どっちもどっち 第14話
「…タケルなんかッ!!…大っ嫌いだああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
レッドマスクにオーラマスクするタケルの言ったことに思わず爆発したブルーマスクにオーラマスクするアキラ。タケルの脳天目掛けてエルボーをお見舞いし、勢いに任せてタケルの部屋を飛び出していた。
「…本当に…ッ!!…酷い…よ…ッ!!…あんな言い方…、…しなくたって…ッ!!…いい…じゃないか…あ…ッ!!」
アキラは今、姿レーシングクラブの建物内をトボトボと歩いていた。その頬にはポロポロと涙が伝い、ぐしぐしとしゃくり上げている。
「…アキラは…。…オレのことは好きじゃない…!」
タケルと、ブラックマスクにオーラマスクするケンタが話していた際のタケルが放った言葉が、アキラの小さな胸を深く抉っていた。
「…確かに…。…僕はタケルのことを『好きだ』とは言ってない…。…恋愛感情で…。…でもッ!!」
するとアキラは、目の前にあったごみ缶目掛けて思い切り足を振り上げた。
「…少しぐらい気を遣ってくれたってッ!!…優しい言葉をかけてくれたってッ!…!いいじゃないかああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!…タケルの…ッ!!…バカああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
ガンッ!!ガラガラッッッッ!!!!ガッシャアアアアアアアアンンンンンンンンッッッッッッッッ!!!!!!!!
その瞬間、アキラが蹴飛ばしたごみ缶は物凄い音を立てて吹き飛んでいた。
「…はぁ…ッ、…はぁ…ッ!!」
顔を真っ赤にして、大きく息をするアキラ。だが、ふと我に返り、自身がいた場所に気付いた瞬間、
「…やば…ッ!!」
と声を上げ、怯えた表情を浮かべた。
アキラがいた場所は、大怪我をして意識を失っているケンタが眠る病室の前だったのだ。
「…ケン…タ…ぁ…?」
恐る恐る病室の扉を開けてみる。
ピッ!!ピッ!!
ケンタの心臓の動きを感知する機械の音と、シュー、シューと言う酸素吸入ボンベの音以外、何も聞こえない、そこだけ別世界のようになった部屋。窓には真っ白なレースのカーテンが引かれ、太陽からの光を遮り、遮られた太陽の光は反射して部屋を眩しく照らしている。
「…ケン…タ…ぁ…」
再びぐしぐしとしゃくり上げながらケンタに歩み寄るアキラ。あの爆発事故で大怪我を負ったケンタの頭には包帯がぐるぐると巻かれ、ガーゼや絆創膏がケンタの顔や腕に所狭しと貼り付けられていた。
「…ケン…タ…ぁ…!…どうして…!?」
ケンタが大怪我を負ったのは、もとはと言えば、自分のせいだ。ケンタが大怪我をするきっかけとなった鍛錬で、アキラの方ばかり見ていたケンタを思い切り無視したのだから。
「…ケン…タ…ぁ…ッ!!…ケンタああああ…ッッッッ!!!!」
止め処もなく溢れ出る涙で視界が良く見えない。
「…ケンタは…。…本当に…、…俺のこと…。…恋愛感情で…、…好き…なの…?」
アキラは、ケンタの枕元に折りたたみ椅子を持って来ると、そこへ力なくぽすんと座り込んだ。
「…そう言えば…!」
ふと何かを思い出したかのように、アキラが呟いた。
地底帝国チューブからこの世界を守るために選ばれた戦士とは言え、アキラには本業である学生と言う職分があった。チューブの出撃に対して、いつもそれを撃破するために学校を休みがちになっていたアキラ。ある時、テストで散々な成績を取ってしまう。
「…学校に行っていないんだし、授業も受けていないんだから、しょうがないじゃないか…!!」
ぶつぶつと言うアキラ。姿レーシングチームへやって来ると、アキラはどっかと椅子に腰掛け、重いカバンをぽぉんと投げ捨てた。
「…でも…、…なぁ…」
ポケットの中から1枚の紙切れを取り出す。そこには、「数学期末テスト」と言う文字の横に、「15」と言う数字。
「…うわああああ…ッッッッ!!!!」
次の瞬間、アキラは頭を抱えてデスクに蹲った。
「…追試で60点以上取らないと…、…留年…になっちゃう…んだよなぁ…!!」
その時だった。アキラが持っていた数学の答案用紙がひょいっと誰かに奪い取られたのだ。
「ッッッッ!?」
驚いて見上げてみると、そこにはそれをじっと見つめているケンタがいた。
「なッ、何するんだよぉッ!!返せよぉッ!!」
アキラが慌てて立ち上がり、ケンタの腕から答案用紙を奪い取ろうとする。だがケンタは、それを自身の目の高さまで持ち上げてしまった。身長の低いアキラは、それを何とかして取り返そうとぴょんぴょんと飛び上がるが、一向に手が届かない。
「ケンタああああッッッッ!!!!」
アキラが顔を真っ赤にして叫んだその時だった。ケンタがアキラをじっと見下ろしたのだ。
「もうッ!!見るなよなッ!!」
アキラがすかさず大きくジャンプし、答案用紙を奪い返した。そして、ぷぅっと頬を膨らませる。するとケンタは、そんなアキラを見てニッコリと微笑んだのだ。
「…え?」
ケンタがこんなにも優しい笑みを浮かべるところを見たことがない、アキラはそう思っていた。いつものだらしない笑みではなく、穏やかに微笑んでいる。
「大変だな、アキラって」
「…どッ、…どう言う意味ッ!?」
ケンタが言った「大変だな」は、また自分のことを馬鹿にしているに違いない、そう思ったアキラは、ケンタの言葉にぶっきらぼうに答えた。するとケンタは、
「マスクマンと学生と、二足の草鞋を履いているんだもんな。ほんと、尊敬するよ!」
と、穏やかな笑みを浮かべて言ったのだ。
「…ケン…タ…?」
いつもだったら、自分のことをバカだの落ちこぼれだのと茶化すはずなのに、今日のケンタは違っていた。
「それの追試はあるのか?」
「…え?…あ、…う、…うん…」
しゅんとなるアキラ。
「…それに合格しなかったら?」
ケンタが言った言葉に、アキラはちらりとケンタを見上げると、
「…留…年…」
と言った。
「よしッ!!」
そう言うとケンタは、どっかと椅子に腰掛け、
「オレがお前の数学を見てやるよッ!!」
と、胸をふんぞり返らせて言ったのだ。
「…え?」
アキラはケンタが何を言っているのか理解出来ず、きょとんとしている。するとケンタは、
「何だよぉ、その顔はぁッ!?」
と言い、ぷぅっと顔を膨らませる。
「オレ、メカニックだろ?数学得意なんだぜ?」
「…ほ、…本当に?…本当に勉強を見てくれるの!?」
暗闇に差し込まれた一筋の光とはこのことだろう。アキラの目が心なしか潤む。
「ああッ!!オレに任せとけッ!!」
ケンタはニッと笑い、拳で自分の胸をドンと叩いた。
それからケンタは、アキラの数学の追試の日まで睡眠時間を惜しんで徹底的に教えてくれた。アキラにとって意外だったのは、ケンタの教え方がとても分かりやすいと言うことだった。アキラの学力レベルに合わせ、それに応じた問題を出して来る。
それだけではない。自分達の長である姿三十郎に直訴し、アキラの勉強を見ている間はレーシングチームの仕事を休ませてもらう許可まで取っていたのだ。
とは言え、地底帝国チューブが現れた時には、アキラと共に撃破した。
そして。その追試に、アキラは見事に合格したのだった。
「…ケぇン…タああああ…!!」
病室で横たわるケンタの横で、アキラはポロポロと泣き続ける。
自分の身長よりも高いところの物を取ろうとして、肩車をしてくれたケンタ。タケルがリーダーとしてみんなの先頭に立っている間、自分のことを常に気にかけてくれていたケンタ。いつも気付かないところで、さりげなく自分を支えていてくれたケンタ。その優しい笑顔。
「…やだよ…ッ!!」
ケンタが横たわっているベッドの端に顔を突っ伏すアキラ。
「…このままじゃ、…やだよ…ッ!!」
その時だった。
アキラの頭に何かが置かれたような気がした。
「…ッッッッ!?」
ゆっくりと見上げたアキラは呆然となった。
ケンタの目が開き、じっとアキラを見つめている。そして、アキラの頭の上には、ケンタの逞しい手が置かれていたのだった。