機械の奴隷 第1話
月。太古の昔から神秘と謎に包まれた天体――。
地球の唯一の衛星として有史以前からその存在を認められていた星。その公転の速さで暦が定められていた時代もあった。いや、それは今でもそうなのかもしれないが。
そして、そこには地球の生物とは違った生物が存在するだとか、世界中の各国によって言い伝えがあった。
様々な人がそのロマンに掻き立てられ、高度文明が成長すると人間が月面に降り立ったこともあった。だが、その時には生命体は発見されなかった。
だが。
そのごつごつとした、岩石が剥き出しになったその月面の窪んだところ、人間の手が入らないその場所に、生命体は存在したのである。しかも、機械の。
マシン帝国バラノイア。人間を見下し、地球を征服し、人間を奴隷にしようと企んでいた。
皇帝バッカスフンドを中心に、その皇妃ヒステリア、そしてその息子である皇子ブルドント。この3人が中心となり、地球へマシン獣と言う機会生命体を送り込み、侵略の限りを尽くそうとした。
このバッカスフンドと言う男、実は人間が超古代に作り出した機械生命体だった。しかし、6億年前、人間に対して反乱を起こし、戦いに敗れて宇宙に逃走。月面に基地を作り、マシン獣軍団を作り上げ、逆襲の時を待っていたのである。
超古代文明。はるか昔に存在した文明。その力は超絶なもので、バッカスフンドはそれを利用して地球を征服しようとした。だが、バッカスフンドがそうするのなら、人間とて同じようにその力を利用してバッカスフンド達の野望を打ち砕こうとした。そのために結成されたのが、「超力戦隊オーレンジャー」だったのだ。
オーレンジャー。超古代文明の残したテクノロジーを利用して戦う国際空軍(U.A.O.H.)の特別チーム。全員が能力を操り、バラノイアと互角、いや、それ以上の力で戦った。
リーダーであり、大尉のオーレッドは星野吾郎、25歳。冷静な判断力と推理力に長けた戦士。
サブリーダーであり、中尉のオーグリーンは四日市昌平、27歳。吾郎よりも年上だが、明るく陽気な性格で、子供達からの人望が厚い。まさか、この性格が大きく災いするとは、誰が想像出来ただろうか。
同じく中尉のオーブルーは三田裕司、21歳。穏やかな性格と、怒ると無鉄砲に相手に挑戦する性格の相反する二面性を持ち、その性格は一番幼いとも言える。
同じく中尉のオーイエローは二条樹里、22歳。自信過剰で男っぽい性格。
そして、同じく中尉のオーピンクは丸尾桃、20歳。ちゃっかり屋で情にもろい。
この5人が、マシン帝国バラノイアの脅威から地球を守っていたのである。
「…フン…!」
ゴウウウン、ゴウウウン、と言う地響きにも似た音が響き渡るバラノイアの月面基地。その複雑に入り組んだ、迷路のようになった建物内部の一室で、皇子ブルドントがゴソゴソと動いていた。
「…ああ、…これもダメ…!…あ、…こいつもダメだあッ!!」
手にしていた本を次から次へと投げ捨てるブルドント。彼の周りには彼が投げ捨てたと思われる大量の雑誌やらコミック本やら、分厚い専門書のようなものが無造作に放り投げられていた。
「…アチャとコチャに命じて地球の本を片っ端からもらって来いと言ったのに、何だ、こんなものぉッ!!」
アチャとコチャ。マシン帝国バラノイアの従者で、オーレンジャーとの戦いで最前列に出る2人だ。
バシッ、と言う音を立てて壁にぶつかり、転がる本達。
「父上も母上も、暴力で地球を征服しようとしているけど、彼らはそんなことをしてもボク達に屈しようとはしない。だから、他の方法を考えたんだ!」
ブルドントはそう言うと、その短い手足を精一杯動かしながら歩き始めた。
「暴力じゃダメなんだ!これからは人間どもを精神的に支配しなければ、人間はボク達に従おうとしない!洗脳して、それで奴隷にしなきゃ…!恋とか愛とか、下らない感情だけど、それを使えば、人間なんてあっと言う間にボク達の奴隷になるんだ!」
その時だった。
「…おや?」
ブルドントはその時、床に無造作に転がっていた1冊の本を見つけると、それをパラパラとめくった。そして、
「…こ、…これは…ッ!?」
と、俄かに目をキラキラと輝かせ始めた。そして、
「…やっぱり、…ボクは凄いッ!!…素晴らしいアイディアを思い付いたぞおおおおッッッッ!!!!」
と甲高い叫び声を上げた。
「…これで…、…これで…ッ!!…オーレンジャーを倒すことが出来るッ!!」
自画自賛に酔い痴れるブルドント。だがすぐに、
「おおっと!こうしちゃいられない!」
と言ったかと思うと、
「…んんんん…ッッッッ!!!!」
と唸り声を上げ始めた。その瞬間、ブルドントの体が眩い光に包まれ始めたのだ。
「んんんんああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
眩い光の中で、ブルドントの甲高い叫び声が少しずつ低くなって行く。それと同時に、ブルドントの2頭身の体が大きく、細くなって行ったかと思うと、人間と同じ8頭身の体へと変化したのである。
「…ふぅ…!」
やがてその眩い光が消えたかと思うと、その中から中学生くらいの、あどけない幼さを残す顔付きを持った少年が現れた。
「…よし!」
ブルドントはそう言うと、
「これなら、オーレンジャーに近付ける。ターゲットは…」
と、壁に貼り付けてあるオーレンジャーのメンバーの写真に目をやり、目を光らせた。
パアアアアンンンンッッッッ!!!!
耳を劈くような軽い音が聞こえたその瞬間、1枚の写真だけがボロボロに焼け落ちた。
焼け残ったところから見えるニキビの跡が多い、眉毛の太い男。光沢のある鮮やかな緑色のスーツを身に纏った男。オーグリーン・四日市昌平。
「…フフフ…!」
ブルドントはニヤニヤと笑い、
「…まずは、こいつからボクの奴隷にしてやろうかな…!」
と言った。
「ごっそぉさぁん!」
とある飲食店から出て来た大柄の男。
「…っああ…、…食った食ったあ…!!」
ぽんぽんと腹を叩き、満足そうな笑みを浮かべるその男。オーグリーン・四日市昌平。
「…あ〜あ…」
昌平が不意に溜め息を吐いた。そして、
「…バラノイアとの戦いがなかったら、この後、ゆっくりとお昼寝、なんて出来るんだけどなぁ…」
と物憂げな表情を浮かべる。だがすぐに、
「…いかんいかんッ!!いつものサボり癖が出てしまった…!」
と言うと、パンパンと両手で両頬を叩く。そして、
「さぁってと!パトロールの続き続きぃッ!」
と、ライトの部分が四角く模られたグリーンジェッターに跨ると、
ブオオオオンンンンッッッッ!!!!
と言う威勢の良いエンジン音を噴かせ、その場所を後にしたのだった。
すぐ目の前に、自分の運命を大きく変える脅威が待ち構えているとも知らずに…。