歪んだ友情 第2話
「…ったく、勇介とめぐみのヤツうううう…ッッッッ!!!!」
蒸し暑い初夏の昼下がり。イエローライオン・大原丈は独りでパトロールに出かけていた。アイボリー色の薄いジャケットを羽織り、黒いスウェットのズボンと白いスニーカーがいかにも青春している若者と言った感じだ。
「じゃんけんで負けたヤツがパトロールに行くって、どう言うことだよッ!?」
勇介とめぐみとは、丈と一緒に超獣戦隊ライブマンとして、ボルトの侵略から地球を守る仲間である。勇介こと天宮勇介はレッドファルコンとして、めぐみこと岬めぐみはブルードルフィンとして戦っていた。
そして今、ブツブツと不満を零す丈の頬には一筋の汗が流れていた。きりっとした三枚目顔にその汗が良く似合う。
「ボルトがいつ襲って来るかも分かんねぇってのに、どう言う神経してんだか…!!」
そう言うと丈は街路樹の木陰に蹲った。
「…あ〜あ、暑っちいいいい…ッッッッ!!!!」
額に浮かんだ汗を腕でグイッと拭ったその時だった。
「助けてええええッッッッ!!!!」
突然、悲鳴が聞こえ、丈はその声に凍り付いた。
(…この…声…ッ!?)
忘れるはずがない。何度も聞いた、懐かしい声だ。
「助けてええええッッッッ!!!!」
その声がどんどん近付いて来る。丈は瞬間的に立ち上がった。そして、辺りを見回したその時だった。
「うわああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
建物の物陰から物凄い衝撃音と共に、一人の若者が通りへと飛び出して来た。
「…ごッ、豪ぉッ!?」
夢を見ているのかと思った。ボルトに入り、自分達と敵対しているはずの尾村豪がそこにはいた。
「…じょッ、…丈ぉ…ッ!!」
丈を見つけた瞬間、豪が助けを求めるかのような眼差しを丈へ向けた。そして、そんな豪の後ろにガチャガチャと音を立ててライム色の物体が飛び出して来たのだ。
「…ジンマーッ!?」
未だに目の前に繰り広げられている光景が現実だとは思えない。ボルトに入り、敵対しているはずの豪が、あろうことか、彼の部下である機械兵ジンマーに追われていたのだ。
「うわああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
ジンマーの何体かが豪にスティックを振り下ろす。そして、豪が吹き飛んだ。
「豪オオオオッッッッ!!!!」
丈は瞬間的にその中へ飛び込んだ。
「だああああありゃああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
ジンマーが今にも豪に襲い掛かろうとしたその瞬間、豪の体を抱き寄せて丈はゴロゴロと転がった。
「大丈夫かッ、豪ッ!?」
「…じょ、…丈…ッ!?」
頭の中では丈は混乱していた。どうしてここに豪がいるのか、どうして部下であるはずのジンマーに追われているのか。
その時だった。
「…ッ!?…じょッ、丈ッ、危ないッ!!」
豪の叫び声が丈を現実に戻した。1体のジンマーがスティックを振り上げている。
「ぬおッ!?」
丈は再び豪を抱きかかえると、更にゴロゴロと転がった。そのジンマーのスティックは空を切っただけであった。
「てやああああッッッッ!!!!」
丈は豪を抱えたまま、宙へ飛び上がった。そして、ジンマー達と間合いを取った。
「ここで待ってろッ、豪ッ!!」
丈は、物陰に豪を潜ませた。そして、すっくと立ち上がると、両腕に付いているツインブレスを構えた。
「行くぜッ!!イエローライオンッッッッ!!!!」
丈が叫んだ瞬間、丈の体が黄色く輝き、光の玉となってジンマー達の元へ飛び出して行く。そして、姿が現れた瞬間、
「だあああありゃああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
と物凄い威勢と共に、何体かのジンマーを吹き飛ばした。
「だああああッッッッ!!!!うおおおおりゃああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
その勢いにジンマー達はあっと言う間に蹴散らされて行く。
「ライブラスターッ!!」
丈が銃型の武器の引き金を引く。レーザー砲が飛んで行き、ジンマーは爆発して倒れた。
「大丈夫かッ、豪ッ!?」
丈はイエローライオンのまま、豪の両肩を抱き寄せた。両腕、両足は光沢のある真っ白なスーツに覆われ、体は黄色を基調として、白いVラインが入っており、その間にはライオンの顔をあしらったデザインがあった。その体付きは、痩せ細り華奢な豪とは正反対のものであった。
「…ッ!!」
豪の体はガクガクと震えている。
「一体、何があったってんだ!?」
丈がそう尋ねた瞬間だった。豪がいきなり丈に抱き付いたのである。
「ご、豪ッ!?」
豪を慌てて抱き止める丈。だが、その心の中は激しく葛藤していた。
「…丈…ぉぉぉぉ…ッッッッ!!!!」
胸の中にいる豪は今、泣きそうな表情で、体をガクガクと震わせ、必死に自分に助けを求めている。だが、その豪は自分達と敵対する武装頭脳集団ボルトで、ドクター・オブラーとして地球を侵略しようとしている。そして、丈と豪の仲間でもあった科学アカデミアの生徒や恩師、同胞を悉く殺した人間でもあった。
「…豪…」
「…丈…。…君は…、…本当は…、…僕を殺したいほど憎んでいるんだろうね…!!」
不意に豪がぽつりと零した。
「…そ…、…そんなこと…」
何と言えと言うのだ?丈は言葉に詰まった。
「…当然だよね。…僕はボルトに加わり、尊い命をたくさん奪った。そして今も、ボルトは地球侵略を進めているんだ。…でも…ッ!!」
不意に豪が寂しそうに笑った。そして丈から離れ、ゆっくりと跪いた。
「…僕は…。…不要な人間だったんだ…!」
「…不要な…、…人間…?」
訝しげに尋ねる丈。すると豪は小さく頷いて、
「…丈…。…僕は…、…天才なんかじゃなかったんだ…!!」
と言った。
「…僕は、お情けでボルトに入れてもらったのさ。…ケンプやマゼンダの学力を上げるためのライバルとしてね…」
そう言って豪は、丈を見上げた。
「…豪…」
豪の目から、一筋の涙が零れた。
「…許してもらえないことも分かってる!!…あの頃の丈と僕に戻れないことも…。…もう、…二度と…!!」
豪の目から次々に滴る涙。
「…僕は、…どうすれば良かったんだろう…!!」
次の瞬間、豪は胸倉を掴まれていた。
「…じょ、…丈ぉ…ッ!?」
怯えるように丈を見る豪。
「…過去を悔やんだって…、…どうしようもねぇだろ…!!」
丈が言った。その右拳がブルブルと震え、イエローライオンの黄色いグローブがギリギリと音を立てている。やがて丈は豪を放すと、ゆっくりとライオンの形をした黄色のマスクを外した。その目はじっと豪を見つめている。見つめていると言うよりは、睨み付けていると言った方がいいかもしれない。
「…お前がッ!!お前らがッ、とんでもねぇことをしでかした過去はもう消えねぇんだッッッッ!!!!お前はその罪を一生、背負って生きてかなきゃなんねぇんだよッ!!でもなあッ!!」
そう言うと丈は豪を強く抱き締めた。
「…お前が今までの過ちを悔い改めるのなら、もう一度、やり直せるさ…!!」
「…じょ、…丈…ぉ…ッ!!」
豪の目から再び涙が溢れ出す。
「…お前に、その気があるのなら…。…オレもお供するぜッ!!」
涙でぐしゃぐしゃの顔で、豪は丈を見上げた。丈は穏やかな笑みを零していた。
「…オレは、お前を助けてやりたいって思ってる。…お前が、まだやり直せるって信じてるからさッ!!」
悪戯っぽく笑う丈。
「…じょ、…丈おおおおおおおおッッッッッッッッ!!!!!!!!」
イエローライオンに変身している丈の背中に腕を回し、その胸の中で豪は嗚咽を始めた。
「大丈夫だッ、豪ッ!!お前のことは、オレが必ず守ってやっからさッ!!」
そう言って丈は、豪の頭を優しく撫でた。
この時の丈はまだ知らなかった。この優しさが仇となり、二度と抜け出ることのできない闇の中へ突き堕とされることを…。