最後の恋 第6話
「お待たせしましたッ!!」
仕事を終え、駅で待っていると大地君が物凄い勢いで走って来た。
「…ま、…待ちました?」
額に汗を浮かべ、はぁはぁと大きな呼吸を繰り返す。真っ白なシャツに黒いジーパン。その笑顔が眩しいくらいだ。
「お疲れ様。僕も今、来たところだよ」
「ほんと、すみませんッ!!帰ろうと思ったらマスターが喋り出して止まらなくて…」
「マスター、話し好きだもんね」
「そうなんですよぉッ!!時々、あれが鬱陶しくなるって言うか…」
「あはははは…!!」
僕が笑うと、大地君も苦笑する。
「さて、どこへ行こうか?」
僕がそう言うと、大地君は、
「…ふむ…」
と言うと、
「オレは何でもいいですよ!!」
と、爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「英浩さん、行きつけのお店とかないんですか?」
「僕?僕はあんまり…」
そうなんだ。
僕はあんまり外で食べたり飲んだりをしない。基本的には、仕事が終わればさっさと家に帰り、適当にご飯を作って食べる。それでもしんどい時は、店屋ものを頼んで食べたりするくらいだ。
そもそも、同僚や上司と食事に行ったって面白くないだけだ。酔いが回った上司は自分の武勇伝を、何度も聞き飽きたと言うくらいに延々と語るし、同僚なんてライバルにしか過ぎない。だから、言葉の端々に嫌味があったりする。そんな雰囲気が、僕は大嫌いだった。最近では、僕は付き合いが悪い男としてレッテルを貼られ、誰からも誘われない。その方が気が楽でいいのだけど。
「じゃあ、適当にどこかで食べましょうか!!」
僕がちょっと表情を曇らせたからか、大地君はわざと気を遣うように大きな声でそう言った。
「…うん…。…そうだね…!!」
僕も明るくそう言うと、大地君と一緒に歩き出した。
「「乾杯〜いッ!!」」
駅から少し離れたところの居酒屋に入ると、僕達はビールをオーダーした。そして、グラスに注がれたそれをカチンと小気味の良い音を立ててぶつける。
「…ッ、…ああああ…ッッッッ!!!!…うんめえ…ッ!!」
大地君はグビグビと言う大きな音と共に喉を大きく動かし、グラスを一気に飲み干した。
「あ〜ら、あんさん。いい飲みっぷりぃ♥」
僕がそう言うと、
「ヘヘッ!!」
と大地君は笑う。
「大地君、お酒飲めるんだ?」
僕が尋ねると、
「そうですね…。大学の友達とよく飲みに行きますね!!」
と爽やかな笑顔で言った。
「まさか、大地君から食事に誘ってくれるとは思わなかったよ」
僕がそう言うと、
「え?ダメですか?」
と、大地君が言った。
「い、いや、ダメじゃないよ?でも、こんなおっさんとでいいのかなって…」
「オレは英浩さんと一緒にいると楽しいですよ?」
相変わらずニコニコと微笑んでいる大地君。
「やっぱり、自分より人生を多く歩んでいるだけあっていろいろな経験談を聞くことが出来ますし、それはそれで、オレの今後の人生の勉強になりますしね!!」
「あー!!今、そうやってカッコいいことを言いながら、僕のことを年寄り扱いしたろうッ!?」
「あはははは…!!」
大地君は大声で笑い、
「してませんよッ!!英浩さん、童顔だしッ!!…あ、でも、ある意味、年寄りか…」
と意地悪く笑った。
「こらああああッッッッ!!!!」
僕の顔が熱い。酔いが回っている感じだ。
「そう言うことを言うとぉッ、大地君のアソコをもっといじめちゃうぞッ!?」
「いやんッ、犯されるううううッッッッ!!!!」
大地君は両手で自分の体を抱えるような仕草をする。でもすぐに、
「「…ぷッ!!」」
と、お互いに吹き出し、笑っていた。
僕は、やっぱり大地君が好きだ。大地君と一緒にいると、素の自分を出すことが出来る…。大地君の眩しいくらいの笑顔を見ながら、僕はそんなことを思っていた。
「…酔った…」
夜風に当たりながら、僕達はゆっくりと歩いていた。
「…だ…、…大地…君…。…お酒…、…強いん…だね…」
僕がグラス1杯を飲み終える間に、大地君はいったい何杯飲んだだろう。普段からお酒をあまり飲まない僕。大地君に負けじと飲もうとしたが、僕の方が先に潰れてしまった感じだった。
「す、すみませんッ!!オレ、英浩さんが飲めないって知らなくて…!!」
「…い、…いや、…飲めないって、…わけでは…。…そもそも、…そんな話…、…してない…し…」
オドオドと困った顔でうろたえている大地君。僕は大地君に体につかまりながら歩くのが精一杯だった。
「とッ、取り敢えず、ここに座って下さいッ!!」
その時、僕達は駅から少し離れたところにある公園に来ていた。大地君は僕をベンチに座らせると、
「オレッ、自販機で何か買って来ますッ!!」
と言い、一目散に駆け出して行った。
「…はぁぁ…」
大地君の後ろ姿を見送りながら、僕は大きな溜め息を吐いた。
「…まずったなぁ…」
らしくない。楽しかったとは言え、いきなり羽目を外して飲んでしまうなんて…。大地君に思い切り迷惑をかけている。
「…よ…、…っと…」
フラフラする。目の前がぐらんぐらんと揺れている。
「…だ…、…い…ち…、…君…」
「英浩さんッ!?」
フラフラと自分に近付いて来る僕を見て、大地君が驚いて目を大きく見開いた。
その時だった。
ツルッ!!
足が滑り、僕の体が傾いた。しかも、前のめりに。
「…え?」
目の前には冷たい光を放つ階段。
「英浩さんッ!!」
大地君が手にしていた飲み物を放り投げて駆け出して来る。
(…落ちる…!!)
「英浩さああああんんんんッッッッ!!!!」
大地君の叫び声。そして、
「ブラックッ、ターボオオオオオオオオッッッッッッッッ!!!!!!!!」
と言う声を聞いた。
(…え?)
大地君の体がやけに眩しい光に包まれている。僕が地面に体を打ち付けると思ったその時、体が誰かにしっかりと抱きすくめられるのを感じた。そして、一緒になって背後へ飛んだかと思うとゴロゴロと転がった。
「…え?」
「英浩さんッ!!大丈夫ですかッ!?」
声がした方を見た時、僕は呆然となった。