大義名分 第2話
ブロロロロ…。
清々しいほどのいい天気の中、沢村大は軽四輪駆動車を走らせていた。だが、彼の目はひたすら睨み付けるような厳しい眼差しで、視線をあちこちに向けていた。
宇宙刑事シャイダーとしてこの地球を不思議界フーマの魔の手から守っているのだ。
沢村はもともと、考古学者だった。父の影響で大学在学中にナスカの図形の解読に没頭し、南米の孤島・イースター島にある謎の遺跡を発見する。その洞察力と行動力、遺跡に仕組まれたバリヤー光線に耐えた時、その肉体の強靭さを買われ、銀河連邦警察にスカウトされて訓練生となった。
その最中、不思議界フーマの侵略が開始され、沢村は訓練半ばで地球に赴任し、その壮絶な戦いに身を投じることになる。
だが、それもまた、彼にとっての因縁だった。
沢村は、実は、戦士シャイダーの末裔だった。1万2千年前、大帝王クビライと独り戦い、その首を胴体から切り離した、あの戦士シャイダーだ。そして、彼に与えられたコードネーム「シャイダー」もまた、偶然の産物ではなかったのである。
(…おかしい…)
軽四輪駆動車をひたすら走らせながら、沢村は視線をきょろきょろと動かす。
(…このところ、…フーマの動きがない…。…静かすぎる…!)
そうなのだ。
神官ポーが立案し、指揮を取っている今回の作戦が発動されて以降、地球にフーマが現れることがなかったのだ。
だが、これは表向きであり、ポーの作戦は秘密裏に行われていたのである。
ブロロロロ…。
気が付けば、沢村は何かに導かれるかのように、山奥深くの街へと車を走らせていた。
「…あれは?」
その時、沢村の視界に飛び込んで来たもの。
「…廃校?」
どこか懐かしさを覚える、木造の古びた校舎がそこにはあった。だが、そこには明らかに人の気配があった。よく手入れされた垣根や花、樹木。錆びてはいるものの、何度も何度も修理やペンキの塗り替えをした痕が窺える運動場の遊具。
ブロロロロ…オオオオ…ンンンン…。
その時、大は軽四輪駆動車のエンジンを止めていた。
その小学校には、何故か、引き込まれるものがあったのだ。
「…」
車を降り、ゆっくりと歩き出す。もちろん、周りを警戒しながら。
(…何も…、…ない…?)
そう思い、ほっと溜め息を吐こうとしたその時だった。
ポーン…。
どこかでボールが弾むような音が聞こえた。
「…ッ!?」
その音に思わずビクリとなる。その足元に、バスケットボールが転がって来た。そして、
「…あ…」
と言う声が聞こえたかと思うと、沢村の目の前に青い服を着た少年がぽつんと立っていた。
「…これ、…君の?」
「…え?…あ、う、うん…」
沢村はニッコリと微笑むと、
「はい!」
とボールを差し出した。するとその少年は、
「…あ、…ありがとう…」
と、照れたように笑った。
その時だった。
「「「「おーい、ブンんッ!!」」」」
校門の方から、4人の少年が駆け込んで来るのが見えた。するとその少年は、
「みんなああああッッッッ!!!!」
と声を上げ、目を輝かせて手を振った。
「あれ?」
その中で、空色の服を着た少年が沢村に気付き、
「…おじさん、誰?」
と言った。
「…お、…おじ…さん…!?」
自身はそんなに年は取っていないのに、子供からしたらそんなふうに見えてしまうのだろうか。
「…は、…はは…」
沢村が顔を引き攣らせていると、
「こらッ、ダンッ!!お兄さんに失礼だろッ!?」
と、赤い服を着た少年が言った。そして、
「すみません」
と沢村にあやまったのだ。
「…あ、…い、…いや…」
沢村はニッコリと笑うと、
「君達、ここの学校の生徒かい?」
と尋ねた。すると、今度は緑色の服を着た少年が、
「そうだよ!」
とニッコリと笑って言った。
「…でも…」
その時、今度は黄色の服を着た少年が目を伏せて、
「…この学校…、…来年には廃校になっちゃうんだ…」
と言った。
「…僕達が住んでいるこの山奥の村では、子供がどんどん減っていて…」
「おい、ボーイッ!!」
黄色の服を着た少年の目にみるみるうちに涙が溜まって行く。
「…何か、…あったのかい?」
何となく察しは付いたのだが、沢村は敢えて尋ねてみた。すると、今度は赤い服を着た少年が、
「…僕達、…ここが廃校になると、みんな、ばらばらになるんです…。…住んでいる区域が離れているから、それぞれ、別々の小学校に通わなくちゃならなくて…」
と言った。
「そもそも、僕達のそれぞれの家は自転車でも片道30分とか40分とか掛かるんだ」
「それでも隣り近所なんだから、凄いよね」
「…そう…なんだ…」
仲の良い友達と引き離される。沢村にとっても同じだ。フーマとの戦いで共にフーマ打倒に向けて訓練を続けて来た仲間である戦士が、次々とフーマによって倒されて行く。そのことを思えば、今、目の前にいる子供達の思いも痛いほどに分かった。
「オレとダイはこの村を下りた南の、ブンは東の、ダンは西の、そして、ボーイは北の小学校にそれぞれ入ることになってるんです」
「…ダイ?…ブン…?」
「あ!」
沢村が何とも言えない表情をしているのに気付いた赤い服を着た少年が気付いて声を上げた。
「す、すみませんッ!!僕達、お互いをあだ名で呼び合ってるんです!僕はジンって言います!」
「あだ名って言うか、コードネームみたいなものだけどね!」
今度は青い服を着た少年・ブンが言った。そして、黄色の服を着た少年・ボーイの肩を持ち、
「こいつ、お互いをコードネームで呼び合うような、サスペンスものとか、推理ものの小説を読むのが好きなんです」
と言った。
「で、オレ達もそれに巻き込まれて…」
緑色の服を着た少年・ダイがやれやれと言った表情で苦笑する。
「ちょっとッ!!『巻き込まれて』って言う言い方、止めてくれるッ!?人聞きの悪い…!!」
ボーイはぷぅっと顔を膨らませた。
「いいじゃないか!!カッコイイよ!!」
沢村は思わず笑っていた。
その時だった。
「ねえッ、お兄さんも一緒にバスケットボールしようよッ!!」
突然、ダイが言った。
「オレ達、ちょうど5人でしょ?それに結束力も強いしさ、だから何かスポーツをやるにはバスケットボールがちょうどいいんだよ!!」
「でも、ちょうど5人だから、試合中は誰も休憩出来ないんだよねぇ…」
ダンがやれやれと言った表情で言う。
「ああ!遊ぼうか!」
すっかり機嫌を良くした沢村は大きく頷き、5人の少年達に腕を引っ張られて行った。
これが、フーマの罠だと言うことにも気付かずに…。