が仕掛けた賭けに、真っ先に乗ってくれたのがラッキーだった。

「オレはまだ信じてる。あんたが仲間になるってな!」

「俺はジャークマターの人間だ」

 そう言って俺達はアジトへ戻った。

 

 アジトの牢屋に閉じ込められ、絶望と恐怖で泣き出した次郎。そんな次郎に、

「泣くな!」

 と、懸命に強がる小太郎。そんな2人に、俺は俺自身と兄・スコルピオを重ねていた。

「泣くな」

 兄が旅立つ日、泣きじゃくる俺に瑠璃色に輝くペンダントをくれた。

「こいつを俺だと思え。俺達はいつでも一緒だ…!」

「…いい目だ。弟を大切にしてやれ」

 小太郎の次郎を思うその目は本当に優しく、愛に溢れていた。

 その後は描かれたシナリオの通りだった。ラッキー達は8人全員で約束の場所へ現れ、俺はその瞬間、エリードロンに反旗を翻した。

「よぉっしゃ、ラッキイイイイッッッッ!!!!信じてたぜッ!?

 ラッキーが嬉しそうに言う。俺は照れを隠すように、

「なぁにがラッキーだ?お前らに加勢したわけじゃない」

 と言い、

「ただ、1つだけ言っておく。…オレはスパイだ」

 と、そこで初めてショウ司令から送り込まれたスパイであることを明かした。そして、エリードロンを粉砕したのだった。

 とは言え、チキュウにとてつもないものが眠っているとエリードロンの会話を聞いていた俺は、みんなとは合流せず、暫くチキュウに残り、それを探してみることにした。

 

 暫くして、今度は小太郎が11人目のキュウレンジャー・コグマスカイブルーになった。ショウ司令のボスであるビックベア総司令の力を借りて。

「ビッグスターッ!!コグマスカイブルーッ!!

 腰に両手を添えて踏ん反り返るポーズを見せる小太郎。そして、

「やいやい、覚えとけ!ビッグスターッ!!コグマスカイブルーッ!!

 と、そのマフラー型武器でインダベーをボコボコと殴る。

「止めろオオオオッッッッ!!!!

 思わず止めに入っていた。

「戦いをなめるなッ!!

 小太郎のしていることは、一歩間違えれば、小太郎の命を奪いかねない、本当に危険なものだった。だが小太郎は功を焦るあまり、無我夢中になっており、俺の言葉も響いていないようだった。

 そんな時だった。

 ゴゴゴゴ…!!

 物凄い地響きと共に、地中から巨大なミミズのような生命体・デスワームが現れた。

「デスワームッ!?どうして、このチキュウに!?

 俺は呆然とした。

 デスワーム。宇宙の大ミミズ。特有の大きな口で地中を掘り進み、突如地上の獲物に襲い掛かり捕食する。たった一匹で大都市の生物の悉くを食べ尽くし、ゴーストタウンにするほどの圧倒的な食欲を持つ。

「オレが倒してやるッ!!うおおおおおおおおッッッッッッッッ!!!!!!!!

 躍起になった小太郎が飛び出して行く。

「…ッ!?待てッ!!

 慌てて追い掛ける俺。そして、咄嗟に小太郎を抱きかかえた。

 ミシッ!!ミシミシ…ッ!!

 その時、俺は嫌な音を聞いた。そして、俺達の周りの地面に目にも留まらぬ速さで亀裂が入った。

 次の瞬間、俺と小太郎は地中の奥深くへ落ちて行ったのだった。

 

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