最後の恋 第1話

 

 ガランッ!!ガラン、ガラン…。

 扉を開けると、その裏側に取り付けられている大きなベルが賑やかな音を立てる。そして次の瞬間、コーヒーのいい匂いが鼻を掠めた。

「いらっしゃいませー!」

 若々しい声と共に振り向く1人の男の子。その子は僕の顔を見るなり、

「…あ…」

 と目をちょっとだけ大きくさせ、ニコッと笑った。

「…ふぅぅ…」

 大きなビジネスカバンを2つも抱え、僕は近くにあったソファに腰を掛ける。すると、年季の入ったそのソファはズブズブと僕の体を飲み込んだ。

「お疲れ様ですッ!!

 さっき、僕に声をかけてくれた男の子がブリキのお盆に載せた水の入ったグラスとおしぼりを僕のテーブルの上に置いた。そして、

「いつものでいいですか?」

 と聞いて来た。

「…うん…。…お願い…」

 ふぅぅと大きな溜め息を吐き、僕がそう言うと、その男の子は苦笑して、

「今日は何だか、お疲れですね」

 と聞いて来た。

「…うん…。…仕事が…、…ちょっとハードでね…」

 僕がそう言うと、

「無理しちゃ駄目ですよ?」

 と、その男の子は悪戯っぽく笑うと、カウンターの方を振り向き、

「ブレンド、1つッ!!

 と大声で言った。

 

 ここはとある街のとある喫茶店。純喫茶と言う言葉がよく似合う、年配の男性が営む喫茶店でアンティークな調度品が置かれている。僕が今、座っているソファもかなりの年代物で、あちこちが日に焼け、色が薄れている。店内は茶色を基調とし、落ち着いた雰囲気だ。ジャズピアノの曲が適度の大きさで流され、コーヒーを入れるいい匂いが充満している。それから、常連客もたくさんいるようで、いつも同じ時間に行くとだいたい同じ顔触れと言ったところだった。

 仕事がハードなだけに、こう言った静かな喫茶店が一番落ち着く。眠気を誘うような安堵感が僕を包んでいるのは間違いなかった。

「お待たせしました!!

 気が付いた時、さっきの男の子が白いアンティーク調のコーヒーカップに入ったコーヒーを持って来てくれた。静かに湯気が立ち、嗅ぎ慣れたコーヒーのいい匂いがする。

「…ありがとう…」

 僕はそう言うと、テーブルに置かれていたシュガーポットから角砂糖を取り出し、コーヒーカップに静かに落とす。するとその角砂糖はシュワシュワと言う音を立てて、真黒なその中へ気泡を立てながら沈んで行った。そして、更に、コーヒーミルクを少しだけ入れ、カチャカチャと音を立ててかき混ぜ始めた。

「…最近、忙しそうですね…?」

 他の客が落ち着いているからか、その男の子は僕に話しかけて来た。

「…まぁねぇ…。…年度末も…、…近いからね…」

 僕はそう言うと、コーヒーを一口すする。そして、

「大地君はもうすぐ春休みだっけ?」

 と聞いてみた。すると、大地君はニッコリとし、

「ええ!!でもその前に期末テストがあるんですよねぇ…」

 と言い、ガリガリと頭を掻いた。

「オレ、陸上ばっかりやってたから、勉強が苦手なんですよ。一応、大学の授業は真面目に出てますけど、チンプンカンプンで…」

「ウソだぁ?大地君なら、余裕でクリアするんじゃないの?」

 僕が悪戯っぽく笑うと、大地と呼ばれたその男の子はニッと笑い、

「まぁ、何とかなると思ってますけど!!

 と言って笑った。

「大した自信家だね」

 僕まで釣られて笑うと、

「…いいなぁ…」

 と、思わず口に出していた。

「青春してるなぁ、大地君は…」

 僕がそう言うと、大地君はニッコリと笑ったものの、

「でも、2年前はそれどころじゃなかったんですから!!オレ、暴魔百族と命懸けで戦ってましたし…!!

 と言った。

「そうなんだよな。大地君は地球の運命を背負ってたんだよね?」

 その時、大地君は身を乗り出し、僕の顔に自分の顔を近付けると、

「でも、このことを話したの、英浩さんだけですからね!」

 と声を潜めて言うと、チラリとカウンターの方を見た。そして、俄かに顔を引き攣らせ、

「…やっべ…!!…マスターが睨んでらあ…ッ!!

 と言ったかと思うと、急に慌て出し、

「…じゃ、…じゃあ、ごゆっくり…!!

 と言って物凄い勢いで仕事に戻って行った。

 その姿を、僕は呆気に取られて見ていたが、

「…フフッ!!

 と笑うと、ゆっくりとコーヒーを口にしたのだった。

 

 僕は名前を英浩と言う。これと言って取り柄のない、どこにでもいそうな、普通のサラリーマンだ。年齢的には、もう、中年、と言ったところだろうか。ただ、他の同級生に比べたら若いと言われる。

(…ただ、…童顔なだけなのに…)

 どう見ても30代にしか見られない。中年の域に入っているのに、そんな貫禄もない。親不孝なことに、結婚もしていない。最近は、親ですら、結婚の2文字を口に出さなくなった。

 そうなんだ。

 僕は女性を愛せない。視線はいつも男性へ注がれる。特に、大地君のように若い男の子に。笑顔が素敵で、爽やかで。おまけにスポーツをやっていて、程よく筋肉が付いていて…。

「オレ、2年前までターボレンジャーだったんです。ブラックターボとして、この世界を暴魔百族から守っていたんです」

 いつだったか、大地君が話してくれた。

 確かに2年前、不可思議な、いや、不気味な事件があちこちで起こっていた。いわゆる、「魔物」がこの世の中に現れ、破壊と殺戮を繰り返した。僕達は逃げ惑い、息を潜めて暮らしていた。

 そんな時、僕達の目の前に「高速戦隊ターボレンジャー」と名乗る派手なスーツを身に付けた5人の若者が現れた。その中の1人、ブラックターボが今、目の前にいる大地君だったと言うわけだ。

「オレがターボレンジャーになったのって、結構、単純だったんですよ!!

 苦笑して話してくれた大地君。でも、その目はキラキラと子供のように輝いていた。

「子供の時、森の奥で妖精の光を浴びたんですよ。それがオレだけじゃなく、力や洋平、俊介、そしてはるなもそうだった。って言うか、運命の5人が同じ高校の、同じクラスにいるのって、まさに運命じゃないですか!?

 太古の昔、妖精達は力を合わせて、この世界を侵略しようとする暴魔百族と言う恐ろしい魔物を封じた。でも地球上の環境破壊がどんどん進み、それが暴魔百族を蘇らせてしまった。妖精の生き残りであるシーロンが、暴魔百族と戦う戦士を選んだ。その条件が、妖精の光を浴びた5人の若者、大地君をはじめ、レッドターボの炎力君、ブルーターボの浜洋平君、イエローターボの日野俊介君、そして、ピンクターボの森川はるなさんだったらしい。

「苦労しましたよ、マジで!!学校の出席日数は足りなくなるし、先生には何をやってるんだって疑われましたし!!

 そう言いながらも、何だか、楽しそうな大地君。

(…青春…、…してるんだな…)

 目をキラキラと輝かせて話す大地君が、僕にはとても眩しく、羨ましく思えた。

 

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