僕だけのヒーローU 第10話

 

「行ってらっしゃい!!

 今日も高らかに響く、僕の掛け声。その掛け声に釣られるかのように、竜也さん、アヤセさん、ドモンさん、そしてユウリさんが慌しく出かけて行きます。最近、みんなの顔が心なしか、キラキラと輝いて見えます。

 トゥモローリサーチ。僕達が生計を成り立たせるために始めた“副業”。今までは1日1件、小さな仕事があればいい方だった僕らの“副業”が、今では本業のようにとても忙しくなったのです。朝から夜遅くまで仕事がぎっしり入り、みんなも俄然、やる気になって出かけています。

 でも、本当の顔は、未来からこの時代に遡って、罪を犯そうとする時空犯罪者を逮捕する、タイムレンジャー。竜也さんはタイムレッド、アヤセさんはタイムブルー、ドモンさんはタイムイエロー、ユウリさんはタイムピンクにそれぞれクロノチェンジします。そして、僕はタイムグリーンにクロノチェンジします。

 そんな僕らの“副業”が、何故、急に忙しくなったかと言うと…。

 

「…よしッ!!

 みんながバタバタと出かけた後、僕は広間に置いてあったはずのみんなの荷物をくまなくチェックしました。忘れ物があって、「誰かが戻って来やしないか」を確認するためです。

「…うん。問題なしッ!!

 僕はそう言うと急いで自分の部屋に戻り、ドアを勢い良く閉めました。そして窓際へ走ると、窓をガラッと音を立てて開けたのです。

「お待たせしました、直人さん!」

 なんとそこには、上下青い作業服を身に付けた、僕よりも長身のイケメンさん、滝沢直人さんが立っていたのです。

 滝沢直人さん。タイムファイヤーにクロノチェンジする僕達の仲間です。でも、直人さんは独りで行動することが多く、決して、僕らの輪の中には入ろうとしませんでした。

 そんな直人さんが今、僕の目の前にいます。

「失礼します」

 恭しく言うと、窓の縁を乗り越え、僕の部屋の中へ入って来ました。そして、辺りを静かに窺うと、

「みんな、出かけたようですね?」

 と言いました。

「ええ」

 僕はニッコリと微笑むと、直人さんに静かに抱き付きました。

「…シオン様…!」

 直人さんの逞しい腕が、僕をすっぽりと覆うかのように静かに抱き締めます。

 直人さん、最初は僕と接するのも嫌だったようです。でも、僕が何度も何度も接して行くうちに、少しずつ、僕にだけは心を開いてくれるようになって、今では僕のもう1人の奴隷になってくれています。

 そして、直人さんが僕に会う時は、いつも決まって、みんなが出かけた後と言うことにしていたんです。とは言え、僕が出かけて行っては逆にみんなに怪しまれます。かと言って、直人さんが正面から入って来るのも、万が一、誰かとバッタリ遭遇した時に面倒なことになります。なので、予め僕の部屋の窓際によじ登っていてもらったんです。

 僕の部屋は表の通りからは見えない、家に挟まれたところに位置しています。こう言うことを得意とする直人さんならではの、とっておきの作戦でした。

「ねぇ、直人さん」

 僕が直人さんの腕の中で、直人さんを見上げます。

「何ですか、シオン様?」

 静かに微笑む直人さん。

「ありがとうございます。直人さんがたくさん仕事を回して下さったお陰で、僕達の生活が随分、楽になりました」

 急に仕事がたくさん舞い込んで来たのは、全て、直人さんのお陰だったんです。トゥモローリサーチとしての仕事があまり上手く行っていないことを知っていた直人さんは、みんなに気付かれないように、そっといろいろな仕事を回してくれるようになりました。

 すると直人さんは、

「それは、お互いの利害関係が一致したからですよ、シオン様」

 と言いました。

「利害関係?」

 僕が尋ねると、直人さんは静かに頷いて、

「仕事がないと言っていた竜也達には、こっそりと仕事を回すことによってトゥモローリサーチとしての活動を活発化させる。そのうち、私が仕事を回さなくても、近所の評判を聞き付けた人々によって仕事が継続的に入って来ることになる。収入は更に増加することは、竜也達の仕事へのモチベーションも高くすることにもなりますよね?…そして…」

 と言い、僕を静かに離すと僕の目の前で静かに片膝を床につき、僕を見上げます。

「仕事が増えれば増えるほど、竜也達の帰りが遅くなる。そうなれば、私がシオン様と会う時間が増えると言うことです」

「…でも…」

 僕は苦笑しながら言いました。

「みんなが精一杯お仕事をして来て下さるのは嬉しいんですけど、その分、余計に腹を空かせて帰って来るので、我が家のエンゲル係数がグンと上がっちゃったんですよねぇ…。大食家が2人もいるので…!」

 すると直人さんは、目を大きく開き、

「…そこまでは、…考え付きませんでした…!!

 と言い、急いで正座をしたかと思うと、

「申し訳ございませんでしたッ、シオン様ッ!!そこまでは考えておりませんでしたッ!!

 と土下座をして言ったんです。

「気にしないで下さい!」

 僕は明るくそう言うと、直人さんの両肩を掴み、ゆっくりと立ち上がらせました。

「直人さんが僕のことを考えて下さっているだけで、僕は凄く嬉しいですから!」

「…シオン…様…!」

 不意に直人さんの顔が動いたかと思うと、

 チュッ!

 と僕の唇に優しいキスをしたんです。

「…ねぇ、…直人さん…」

 僕はやや顔を赤くして直人さんを見つめます。少しだけ、胸の鼓動が早くなっています。

「…タイムファイヤーに、…クロノチェンジして…下さい…!!

 僕がそう言うと、直人さんはニヤリとし、

「かしこまりました!」

 と言ったかと思うとブイコマンダーを取り出し、大きく体を動かしたかと思うと、

「タイムファイヤーッ!!

 と叫んだのです。野太い声が響いた瞬間、直人さんの体が光り、タイムファイヤーの光沢のある真紅のクロノスーツに身を包まれていました。

「直人さん、今日はマスクを取って下さい」

 僕がそう言うと、

「かしこまりました」

 と直人さんが言い、両手が動いたかと思うと、静かにタイムファイヤーのマスクを取り外したのです。

「今日は、ちょっと使ってみたいものがあるんですよ!」

 僕はそう言うと、机の中から小さな箱状のものを取り出しました。

「…それは?」

 僕のもとへ歩いて来た直人さんが、僕のその箱を交互に見つめます。

「行きますッ!!

 僕はそう言うと、その箱に付いていたレバーをグイッと手前へ引き寄せました。

 次の瞬間、部屋の光景がぐにゃりと歪み始めたのです。

「うおッ!?

 その光景に、直人さんが思わず声を上げます。その瞬間、部屋の四方の壁がグンと奥へ奥へと動いて行くのが分かりました。

「…んなッ、…何だ…ッ!?

 直人さんが驚いて声を上げます。気が付いた時には、僕達は何にもないだだっ広い空間の中心部にいたのですから。

「シッ、シオン様ッ!?…な、…何を…ッ!?

 僕はニッコリ微笑むと、

「時空の空間を歪めたんです」

 と言いました。

「この部屋の時間だけを操作して、空間を広げたんです。だから、この建物自体の外見や、他の部屋は何の異常も見られないんですよ」

「…は、…はぁ…」

 直人さんが目をパチクリさせています。

「…じゃあ…!」

 僕はそう言うと、直人さんの両腕を素早く掴み、あっと言う間に後ろ手に拘束してしまいました。

「…なッ、…シッ、…シオン様ッ!?…なッ、…何を…ッ!?

 突然のことに驚く直人さん。

「決まってるじゃないですか!直人さんの処刑ごっこですよ!」

 僕はニッコリとして、部屋の明かりを消し、直人さんだけが当たるライトを付けました。

 

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