そして僕らは大人になる 第1話
眩しい太陽が燦々と照り付ける。
その眩しさに風は穏やかに吹き、植物達は嬉しそうにその花びらを揺らす。その光をいっぱいに取り込もうと、黄色い花びらを目いっぱい広げるヒマワリ。紫やピンクなどの花びらを優しく開いてその光を受け入れる朝顔。今にも聖なるお釈迦様が生まれて来るんじゃないかと思うほど、幻想的にその高貴な花びらを開く蓮の花。
そして、茹だるような暑さの中に、突き抜けるような真っ青な青空がいっぱいに広がり、遠くには大きな入道雲が張り出していた。
何だか、アイツの心のように、全てが純粋に輝いて見える。それを考えれば、真っ青な青空は青と言うより、キラキラと輝くスカイブルーと言った感じだろうか。まるで、アイツのメンバーカラーのように――。
「リキィッ!!」
不意に名前を呼ばれたような気がして、俺は背後を振り返った。
「よう、コウッ!!」
相変わらず子供のようなあどけなさを残し、えくぼを作って八重歯をニッと見せるコウがいた。
「お前も来てたのか?」
俺が尋ねると、
「何、その言い方?オレは来ちゃいけなかったわけ?」
と、コウは頬をぷっと膨らませて俺に突っかかって来た。
「オレだってちゃんとお祝いしたいから、ここに来たんじゃないか!大事な一番下の弟の結婚式なんだからさ!」
そう言うと、
「でもさぁ、リキぃ。一番下の弟に先を越されちゃったな!」
と、今度は俺に意地悪い笑みを浮かべてそう言って来た。
「まぁ、こればっかりは、神様しか分からねえからな!」
俺が苦笑して言うと、コウは、
「オレには関係ないけどね!つーか、結婚なんて、一生、縁がありまっせえんッ!!」
と両手を頭の後ろで組みながら言った。
「亮さんとはどうなんだよ?」
俺が尋ねると、コウは引き攣った笑みを浮かべて、
「…順調…、…って言いたいところだけど、喧嘩ばっかり…」
と言うと、その場でしゅんとなってしまった。
「…向こうは向こうで忙しいみたいだしさぁ。…オレのこと、なかなかかまってくれないんだよねぇ…」
その途端、
「キイイイイイイイイッッッッッッッッ!!!!!!!!悔しいいいいいいいいッッッッッッッッ!!!!!!!!小太郎みたいな、あんなクソガキに先を越されるなんてええええええええッッッッッッッッ!!!!!!!!」
と、俄かにポケットからハンカチを取り出すとその端に噛み付き、思い切り引っ張った。
「…そんな性格だから、亮さんもなかなか振り向いてくれないんだろうよ…」
やれやれと溜め息を吐くと、
「あん!?何か言った!?」
と突っかかって来た。
「いや、別に?」
俺がしれっとそう言った時だった。
「あ!!リキ兄ちゃんッ!!コウ兄ちゃああああんんんんッッッッ!!!!」
小走り、いや、全力で駆けて来る、こちらも相変わらずあどけなさを残した男。そして、
「兄ちゃん達、来てくれたんだあッ!!ありがとーッ!!」
と、俺とコウに抱き付いて来た。
「おッ、おいッ、小太郎ッ!!」
スカイブルーのタキシードを着た男・小太郎を抱き止め、俺は声を上げた。
「いつまでも兄ちゃん呼ばわりはないだろう?」
苦笑して言うと、
「別にいいじゃん!リキとコウはオレのお兄ちゃんなんだからさ!」
と言った。
「そうそう。オレにとっても、リキはお兄ちゃんなんだよな!」
コウが意地悪い視線を投げ掛けて言うと、俺の耳元に顔を寄せ、
「お・に・い・ちゃん♥」
と囁くように言い、ふぅっと息を吹き掛けて来た。
「ぬわああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
思わず鳥肌が立ち、俺は物凄い勢いで飛び退いていた。
「…フフッ!!」
コウは意地悪く笑っている。
「…やッ、…止めろよッ、こんなところでッ!!」
多分、顔が真っ赤になっていたと思う。顔から火が出るとはこのようなことを言うのかと思うほど、俺の顔が熱くなっていた。するとコウは、
「別にいいじゃあん!昔はよくやっていたんだしぃ…!」
と言うと、再びぷっと顔を膨らませた。
「フフッ!!」
その時、小太郎が笑った。
「リキもコウも、全然変わってないね!」
頬を赤らめ、目をキラキラと輝かせて、小太郎は俺達を見ていた。
高校を卒業して以来、会ってなかった。
俺とコウ、小太郎は幼馴染み。同じ年に生まれ、同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校、そして同じ高校まで進んだ、はっきり言って腐れ縁。そして、お互いに気になる性についても、3人で初めての一線を越えた仲だった。
きっかけは子供の頃、テレビで見たヒーローものの番組だった。それに感化された俺達は、休み時間になると3人でヒーローごっこをしたものだった。
「キングレンジャーッ!!」
上から下まで真っ黒なジャージに身を包み、俺はポーズを構えると、
「キバレンジャーッ!!」
と、今度はコウが真っ白なジャージで対抗する。そして、
「コグマスカイブルーッ!!」
と、更に小太郎が水色のジャージで同じようにポーズを取った。
この頃から、俺達はお互いのカラーを決めていた。俺は黒、コウは白、そして、小太郎はスカイブルー。どこへ行くにも一緒。暇さえあれば、誰かの家に集まり、他愛もないことを話したり、ゲームをやったりして毎日を過ごしていた。近所の人から見れば、俺達はまるで兄弟みたいに見えたらしい。
「兄弟だったら、誰がお兄ちゃん?」
そう尋ねた時、誰もが俺が長男坊だと言った。俺はクラスでも学級委員を務めるほど、取りまとめも上手く、リーダー性があったらしい。
「「リキ兄ちゃん!!」」
コウと小太郎からそう呼ばれるのも、俺は悪い気はしていなかった。
「じゃあ、次は?」
やっぱり、のんびりマイペースなところがあるコウだった。3人でいた時、性についての知識が一番早かったのもコウだった。俺と小太郎はそれについてはうぶな方で、ある意味、コウに様々なことを教わっていたようにも思うが、それがきっかけで、コウはゲイに目覚めることになる。
「別にゲイだからって、悲観なんてしてないよ」
いつだったか、コウがあっけらかんとして言ったことがある。
「たまたま好きになったのが同性だった、それだけの話でしょ?ま、そのきっかけを作ったのはリキなんだけどね!」
そう言われて、俺は物凄く慌てふためいたことがあった。するとコウは調子に乗って、
「ひっどおおおおいッッッッ!!!!オレをこんなにしたのにいッ!!責任取りなさいよッ!!」
と、慌てふためく俺を押し倒したこともあった。で、俺が何も言えずに、と言うか相当、パニックになっていると、
「なぁんてね!ウ・ソ!」
と言い、悪戯っぽく笑ったのを覚えている。
そして、末っ子はやっぱり小太郎だった。
「…リキぃ…!」
何かあるとすぐに半泣き状態になり、俺を頼って来る。そんな時、俺はついつい、助け船を出してしまう。
あ、だから、俺が長男なのか…。
でも、小太郎は何を見るにしても、何を考えるにしても、物凄く純粋なところがあった。ウソを吐くことが出来ず、何にでも真面目で、容量オーバーを起こす。
「もっと気を楽にして、もっと適当にやっておけばいいだろ?」
見かねたコウがそう言った時、
「そんなこと出来ないッ!!オレは何でも一生懸命にやりたいんだッ!!コウなんかとは違うッ!!」
と、ムキになって言っていたのを覚えている。
そんな小太郎が、今、目の前で最高の瞬間を掴んでいた。スカイブルーのタキシードを着た小太郎の横にいる、小太郎と同じように幼顔のお嫁さん。
「…良かったな、…小太郎…」
俺の心の中が、ほっこりと暖かくなるのを感じていた。