どっちもどっち 第20話
「…うううう…ッッッッ!!!!」
ブルーマスク・アキラは、うっすらと光の差し込む暗い地下倉庫の中で独り呻いていた。
「…とッ、…取れないイイイイッッッッ!!!!」
自分よりも高い位置にある資材を取ろうとして、ぴょんぴょん飛び跳ねる。やがて、アキラは大きく溜め息を吐いて、
「…あ〜あ…。…脚立を持って来れば良かったなぁ…!!」
と、泣きそうな表情で呟いた。
今日は月1回の姿レーシングの棚卸し日。レーシングマシンを製作する上で必要なパーツの個数確認をする日になっていた。棚卸しをするのも戦士の大切な仕事。レッドマスク・タケルを中心に、ブラックマスク・ケンタ、イエローマスク・ハルカ、ピンクマスク・モモコの5人で分担して行う。いつもならじゃんけんで担当場所を決めるのに、今回は何故か、くじ引きだった。
「やッ、やだよッ!!何で、僕が地下倉庫担当なのッ!?」
ただでさえ、暗所恐怖症のアキラ。しかも、自分よりも背の高い位置に様々な道具が置かれている。二重のコンプレックスを一度に抱え込むことになるわけだ。
「…大丈夫か、…アキラぁ…?」
ケンタが心配そうに声をかけて来る。ケンタも、いや、他のメンバーもアキラが暗所恐怖症であることは知っていたはずだ。
「…ケンタぁ…ッ!!」
くりくりとした目をウルウルさせているアキラ。
「…オレが、…代わろうか?」
アキラの泣き顔を見たくない。アキラの笑顔を守ると固く誓っていたケンタは、思わずそう聞いていた。だが、アキラにも意地がある。
「…だッ、…大丈夫だよッ!!…僕、…な、…何とか、…頑張ってみるから…ッッッッ!!!!」
アキラはそう言うと、物凄い勢いで部屋を飛び出した。
その後ろで、ハルカとモモコはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ、そんな2人を見たタケルはやれやれと大きく溜め息を吐いた。
全てはハルカとモモコが仕組んだことだった。
アキラが暗所恐怖症であることもちゃんと知っていた。そこへわざと独りで向かわせる。しかも、アキラの身長よりも高いところにある資材の数もチェックしなければならない。そこには脚立もない。となれば、当然、アキラの作業は大幅に遅れることになる。
そして、ケンタには逆にさっさと終わる仕事を割り振った。となれば、手持ち無沙汰となり、アキラのことを心配しているケンタは必ず、アキラのところへ駆け込むはずだ。暗い場所、滅多に人も来ない場所に2人きり。
ケンタとアキラのことを知っている2人ならではの、非常にありがた迷惑な計画だった。
「…ふええ…ッッッッ!!!!」
その頃には、アキラは既に泣きそうになっていた。日の光が差し込むとは言え、滅多に人が通らないような場所だ。ひんやりとした空気が不気味さを醸し出す。
「…暗いよぉ…。…狭いよぉ…。…怖いよぉ…ッッッッ!!!!」
えぐえぐとしゃくり上げそうになる。だが、アキラにも意地がある。何としてもこの作業を終えなければならなかった。
「と言うかッッッッ!!!!」
涙をいっぱい溜めた目で、自分よりも高い位置に載せられている資材を睨み付ける。
「棚卸しなんてする必要ないじゃないかッ!!そもそも、こんなものを誰が盗むって言うんだよおおおおッッッッ!!!!」
その時、アキラは部屋の中をぐるりと見回した。
「…よぉっしッ!!」
するとアキラは、部屋の片隅へ移動した。
「行っくぞおおおおッッッッ!!!!」
次の瞬間、アキラは大きくジャンプすると、倉庫の中に所狭しと並んでいる棚に足を掛け、ぴょんぴょんと飛び始めたのである。さながら、壇ノ浦の戦いで源義経が8隻の船を飛び越えたと言う「八艘越え」のように。と、その時だった。
「アキラアアアアッッッッ!!!!」
ばたばたと大きな足音が聞こえた。そして、勢い良く倉庫の扉が開いたのである。
「…え?」
アキラがそれに気を取られた。その瞬間、アキラは棚から足を滑らせる。
「う、うわああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
物凄い勢いで地面に叩き付けられそうになる。
「アキラ様アアアアアアアアッッッッッッッッ!!!!!!!!」
大声を上げてケンタがスライディングタックルをするかのように、アキラと床の間に滑り込む。次の瞬間、アキラはケンタの体の上に落ちていた。
「ぐふえッ!!」
ケンタの体がくの字に折れ曲がる。
「…ケ、…ケンタッ!?」
我に返った時、アキラは思わずケンタの体の上から飛び退き、声をかけた。するとケンタは、ややしかめっ面をしながらも、
「…だ、…大丈夫…!!」
とニッと笑ってみせた。
「ほい、終了っと!」
それからややあって。
ケンタの手伝いもあったお陰で、アキラの作業も無事に終わった。
「ありがと、ケンタぁッ!!」
はにかんだ笑顔でケンタを見上げるアキラ。するとケンタはニッコリと微笑み、
「なぁに、気にすんなよ!!」
と言い、アキラの頭をくしゃくしゃと撫でた。そして、アキラを優しく抱き締めながら、
「…約束したろ?…アキラのことは、オレが必ず守るって!!」
と言った。
「…ケンタぁ…!!」
アキラがケンタの胸に顔を埋める。
「…よく一人で頑張ったな…!!」
ケンタがそう言った時だった。不意に、ケンタの腕を掴んでいるアキラの手の力が強くなった。
「…アキラ…?」
アキラの腕がブルブルと小さく震えている。
「…怖かった…、…よぉ…ッ!!」
その声に、ケンタはアキラを更に強く抱き締め、
「ああッ!!よく頑張ったッ!!」
と言った。そして、アキラが泣き止むまで、ケンタはアキラをずっと抱き締め続けていた。
暫くして、2人はケンタの部屋へ戻って来た。いつの間にか、タケルも、ハルカもモモコもいなくなっていた。
「3人、どこかへ出かけちゃったのかな…?」
キィンと言う空気が流れる音が耳に痛いほど、静かな部屋。その中で、2人だけの時間がゆっくりと過ぎて行く。
「姿長官もいねぇみたいだしな…」
ベッドに横たわり、横にいるアキラを抱き締め、優しく頭を撫で続ける。
「…?…どした、アキラぁ?」
いつの間にか、アキラが顔を起こし、じっとケンタを見つめていた。ケンタがそう言った時だった。不意にアキラの顔が近付いて来たかと思うと、
チュッ!
と言うくすぐったい音が聞こえた。
「…アキラ…様…?」
アキラの顔が真っ赤になっている。心なしか、息が荒い。
その表情を見たケンタは、自分の中に押し留めていた感情がぞわぞわと湧き上がって来るのを感じていた。
「…ケンタを、…いじめて、…いい?」