女王の妖魔術 第1話
「…王…。…ヘドリアン女王よ…」
ぼんやりとした意識の中、誰かが呼ぶ声が聞こえた。
「…お前はまだ死ぬ時ではない。…再び蘇り、我々に協力するのだ…!!」
(…誰…、…じゃ…?)
少しずつ意識が戻って来る。だが、目の前は一寸先も見えない真っ暗闇だ。
「我々に協力をするのだ、ヘドリアン女王。黒い太陽神の名のもとに…」
(…黒い…、…太陽神…?)
少しだけ目の前が眩しくなったように思う。少しだけ先に、眩しく輝くものがある。
(…あれは…?)
「お前にはまだまだやるべきことがあるのではないのか?」
(…やるべきこと…?)
「人間への復讐をしないまま、その生涯を終えても良いのか?今、ここで再び目覚めねば、お前は永遠にこの暗闇の中に閉じ込められることになるのだ…!!」
(…私は…)
その目に映る眩しい光。それに導かれるように、足取りを進める。
「…私はやらねばならぬ…!!…我々を…、…ベーダー一族を滅ぼした人間どもに復讐を…!!」
パアアアアアアアアッッッッッッッッ!!!!!!!!
その思いと言葉と共に、目の前の光が彼女を包み込んだ。
ウイイイイイイイインンンンンンンン…ッッッッッッッッ!!!!!!!!
何かの機械音のような音が聞こえ、呼吸し切れないほどの酸素が大量に体中に送り込まれたような感覚がして、
「…ッッッッ!!!!」
と顔を歪め、彼女は目を覚ました。
「…?」
目の前、いや、天井のようだ。見慣れないそこ。ベーダー城のように淀んだ空気もない。全てが冷たく、無機質に見える。
「…ここは…?」
その時、目に飛び込んで来たもの。
真っ黒な生命体。その体中には赤いラインが施された機械兵。そして、その横に大柄の、真っ赤な2つの目を持つ男。
「…ッッッッ!!!?」
ここはベーダー城ではない。そう分かった彼女はゆっくりと起き上がった。
だが、すぐに異変に気付く。
まず、頭。骨のような、角のようなあしらいの大きな冠がない。それよりも軽い何かが頭に纏わり付いている。それから、体。彼女のボディラインを浮き立たせるような衣装ではなく、どこまでも冷たいただの服のように思えるようなその姿。そして、唇と爪。凍り付くような色をしている。
ヘドリアン女王。ベーダー一族の女王。異次元の宇宙から地球を侵略し、ヘドロに満ちた星にしようとした。だが、その野望は、かつて、自分達が滅ぼしたデンジ星の生き残りの一匹のロボット犬と、その力を受け継いだ5人の若者「電子戦隊デンジマン」によって阻止された。
仲間を次々に失ったヘドリアン女王は悲しみの中、密かに姿を消し、深い眠りについていた。
だが、そんな彼女は今、こうして目を覚ました。北極の氷河の中で氷漬けになって眠っていたへドリアン女王は、ベーダー一族が滅んで程無くして地球侵略を開始した機械帝国ブラックマグマの支配者・ヘルサターン総統の蘇生手術を受けて蘇ったのだ。
「…お目覚めかな、ヘドリアン女王?」
ぎょろっとした赤い2つの目を持つ男・ヘルサターン総統は満足気に頷くと、
「あなたにやっていただきたいことがある。付いて来るが良い」
とだけ言うと、スタスタと歩き始めた。
「どッ、どこへ行くッ!?私をどうする気なのじゃッ!?」
慌てて声をかけるが、そんな彼女を無視してスタスタと歩き続けるヘルサターン。
「…ッッッッ!!!!」
イライラで顔をくしゃくしゃと歪めると、ヘドリアンは手術台の上から起き上がり、後を追った。
居城のような佇まいの建物を出て行くと、そこはブリザード吹きすさぶ極寒の地だった。その中に、かまくらのような大きなスノードームがあり、その小さな入口から身を屈めるようにして、ヘルサターンがその中へ入って行った。
「…ここはどこじゃ?こんなところでグズグズしている暇はない。私は復讐せねばならぬ。ベーダー一族を滅ぼした人間どもになッ!!」
思い出すだけでも腹が立つのだろう。極寒の場所なのに、ヘドリアンの顔は真っ赤になっている。
すると、ヘルサターンはクルリとヘドリアンの方へ振り向くと、
「私と手を組もう。そして人間どもを…」
と言った。その言葉にカッとなったのか、ヘドリアンはヘルサターンの言葉を遮るように右手を振ったかと思うと、
「フンッ!!誰が機械人間ごときと…」
と言った。
「…ククク…!!」
「何がおかしい!?」
女王の言葉に不意に笑い始めるヘルサターン。その低い笑い声に、ヘドリアンは思わずカッとなって怒鳴り返した。するとヘルサターンは、
「ここを離れては生きては行けんッ!!あなたも機械人間なのだ、へドリアン女王ッ!!」
と言った。
その言葉に、ヘドリアンは呆然とする。
「…なんと…!?」
そうだ。ベーダー一族の女王だった頃と姿かたちが完全に変わっている。彼女のボディラインを浮き立たせるような衣装ではなく、ゴツゴツとした固い金属のような腕輪や冠が取り付いている。
「…ご理解いただけたかな、ヘドリアン女王?…あなたの体内には人工臓器が埋め込まれておる。心臓とて私が作ったものだ…!!」
「…ぬうううう…ッッッッ!!!!」
ギリギリと歯軋りをし、悔しそうな表情を浮かべると、
「…余計なことをしおってえ…ッ!!」
と声を絞った。
その時だった。
「生け贄を捧げるのだ、ヘドリアン女王ッ!!」
突然、ヘルサターンがそう声を上げた。
「…生け贄…、…じゃと…?」
ヘドリアンはきょとんとする。すると、ヘルサターンは、
「生け贄を捧げるのだ、ヘドリアン女王ッ!!我らが太陽神にッ!!そして、黒太陽のミサを司るのだッ、へドリアン女王ッ!!」
と言った。
「…黒太陽の…、…ミサ…」
するとどうだろう。その言葉を聞いた時、ヘドリアンが右手をすっと胸の部分へ上げたのだ。その瞳は、何かに操られたかのようにさっきまでの光を失っていた。
暫くすると、ヘドリアンは自身の部屋に戻っていた。
「…水晶よ…」
厳しい眼差しで低い声でそう言うと、どこからともなく、キラキラと不気味に光る水晶がスゥッと飛んで来て、女王の目の前に現れた。その水晶の奥には、2人の女性が映し出されている。
「…ああああああああ…」
両腕を静かに回しながら、ヘドリアンは1人目の女性に声をかけ始めた。いや、実際に目の前で声をかけるのではない。
妖魔術。ヘドリアンが得意とする魔術で、相手の脳へ直接語り掛けるのだ。
大きな白い建物。その敷地内にはたくさんの遊具がある。どうやらそこは小学校のようだった。そして、空色のスーツ、やや吊り上がった眼鏡をかけたその女性はゆっくりと階段を上っている。
「…階段をどんどん上って行け…。…そうじゃ…。…階段をどんどん上って屋上へ出るのじゃ…!!」
その女性は建物の屋上へ出ていた。
「校庭を見るのじゃ。…ほら…、…お前の仲間が迎えに来ている…。…その仲間と行くのじゃ、…楽しい場所へ…。…思い切って飛ぶのじゃ…!!」
長閑な住宅街。そこで行われている結婚式。ウェディングドレスに包まれた女性が参加者の祝福を受けている。
「お前の結婚は間違っている。すぐに逃げなさい。すぐに逃げないと不幸に襲われる」
ヘドリアンはその女性の脳へ語り掛ける。
「すぐに逃げないと、不幸に襲われる…!!」