最後の恋 第5話
その日の夕方も、大地君がアルバイトをしている喫茶店へ立ち寄った。
(…最悪だ…)
正直、その日は仕事にならなかった。
いつもと同じ満員電車。その中で、僕は大地君に会った。大地君がアルバイトをしている喫茶店以外で、大地君に会うのは初めてのことだっただけでも心臓がドキドキと高鳴っていたのに、お互いの体が密着するほどにぎゅうぎゅうの満員電車の中で、文字通り、僕達はお互いの体を密着させた。
しかも、密着させた、と言うのがとんでもないところだった。
「…ひ、…英浩…、…さん…」
グレーのスウェットズボンを穿いていた大地君。その2本の足の付け根部分に息づく、大地君の男としての象徴・ペニス。そこに、外へ向けられた僕の右手が当たり、その中に大地君のペニスがすっぽりと包まれるような格好になっていたのだ。
顔を真っ赤にした大地君。笑ってはいるものの、少しだけ困ったような表情をしていた。
それだけで済めば良かった。でも、運命の女神は僕達にイタズラを仕掛けて来た。僕の手のひらの中にすっぽりと包まれるようになっている大地君の男としての象徴。それが少しずつ、硬さを増して行ったんだ。
「…ふ…ッ、…んん…ッ!!」
逃れたくても逃れられない。腰を引きたくても引けない。そんなぎゅうぎゅう詰めの満員電車の中で、大地君のペニスは正直に反応している。
ドクンッ!!ドクンッ!!
その時、僕の心臓は大きく高鳴っていた。意識がぼぉっとするくらい、僕の心の中はおぞましい感情がグルグルと渦巻いていた。そして、僕は大地君のペニスに悪戯を仕掛けた。
僕の指がピクリと動いたその瞬間、
「んッ!!」
と大地君が呻き、ピクリと体を跳ねらせた。
「…あ…ッ!!」
「…く…ッ!!」
僕の手が動くたびに、大地君は僕にしか聞こえないような小さな声で顔を真っ赤にして呻く。そして、大地君のペニスはその大きさを変え、グレーのスウェットズボンの中で熱を帯びていた。
僕は無言のまま、大地君の大きく勃起したペニスをそっと握る。そして、それをゆっくりと上下にゆるゆると刺激し始めた。
「…あ…ッ!!…あ…ッ!!」
大地君は顔を真っ赤にし、目をギュッと閉じて懸命にその刺激を堪えようとしていた。
今でも手のひらの中に、大地君の男としての象徴の形や温もりが残っている。それを思い出すだけで、僕の同じ場所も大きく勃起し、仕事中に腰をくの字に折り曲げることさえあった。
「…はぁぁ…」
大きく溜め息を吐く。
「…どうやって大地君に顔を合わせたらいいんだろう…?」
大地君のことが好きだ。好きだからこそ、あんなことをしてしまったのかもしれない。偶然とは言え、今、僕の心の中には後悔の2文字しかない。
(…嫌われただろうな…)
フッと苦笑する。自業自得と言えば、自業自得だ。
それでもあの喫茶店には行く。大地君がいる、あのお店へ…。
ガランッ!!ガラン、ガラン…。
いつものように、扉の裏側の大きなベルがけたたましい音を立てる。と同時に、
「いらっしゃいませー!」
と言う大地君の大きな声が聞こえた。そして、僕を見るなり、
「…あ…」
と言ったかと思うと、はにかんだ笑顔を見せた。
ドクン。ドクン…。
心臓が大きく高鳴る。
「…」
僕は無言のまま、空いている席にゆっくりと腰掛けた。すると、大地君はいつものようにお水とおしぼりを持って来ると、
「いつものでいいですか?」
と聞いて来た。
「…うん…」
僕は頷く。
(あやまらなきゃ!)
意を決した僕は、それまで見なかった大地君の顔を見上げ、
「大地君!」
と呼んだ。
「はい?」
いつものようにニコニコしている大地君。
「…け…ッ、…今朝は…、…ほんとに…ごめん…!!」
多分、顔は真っ赤になっていただろう。大地君は一瞬、きょとんとした表情を見せたがすぐにニッコリ笑うと、
「大丈夫ですよぉッ!!気にしないで下さい!!」
と言うと、僕に顔を近付けた。そして、
「マジで気持ち良かったんで!!」
と悪戯っぽく笑った。
その笑みはどっちなんだ、と言いたくなるほどだった。でもまぁ、恐らく、体育会系のノリと言うか、そんな感じで考えているのだろうと思った。いや、思うことにした。じゃなきゃ、僕が辛いから…。
「お待たせしました!!」
暫くすると、大地君は僕のもとへコーヒーを持って来た。
「いつものブレンドコーヒーに、角砂糖が2個、そしてコーヒーミルクが少なめ、ですッ!!」
「…ありがとう…」
「もうッ!!今朝のこと、まだ気にしてるんですかぁ?」
大地君が苦笑している。
「…だって…」
偶然とは言え、あんなことがあれば、誰だって嫌だろう。自身の男としての象徴を、よりによって同じ男に触られたのだから。でも大地君は、
「大丈夫ですよぉッ!!本当に気持ち良かったんだし!!」
と言った。そして、
「…それに…、…英浩さんだったから…」
と、顔を真っ赤にして呟くように言った。
「え?」
「いッ、いやッ、何でもないですッ!!」
咄嗟に大地君は笑うと、
「英浩さん。今夜、空いてませんか?」
と聞いて来たんだ。
「…え?」
思わず聞き返す。見上げるとそこには、顔を更に真っ赤にしている大地君がいた。
「…良かったら、一緒にご飯でもどうですか?」
「…それ、…僕が言おうと思ったのに…」
顔が綻ぶ。そんな僕を見た大地君は、
「よっしゃああああッッッッ!!!!」
と叫んでガッツポーズをした。でもすぐにはっとした表情を浮かべ、クルリとカウンターの方を見た。
「…やっべ…!!…マスターが睨んでらぁッ!!」
と言うと、胸ポケットからペンを取り出した。そして、
「んしょッ!!」
と言いながら、半ば乱暴にテーブルの上に置かれていた紙ナプキンを1枚取り、そこに何やら書き込んだ。
「これッ、オレの連絡先ですッ!!」
そう言って差し出したのは、電話番号だった。
「何かあったら連絡下さいッ!!」
大地君はそう言うと、
「…じゃ、じゃあ、今夜、駅の改札前でッ!!」
と言い、物凄い勢いで戻って行った。
「…は…、…はは…」
心につかえていたものがすぅっと流れ落ちて行くような、そんな感覚。
僕は大地君が持って来てくれたコーヒーを一口飲むと、
「…ふぅぅ…」
と大きな溜め息を吐いた。