最後の恋 第7話

 

 …トクン…。…トクン…。

 今まで感じたことがないような、暖かい温もり。筋肉質な胸。ガッシリとした逞しい腕。

「英浩さんッ!!大丈夫ですかッ!?

 目の前にいるはずの大地君。その大地君の姿が、今まで見たことがないような姿をしていた。いや、正確にはどこかで見たような気がする。

 光沢のある鮮やかな黒色のスーツが、街灯に照らされてキラキラと輝いている。大地君の体をぴっちりと密着するように覆うそれ。黒を基調とし、体の前の部分にはアルファベットのTをあしらったような黄色の縁取りがされた白い部分。そして、大地君の顔には、トラックをあしらったようなマスクが装着されていた。

「…あ…」

「…あ?」

 僕が声を上げると、大地君も同じように声を上げる。そして、

「…頭、ぶつけたりしませんでしたか?…どこか、痛いところとかはありませんか?」

 と聞いて来たんだ。

「…あ…、…う…、…うん…」

 激しい衝撃で酔いも一気に吹き飛んでいた。それよりも、目の前の大地君の姿に見惚れていた。すると大地君は、マスクの中でほっとしたような表情になり、

「良かったぁ…!!

 と言うと、ドスンと僕の目の前に腰を下ろした。

「英浩さんがいきなり足を滑らせて転びかけるから。目の前に階段があったし、オレ、もう、無我夢中でしたよ…!!

「…ごめん…」

 その時、僕は素直に謝っていた。

「いやいや、それよりも!!

 大地君が急に素っ頓狂な声を上げたかと思うと、

「オレ、ターボブレスなしでブラックターボに変身出来ちゃいましたよッ!!英浩さんを助けたいって思いが強かったからかな?」

 と、目をキラキラと輝かせて聞いて来た。

「…大地君…。…それ…」

「…え?」

 僕が呆然としているのに気付いたのだろう。大地君はふいに真顔に戻ったかと思うと、

「オレ、2年前までターボレンジャーだったんです。ブラックターボとして、この世界を暴魔百族から守っていたんです」

 と言った。

「…ターボ…、…レンジャー…?」

 僕の記憶の中に蘇って来る、衝撃的な出来事。

 

 2年前――。

 突如、街の中に現れた不気味な姿をした集団・暴魔百族。人間が自然を破壊するあまり、その暴魔百族の復活を阻止していた妖精達の力が弱まり、暴魔百族は人間に恨みを晴らすためにその封印を破って街の中に現れ、次々に破壊と殺戮行動を繰り返した。

 物騒な世の中になったものだと、それでも恐怖を感じていた僕。幸い、僕の目の前に暴魔百族が現れることはなかったが、そんな暴魔百族を倒すために立ち上がった戦士がいた。

「…大地君…、…だったのか…?」

 目の前でニコニコとした眼差しを僕の向けている大地君。こんな若い子が、この世界を守るために体を張っていたなんて…。

「…怖く…、…なかったのかい?」

 僕が尋ねると、

「そりゃあ、怖かったですよ。だって、いつも死と隣り合わせだったんですから!!高いところから突き落とされたり、目の前で爆発が起こってそれに巻き込まれたり、鋭い刃とかで斬られたり…」

 と言った。その頃には、大地君はいつもの白いシャツと黒いジーパン姿に戻っていた。

「…でも…。…オレには仲間がいました。力に、洋平に、俊介に、はるな。同じクラスの仲間で、同じようにターボレンジャーに変身して戦ったんです」

 僕は黙って大地君の話を聞いている。

「オレがターボレンジャーになったのって、結構、単純だったんですよ!!子供の時、森の奥で妖精の光を浴びたんですよ。それがオレだけじゃなく、力や洋平、俊介、そしてはるなもそうだった。って言うか、運命の5人が同じ高校の、同じクラスにいるのって、まさに運命じゃないですか!?

「…妖精…?」

 相変わらず、目をキラキラさせて話す大地君。

 太古の昔、妖精達は力を合わせて、この世界を侵略しようとする暴魔百族と言う恐ろしい魔物を封じた。でも地球上の環境破壊がどんどん進み、それが暴魔百族を蘇らせてしまった。妖精の生き残りであるシーロンが、暴魔百族と戦う戦士を選んだ。その条件が、妖精の光を浴びた5人の若者、ブラックターボの大地君をはじめ、レッドターボの炎力君、ブルーターボの浜洋平君、イエローターボの日野俊介君、そして、ピンクターボの森川はるなさんだったらしい。

「苦労しましたよ、マジで!!学校の出席日数は足りなくなるし、先生には何をやってるんだって疑われましたし!!

「…そう…、…だったんだ…」

 こんなに若い子が。いや、高校生と言う一番多感な頃に、そんな恐ろしいことをやっていたなんて…。

「…想像…、…付かないな…」

「…オレが、ターボレンジャーだったってことがですか?」

 大地君がきょとんとした表情で僕に尋ねて来る。僕は小さく首を横に振ると、

「大地君が感じた、死の恐怖とか…。…僕には…、…全然想像出来ないよ…」

 と言った。

 その時、

「…あれ?」

 と、僕は声を上げていた。

「…英…浩…さん…?」

 大地君が呆然としている。

「…僕…、…泣いてる…?」

 頬に伝う熱いもの。

「…変…だな…。…何…で…?」

「…え?…ええ…ッ!?

 当然のことながら、大地君も慌て始める。

「…ちょ…ッ、…ちょっと…ッ!!…英浩さんッ!?…やっぱり、どこかぶつけました?」

「…違う…」

 何とも言えない、不甲斐ない気持ち。同時に、情けなく思う気持ち。目の前にいる大地君が、そんなことをやっていたなんて…。

「…ごめん…」

「…え?」

「…僕達…、…大人が…、…もっと…しっかり…していれば…。…もっと…、…この世の中のことを…、…しっかり考えていれば…!!

 そうなんだ。

 自然破壊も、人間の勝手な欲望のままに進めたこと。巨額の富を得ようと、自然を破壊し、宅地を造成する。破壊された自然は元には戻らない。それどころか、空気をきれいにしてくれる自然が破壊されることで大気汚染が進む。大気汚染が進めば、動物達は住む場所を失う。川や海は汚れ、魚も減って行く。そうやって生態系が狂って行って、結局は人間にしっぺ返しが来るんだ。

「…ごめん…。…ごめん…!!

 僕のせいではないかもしれない。でも、僕は何故か、大地君にあやまってばかりいた。

 その時だった。

 不意に大地君が僕をそのがっしりとした両腕で包み込んで来た。

「…英浩さんのせいじゃありませんよ…」

 …トクン…。…トクン…。

 大地君の心臓の優しい鼓動が聞こえて来る。

「自分のせいとか、思わないで下さい。少なくとも、オレは自分の意志でターボレンジャーになったんですから。それに…!!

 そう言うと、大地君は僕を向かい合わせた。相変わらず、目をキラキラと輝かせて。

「オレは今、こうやってちゃんと生きてますからッ!!

「…うん…。…そう…だね…」

 泣き笑いをする僕。すると、大地君も穏やかに微笑んで、

「…じゃあ…。…帰りましょうか…。…あ、そうだ!!

 と言うと、大地君はさっき放り投げたお茶の缶を差し出した。

「…もう、…酔いなんて吹き飛んじゃったよ…」

 僕が苦笑すると、

「でもまぁ、せっかくなんで。飲んでおいて下さい」

 と、僕にそれを差し出した。

「…ありがとう…」

 僕がそう言うと、大地君はニッコリと微笑んだのだった。

 

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