最後の恋 第3話

 

 それからも、僕は何度もその喫茶店に行った。

「…ふぅぅ…」

 いつものようにお得意さんのところへ出かけた帰り道はどうしても休憩したくなってしまう。そうすると、いつもの喫茶店に行けば、静かなジャズピアノの曲が店内に流れて落ち着いた雰囲気だったし、何よりも、あの日に焼けた、ちょっとクタクタになったソファに思い切り体を減り込ませることが出来るのがありがたかった。気が付けば、ウトウトしてしまうことも何度かあったくらいだ。

 …もちろん、大地君のことが気になっていたのもあったのだが…。

「いらっしゃいませ!!

 僕がソファに体を減り込ませていると、大地君がニコニコとしながら水の入ったコップとおしぼりを持って来た。

「今日もお疲れですねッ!!

「…うん…。…眠い…」

「アハハハハ…!!

 屈託のない笑顔で笑う大地君。そして、

「無理しないで下さいね!!

 と言った。

 その時だった。

「いつものでいいですか?」

「…え?」

 一瞬、耳を疑った。すると、大地君はニヤッとして、

「いつものブレンドコーヒーに、角砂糖が2個、そして、コーヒーミルクが若干、少なめ…、…ですよね?」

 と言ったのだ。

「…あ…」

 まさにその通り。それが、僕がここのコーヒーを飲む時の飲み方だった。

「…あ、…ああ…。…お願い…」

「かしこまりました!!

 大地君はそう言うとカウンターを振り返り、

「ブレンド、1つッ!!

 と言って、戻って行く。

「…マジで…?」

 ガッシリとした体付き、特に陸上をやっていたと言う大地君の下半身はパンパンに肉が付き、スリムなジーンズがパンパンに膨れ上がるほど。そんな大地君の後ろ姿に、僕は本気で見惚れていた。

 

「お待たせしましたぁ!!

 暫くすると、大地君は僕が注文したブレンドコーヒーを持って来た。真っ白なコーヒーカップに入ったコーヒーは黒色ではなく、茶褐色だった。

「角砂糖2個と、コーヒーミルク少な目です!!

 僕はそのコーヒーを一口、飲んでみる。

「…当たり…」

「よしッ!!

 大地君は右拳を握り、肘を曲げてグイッと後ろへ引いた。

「…さすが…だ…なぁ…」

「へへッ!!

 嬉しそうに、でも、照れたように笑う大地君。

「そうやって覚えていてくれるの、何だか、嬉しいよ」

 僕がそう言うと、大地君も、

「アハハハハ…!!

 と笑った。

「そう言えば、家はこの辺りなの?」

 僕が尋ねると、大地君は、

「いえ、ここから1時間くらいですね」

 と言った。

「え!?家の近所でバイトしないのかい!?

 驚いて声を上げると、大地君はちょっと苦笑して、

「家の近所だと、友達とかに会う確率が高いですし、いろいろやり辛くて…」

 と言った。

「…じゃ、…じゃあ、…地下鉄ユーザー?」

「はい!!地下鉄ユーザーです!!

「…一緒…」

「え!?

 その時、大地君は目を大きく見開いた。

「…僕も、…大地君と同じ地下鉄の路線ユーザーだよ…」

「ウッソ!?マジですか!?

 その時、大地君は、

「わぁ、共通点発見〜!!何だか、嬉しいなぁ!!

 と言ってくれた。

「でも、通勤の時間が違うからね。すれ違いもしないかもね」

「そう言われると、そうですよね!!アハハハハ…!!

 屈託のない笑顔で相変わらず笑う大地君。

「んじゃ、ごゆっくりぃ!!

 そう言うと、大地君はカウンターへと戻って行く。

 …だめだ…。…もう、…だめだ…。

 僕の心臓は、大地君に完全に撃ち抜かれていた。

(…僕は、…大地君に一目惚れしてしまったんだ…)

 でも。僕は中年のおっさんだぞ?もしかしたら、大地君のご両親と同じくらいの年齢かもしれないのに…。

(…そもそも…)

 僕達はまだ、お互いの名前すら、交換していない。もちろん、大地君はエプロンに名札を付けている。だから、大地君の苗字が「山形」と言うのは知っていた。もちろん、下の名前を知るようになったのはもっと後からだが。

(…どうやって…?)

 その時、僕はいろいろと考えていた。

 大地君に迷惑にならない程度で、どうやって大地君に僕のことを知ってもらおうか…。そもそも、僕が大地君のことをいろいろ聞いてばかりじゃないか。僕のこと、一切、口にしていない。

「(大地君のことばかり聞いていると、逆に、変に思われるかも…)…そうだ!!

 その時、僕の頭の中に浮かんだもの。

(名刺だ!!

 会社のじゃなく、自分のオリジナルの名刺を渡そう。もちろん、連絡先も書いた上で、もし、何かあれば連絡下さい、と言う体で。

 

 そして、それを実行したその日。

「わッ、わざわざ、すみませんッ!!

 大地君が物凄く恐縮していた。

「いや、山形君のことばかり、いろいろ聞いていたから…」

 僕がそう言うと、大地君は名刺を見て、

「…英浩…さん…」

 と、僕のことを下の名前で呼んだ。

「え?…あ、…ああ…」

 まさか、下の名前で呼ばれるとは思っていなかったので、僕が戸惑っていると、

「オレのこと、“大地”って呼んで下さい!!

 と、大地君が照れながら言った。

「山形大地。オレの名前です!!

 そう言った大地君の顔が、眩しいほどにキラキラと輝いて見えた。

 

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