歪んだ友情 第1話
薄暗い部屋に、1人の人間が佇んでいた。後ろ髪を少し束ね、黒いローブを身に纏っている。そして、彼の左肩には大きな詰めのような形をした鎧のようなものがあり、その先端は薄明かりから漏れている光に照らされ、鋭く尖っていた。そんな彼は今、窓の外を静かに眺めている。
「…」
彼は静かに右手の人差し指を横にして自身の唇へと持って行く。その手は真っ白な手袋をしていた。
そして。
そんな彼の視線の先、正確には分厚いガラスで覆われたその空間の先には青く輝く地球があった。
ヅノーベース。その男、正確には、その男達がいる場所は地球を出た宇宙船の中。外側をガラス張りにした、ホールとも呼べるほどの大きさの謁見の間だった。そのガラスの向こうには、青く美しく輝く地球がパノラマ状に広がっている。
その時だった。
ブウウウウンンンン…。…コツ、…コツ…。
低い音と共に扉が開き、コツコツと言う足音が響いた。
「…お呼びでしょうか…、…大教授…ビアス…様…」
1人の若者が、大教授ビアスと呼ばれたその男の後ろで恭しく跪いた。黒のタキシードを羽織り、首元には、その体のわりには大きすぎるほどの蝶ネクタイをしている。
「…」
ビアスは無言のまま、その若者の方へ振り返った。風体からして40代くらいの中年男性だろうか。だが、彼の視線は鋭く光り、また、横顔からは年齢を感じさせないほど、精気が漲っていた。
「…ビアス…様…?」
その若者は、ビアスの表情と無言の時間の長さから、明らかに機嫌が悪いことを瞬時に感じた。そして、その横には、彼と同じくらいの年代の男性と女性が1人ずつ、ニヤニヤしながら彼を見下ろしていたのだ。
「…ドクター・オブラー…!」
ビアスがようやく口を開いた。
「…はい…」
「…君は…。…今の自分自身の立場が…、…分かっているのかね…?」
「…」
やはり、そのことか…。彼は視線を落とすと、小さく溜め息を吐いた。
「…ドクター・ケンプやドクター・マゼンダは研究に研究を重ね、次々に頭脳獣を生み出し、地球侵略のための作戦を思い付いている…」
ビアスがそう言った時、ドクター・オブラーと呼ばれたその若者の横にいた2人の若者、ドクター・ケンプとドクター・マゼンダがフンと鼻で笑った。まるで、ビアスの前で恭しく跪いているその男を侮蔑せんとばかりに。
「…だが君はどうだ…?」
ビアスはそう言ってオブラーを、こちらも侮蔑するように一瞥する。
「君は、全くと言って良いほど作戦を立てようとしない。計画書も提出しないではないか?」
そう言った途端、ビアスの目がカッと見開かれ、こめかみが激しく痙攣した。
「それで私の世界征服のための弟子と言えるのかねッッッッ!!!?」
「…ククク…ッ!!」
不意にケンプが笑い始めた。
「…オブラー。…所詮、貴様は我々天才とは格が違うと言うことだッ!!」
「それに、お前は天才なんかじゃない!!ビアス様にお情けでボルトへ入れて頂いた、言ってみれば、落第生のようなものだから!!」
今度はマゼンダまでもがオブラーをバカにしたように言った。
「黙れッ、ケンプッッッッ!!!!マゼンダッッッッ!!!!」
と突然、オブラーがいつになく怒声を上げて言った。
「「!!!?」」
そのあまりの怒声にケンプとマゼンダは気圧される。
「…お言葉ですが、ビアス様ッ!!」
そして、今度はキッとした表情でビアスまでもを睨み付けたのだ。
「!?」
その表情に、ビアスも驚いた表情を見せた。オブラーはニヤリとすると、
「…いくら研究に研究を重ね、次々に頭脳獣を生み出し、地球侵略のための作戦を思い付いているとは言え、宿敵ライブマンに倒されていては何の意味もないのではないでしょうか?」
と言った。その言葉に、
「…何?」
と、ビアスの表情が一瞬、ピクリと動く。ケンプとマゼンダは唖然としてオブラーを見ている。するとオブラーはフン、と笑って、
「結果こそが全てなのです!!次々に頭脳獣を生み出し、ライブマンに倒されているようでは、ケンプもマゼンダも真の天才とは言えないのではないですかッ!?」
と、大声で言った。その途端、
「きッ、貴様アアアアッッッッ!!!!言わせておけばアアアアッッッッ!!!!」
と、逆上したケンプがオブラーに掴み掛かろうとする。
「止めよッ、ケンプッ!!」
その時、ビアスの大声がホール中に響き渡り、ケンプを静止した。
「…しッ、しかしッ、ビアス様ッ!?」
怒りに顔を真っ赤にしたケンプが目を見開き、ビアスを見上げる。
「…」
だが、ビアスは静かに、じっとオブラーを見つめている。
「…ッ!!」
オブラーはオブラーでビアスを睨み続けている。
「…そこまで言うからには…。…何か、秘策でもあるのだろうな…?」
「はいッ!!宿敵ライブマンを内部から分裂させ、必ずや葬り去ってご覧に入れますッ!!」
そう言うとオブラーはスックと立ち上がった。
「…その言葉…、…忘れるでないぞ…!!」
ビアスがそう言った時、オブラーは一礼もせず、クルリと踵を返し、ツカツカと足音を立ててホールを出て行った。
「…ビッ、ビアス様ッ!!」
マゼンダが慌ててビアスに問い掛ける。しかし、ビアスは穏やかに微笑んでいる。
「まぁ、見てみようではないか!」
「え?」
「追い詰められたネズミが、どこまで化けるかを…!!」
「おのれええええッッッッ!!!!」
自室に戻ったオブラーが、実験台の上に置いてあったものを思い切り凪ぎ倒した。その瞬間、
ガシャアアアアンンンンッッッッ!!!!バリイイイインンンンッッッッ!!!!
と言う物凄い音と共に試験管やビーカーが床に落ち、けたたましい音を立てて割れた。
「…どいつもこいつも、僕をバカにしやがってええええええええッッッッッッッッ!!!!!!!!」
荒々しく息をし、部屋中を行ったり来たりする。その目は怒りと羞恥に打ち震えていた。
「僕は落ちこぼれなんかじゃないッッッッ!!!!僕は、ビアス様に認められて武装頭脳集団ボルトに入ったんだッッッッ!!!!僕だって、やれることをケンプやマゼンダに認めさせるんだああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
その時だった。
「…僕自身が…、…やれる…こと…?」
その時、オブラーははたと立ち止まり、何かを思い付いたような表情をした。そして、ツカツカとデスクへ向かうと引き出しを乱暴に開け、その中から1枚の写真を取り出した。暫くそれをじっと見ていたオブラーであったが、不意に、
「…丈…」
と呟いた。その写真には、オブラー自身ともう1人、程良くガッシリとした体型のひょうきんそうな表情の男性が写っていた。
大原丈。もとはオブラー、正確には尾村豪と同じく科学アカデミアで机を並べていたクラスメイトであり、親友でもあった男。やがてオブラーがケンプやマゼンダと一緒にビアスに招待され、武装頭脳集団ボルトに入ってからは、丈はオブラーに敵対する超獣戦隊ライブマンの一員、イエローライオンとしてボルトの地球侵略を阻止していたのだ。
「…丈…!!」
いつの間にか、オブラーはその写真をウットリとした表情で見つめていた。その指が写真の中の丈の頬、体、そして、真っ白なスウェットズボンに包まれた2本の足の付け根をそっと撫でていた。
「…はぁ…ッ、…はぁ…ッ!!」
いつの間にか、オブラーの呼吸が荒々しくなり、顔を紅潮させていた。
「…丈…!!…君を、…僕のものにするんだ…!!」
丈と豪。2人の運命の歯車が、今、大きな音を立てて動き始めた。