最後の恋 第2話

 

 僕と大地君との出会いは、まさにこの喫茶店だった。

 数ヶ月前のことだった。

 ガランッ!!ガラン、ガラン…。

 いつものようにお得意さんのところへ出かけたその帰り道、僕はいつものようにこの喫茶店へ立ち寄った。

「いらっしゃいませー!」

 その時、聞き慣れない声が聞こえた。

 真っ白なシャツ、黒いジーンズに身を包んだ長身の男の子がいた。それが、大地君だった。そして、僕がソファに腰掛けるのを見計らったかのように、水の入ったグラスとおしぼりを持って来た。

「いらっしゃいませ」

 穏やかに微笑みながら僕の顔を見る大地君。

「…ホットコーヒーを…」

 僕がそう言うと、大地君はニコッとして、

「かしこまりました!」

 と言い、

「ブレンド、1つッ!!

 と大声で言いながらカウンターへ戻って行った。

 

「お待たせしました!!

 暫くすると、大地君はコーヒーの入った真っ白なカップを持ってやって来た。そして、静かに僕が座っているテーブルに置くと、

「ごゆっくりどうぞ!」

 と言って、再びカウンターへ戻って行く。

「…」

 正直、僕はぼんやりしていた。と言うか、大地君に見惚れていた。

 こんな個人経営のお店が、会社か何か、大きな企業の傘下に入っているとは思えない。となれば、アルバイトしかないわけで。

(それにしても…)

 それまで、大地君は見たことがなかった。となれば、最近、入ったばかりだろう。それなのに、テキパキと動く。レジを打つ時の手付きも物凄く慣れている。スピーディーなのに、雑さがない。発声も物凄くはっきりしていて、ハキハキしている。

(慣れてるなぁ…)

 カチャカチャとティースプーンを回しながら、僕はぼんやりと大地君を見つめていた。その時、大地君がチラッとこっちを見た。そして、ニコッと微笑んだのだ。

「…ッ!!

 その時、僕は瞬間的に目を伏せて、ティースプーンを物凄い勢いで回していた。

 

 そんなことが何度かあった、つい先日のことだった。

 この日もお得意さんのところへ出かけた。そして、その帰り道、いつものようにこの喫茶店へやって来た。

 ガランッ!!ガラン、ガラン…。

 いつものようにドアの後ろに取り付けられている大きなベルがけたたましい音を立てて鳴った。

「いらっしゃいませー!」

 聞き慣れた声が聞こえ、僕は視線をその方向へずらす。すると、向こうも気付いたのか、

「…あ…」

 と言うと、顔を綻ばせ、ぺこっと頭を下げて来た。大地君だった。

「…ふぅぅ…」

 少しずつ、大地君がこのお店にいることにも慣れて来た。僕はいつもの場所に腰を下ろす。すると、だいたいいつもと同じタイミングで大地君が水とおしぼりを持って来た。

「こんにちは!」

「ど、どうも…」

 どぎまぎしてしまう。大地君の爽やかな笑顔が物凄く眩しい。

「ホットコーヒーを…」

「かしこまりました!」

 いつもの挨拶が終わり、僕はふぅぅと溜め息を吐いた。その時、大地君がすすっと傍にやって来たのだ。もちろん、周りのテーブルを片付けながらだが。

「…学生さん?」

 今日は不思議なくらいにお客が少ない。声をかけるなら、今しかない!そう思った僕は、大地君に思い切り声をかけていた。すると大地君は、

「はい!!学生です!!

 と、爽やかな笑みを浮かべて言った。

「接客慣れしているね。凄く動きもテキパキしているし、丁寧だし…」

「そうですかぁ?ありがとうございます!!

 嬉しそうに言う大地君。

「…いくつ?」

 思わず、聞いていた。すると大地君は、

「もうすぐ20歳ですッ!!

 と嬉しそうに言った。

「…いいなぁ…」

 本気でそう思っていた。

「若いなぁ」

「アハハハハ…!!

 大地君、本当に嬉しそうに笑う。その笑顔が本当に爽やかで、眩しくて…。

「…あ、ごめんね。仕事中に話しかけちゃって…」

 あんまり長い間、話をしていられない。さすがに、大地君にも申し訳なくなって、僕はそう言っていた。すると、大地君もニコッとするも、

「あ、いえいえ。こちらこそ」

 と言うと、

「じゃあ、ごゆっくり…」

 と言い、すぐに他のテーブルへ移動して行った。

「…」

 そんな大地君を視線で追う僕。心臓がドキドキと高鳴っている。と言うか、顔が真っ赤になっていたと思う。

「…二十歳…、…か…」

 二十歳の大地君。そんな大地君に、中年の領域の僕。

「…フッ…!!

 思わず自虐で笑ってしまった。

 釣り合うわけがない。そもそも、大地君は未来がある子だ。そんな子の未来を、僕が奪ってしまってはいけない。

「…このくらいでいいんだ…」

 僕はそう言うと、コーヒーを一口すすった。

「…このくらいの距離感が、…ちょうどいいのかもしれない…」

 他のお客さんとも屈託のない笑顔で話す大地君。丁寧だし、常に相手のことを考えて話しているようにも思う。

「…うん…」

 何か、自分の中ですとんと理解しているような気がしていた。

 僕は、数多くのお客さんの中の1人。自分だけが特別じゃない。

「…そう…、…思わなきゃ…」

 じゃなきゃ、この想いが辛すぎるから…。

「…は…」

 胸が苦しい。一目惚れ。

 僕はその時、体をソファに投げ出すと、冷めたおしぼりを顔の上に載せた。

「アハハハハ…!!

 そんな、視界が真っ暗な僕の耳に、大地君の爽やかな笑い声が聞こえていた。

 

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